北条氏常盤邸跡の裏山 苔むした石段が美しい |
最近、テレビ番組でフットパスが紹介されていたので、ついつい、見てしまいました。
このフットパスですが、イギリスが発祥で、昔から人々が往来した小道の活用です。
森林や田園地帯、古い街並みなど、昔から残された風景を楽しんで歩きます。
フットパスが網の目のように縫う国土らしくて、国民は歩くことがレジャーなのでした。
確か、イギリスの最高峰はベン・ネビス山で、標高千五百メーターに達しません。
丘陵地帯の稜線や谷も、丸みを帯びた形状をしており、氷河期の名残みたい。
この国は、北緯49~59度に位置しますから、氷河期の影響は大きかったのか。
北海道の宗谷丘陵も似たような特徴を残しますが、ここは北緯45度近辺です。
つまり、かなり北方の国家なのが分かりますが、なだらかな地形のおかげでしょうか。
しかも、温暖なメキシコ湾流の影響で、緯度の割に格段に暖かい気候なのです。
急峻な山岳地帯が少ないし、温暖な気候でのどかな田園風景も広がっている。
そんな風土ゆえ、ピーターラビットの故郷、人気のある湖水地方もあったりします。
宗谷丘陵、確かになだらかです |
しかも、イギリスでは産業革命の時期に、ナショナル・トラスト運動が始まりました。
19世紀に始まった環境保護運動ですが、これがフットパスの興隆につながります。
つまり、産業地帯に人口が集中し、都市化で社会の構造が大きく変化してしまう。
一方、カントリーハウスのような別荘地、周辺の森林、田園地帯は荒廃しました。
そんな、市民生活の環境悪化は、自然豊かな英国田園風景の復活に走ります。
次世代への公共な財産としてとらえて保全する活動こそ、ナショナルトラスト運動。
そして、無秩序な開発から自然環境や歴史的環境を守ろうとしたのが、市民です。
運動を推進する団体も発足されましたが、日本では古都鎌倉が後を追いました。
きっかけは、鶴岡八幡宮の裏山「御谷(おやつ)山林」の宅地開発なんだそうです。
鎌倉風致保存会が、市民運動で設立され、開発を阻止する活動が嚆矢だとか。
これで、日本のナショナル・トラスト運動が始まり、古都保存法の成立に至ります。
まあ、鎌倉には歴史的風土特別保存地区など、景観の保全区域が多いのです。
もちろん、三方を山に囲まれた鎌倉なので、がけ崩れの災害も防がねばなりません。
こうして、市域の数々の山林が維持されておるわけですが、ここには山道もあります。
大仏の切り通し |
確かに、古都鎌倉には、昔の街道の名残として、切り通しがよく保存されています。
山や丘を掘削し、人馬の交通ができるようにした古道ですが、これがフットパスです。
つまり、ナショナルトラストで残された景観遺産をたどるのがフットパスというわけです。
こうなると、鎌倉のハイキングコースは、みなフットパスといって、差し支えないのだ。
というわけで、近年、日本においてもさまざまな地域において、各々の特徴を活かした魅力的なフットパスが整備されてきていますが、鎌倉は本当に日本でその始まりだったといってよく、天園ハイキングコースを鎌倉アルプスなんて、みっともない名称で言わずに、鎌倉ヒルサイド・フットパス(Kamakura Hilllside Foot Path)ぐらいに言っておけば良いものにと、思ってしまうのでありました。
おまけ:
大仏の切り通しに至る道標がない? 道は立派だけどね |
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