勤め人の退職年齢は、途中で肩叩きのリストラされなければ、65歳なんだな。
かく言う自分は、その年齢を過ぎて半年間の延長を受けて、働いてきました。
語学能力が特技ですが、海外の取引先を引き継ごうとする人材が現れません。
誰かが後任となって仕事をするのであろうと思いますが、後一か月半だよな。
引継ぎが簡単と判断しているのかもしれず、後任には頑張ってもらいませう。
それに、もう潮時なんだと思ったのも、以前勤めていた会社の同期生の話題。
彼は同期と言っても、勤務先の特約店の子弟で、嘱託で一緒に入社しました。
学校も弁護士を多数輩出するような私学の卒業だから、優秀には違いないな。
自分なんか片田舎の国立大学卒業だから、ちょっと気後れしてしまうものだ。
でも、お互い冬のサムさん御厳しい地域の出身でもあり、気心が知れました。
独身寮でも仲良くなったし、会うと色々な話もして、結婚式にも招待された。
彼が地元に帰ってからで、東京から飛行機に乗って出席したのが懐かしいよ。
ところが、彼は経営していた特約店の仕事をすでに二年前に畳んでいました。
父親から引き継いだお店ですが、連絡を取ったら経営者は後退していたんだ。
お店に電話しても、以前の運営者を知らないといわれてしまい途方に暮れる。
ではなぜ、お店を畳んだのが分かったかというと、それはユーチューブだよ。
地方のTV放送局ニュースがユーチューブでも流れますが、ネタは事業継承だ。
実は、探す方法がないかと思って、店の名前で必死に検索しておりましたな。
そうしたら、ユーチューブでヒットして、それが経営者交代のニュースです。
彼自身もリタイアの年齢になり、後継者も見いだせず、その気になったとか。
お店自体はそこそこ繁盛していても、後継者がいないと運営も続けられない。
こうして、苦渋の決断でお店を閉じることにしたという顛末が分かりました。
この時、事業を引き継いだ親会社も判明して、事情を話してメールを出した。
すると、連絡先の電話番号を教えてくれて、四十年ぶりに連絡が取れたのよ。
というわけで、このきっかけから、間もなく彼に会いに行くのを決めました。
もちろん、この地方へ行ったこともないので、国宝に指定されたばかりの名城とか、ご利益のある神社とか、もちろん観光も加えつつ、お互いリタイアして余生を楽しく暮らすのも悪くはないなと思った次第なのでした。
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