韓国からのツアー旅行客が、この像に特別な思いから、拝観に来たのでしょう。
この広隆寺に安置されている半跏思惟像は、朝鮮半島からの渡来と言われます。
右手の中指を頬にあてて物思いにふける姿は、安らぎと気品に満ちたて魅力的。
韓国のからのツアー客もこの仏さまに、手を合わせて熱心に拝んでおりました。
韓国の仏教徒は二割程と少数ですが、この熱心さは仏教に帰依した信者だろう。
私も手を合わせてしまいましたが、アルカイックスマイルの姿は実に尊いのだ。
口元にわずかな微笑みを浮かべ、感情は抑えつつも生命感や幸福感を表現する。
美しい弥勒菩薩と思ったのですが、それでも個人的に気になった点が一つある。
それは、胴体が異様に細いと感じられて、正面から見れば不均衡に感じました。
どうも渡来仏の様式美として、体躯はすらりと細く、憂いを帯びた表情らしい。
肉感的で豊満な体型を表現する日本独自の様式と違い、実に対照的なのですな。
それで、物思いに耽るお姿を斜め方向から拝ませてもらうと、すっきりします。
お釈迦様が亡くなって、56億7千万年後の世に降臨され人々を救う仏様なのだ。
片足を他方の足の上に乗せ台に座ったまま、人々を救済する方法を考えている。
このお姿には圧倒されますが、このお寺にはもう一つの半跏思惟像もあります。
それは、通称”泣き弥勒”と呼んでいる、やや小型の半跏思惟像なのだそうです。
どちらも国宝の指定ですが、泣いているお姿の印象が拝観の記憶にありません。
やはり、中央に鎮座する”宝冠弥勒”と呼ばれる、弥勒様に圧倒されたようです。
この仏さまは、冒頭にもあるように第一次国宝シリーズの切手にもなりました。
昔、切手収集が趣味だったので、この仏さまが切手になったのは知っています。
それで、奈良の中宮寺にも国宝の半跏思惟像があって、普通切手になりました。
額面は五十円、半世紀以上も前の発行ですが、こちらの仏様も気品があります。
というわけで、広隆寺の宝物殿には、16歳の頃の聖徳太子像も拝観できました。
こちらも、日本史を習った時に見覚えがあるのですが、髪を美豆良(みずら)に結ったお姿を拝ませていただくうちに、この髪型がワンコのたれ耳のように見えてしまって、自分の不心得な想像を恥じてしまったのでした。


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