歸去來兮 - さあ帰ろう、
田園將蕪胡不歸 - 田園が荒れようとしている、
既自以心爲形役 - いままで生活にために心を犠牲にしてきたが、
奚惆悵而獨悲 - もうくよくよと悲しんでいる場合ではない、
悟已往之不諫 - 今までは間違っていたのだ、
知來者之可追 - これからは自分のために
實迷途其未遠 - 未来を生きよう、
覺今是而昨非 - 道に迷ってもそう遠くは離れていない、
これは、帰去来の辞と言い、日本でも広く知られている漢詩の一節です。
作者は陶 淵明(とう えんめい)で、四五世紀の中国六朝期に活躍しました。
彼の生きざまは、仕官・出仕を望まずに四十一歳で隠棲してしまったことです。
後世、田園詩人と呼ばれるようになったのも、その暮らしぶりからでしょう。
ゆえに、まさに故郷に帰らんとする時に、真情を吐露したのがこの詩なんだな。
でも、どうしてこのゲレンデで漢詩を思い出したか、不思議に思われるでしょ。
別名、木の尻鱒(きのしります)といい、それはたつ子姫伝説に由来しました。
そのあらすじは、大きな龍に化身したたつ子は、田沢湖の主になってしまう。
これを知った母親が、心配で岸辺に松明りをかざしながら名前を叫ぶのです。
すると竜が現れ、永遠の美貌という願いがかなったと母親に答えるのでした。
その答えに嘆き悲しんだ母親は、松明りを湖面に投げ捨てて家に戻りました。
するとその燃えさしに尾びれがつき、湖心に向かって泳いでいったのでした。
これがクニマスのいわれで、木片の焦げから魚体が黒くなってしまったとさ。
面白い話ですが、実はクニマスは、半世紀以上も前に湖から姿を消しました。
絶滅と言うてん末ですが、実態は人為的なもので、湖水の酸性化が原因です。
戦前、日本は国力増強が叫ばれて、産業育成の目的で電力を過剰に求めました。
このため、田沢湖をダムに見立て、水路式発電の生保内発電所が作られました。
一方、貯水量の目減りを補う目的で、そばを流れる玉川の水を引き込んだのね。
ただ、この川は、毒水といわれるほどの強酸性で、湖水の生き物には打撃です。
こうして、数年も経たずに、中性だった湖水は死の海へ変貌してしまいました。
湖面は強い酸性を示すコバルトブルーに変色し、生物の姿すら見当たりません。
韓国ドラマ「IRIS(アイリス)」のロケ |
戦後になり玉川の中和作業も進むと、流入する水も酸性度が多少低下しました。
それでも、最近はウグイのような魚も見かけられますが、強い酸性の湖水です。
仮に中性まで戻っても、絶滅したクニマスは、もうこの世にはいなくなった。
それでも、ホルマリンの標本から遺伝子の再現に挑んだとしても無理でした。
こうなると、将来のバイオテクノロジーで種の再生も断たれてしまったのか。
そんな悲劇のクニマスですが、五年前、生き延びていたのが発見されました。
場所は遠く離れた富士五湖の西湖で、あのギョギョのさかな君の発見したの。
確かに過去に放流された事実は残っていますが、生存が確認できていません。
一方、西湖にはヒメマスが棲息していますが、中には色の黒い固体もあった。
産卵前のメスと思われていましたが、実際は、それがクニマスだったのです。
その後の調査で、西湖に約七千五百匹程度が生存しているのも分かりました。
この湖は、田沢湖に比べて十分の一以下の大きさなので、数的にいる方かな。
というわけで、田沢湖の湖水は、中和事業が進んだ現在でも、依然として酸性が強いため、残念ながら到底住める環境にはないのですが、帰去来の辞のように、クニマス自身も帰る日を待ち望んでいるのかもしれないと、ふと思ったのでした。
0 件のコメント:
コメントを投稿