2021年8月11日水曜日

もうすぐ、ノーベル賞月間が来ますが、理系の女性研究者が当たり前に受賞する時代に比べて、その先達となった人々は大変な苦労をしたらしい - バーバラ・マクリントック(ノーベル生理学・医学賞)

Barbara McClintock (1902 - 1992)
        
バーバラマクリントックは、博士号はあるのに大学教授にもなれませんでした。
戦前、理系女史が研究職に就くのはたやすくなかった時代、不遇だったのです。

それでも、海外へ留学ができたりしますが、職にもつかずにプータローの日々。
恩師の支援で、やっとこさ見つけたのは、研究員という安月給の身の上でした。

昨今、日本でもポスドクの身分の不安定さが、世間の話題になってしまう時代。
男性の研究者ですら就職が難しい分けで、昔ならもっと大変だったのでしょう。

以来、研究員として勤め続けましたが、その間に論文は発表し続けていました。
それで、彼女の研究分野は植物学でしたが、遺伝学が急速に発展した時代です。

メンデルの法則が再発見されて四半世紀、アメリカは農業王国でもありました。
このため、食用植物の遺伝研究が盛んで、彼女はトウモロコシを対象とします。

当時も重要な穀物でしたが、受粉を経て収穫したトウモロコシが不揃いになる。
均一にならず、部分的に実の色が黒くて、この原因が何であるのか分からない。

結果的に遺伝子が原因だと突き止めましたが、これだけでも画期的だったはず。
加えて、この遺伝子の数と、その形態が環状をしていることまで特定しました。

有能な女性研究者だったのは事実のようですが、性格的に風変りだったらしい。
専ら研究に没頭できる性格だから、一般生活の取り決めは無頓着さが現れます。

なので、人付き合いも上手くなかったせいか、一生、研究員止まりなのでした。
それでも、ノーベル賞級の大発見をしたから、研究を続けられたのは幸せです。

研究対象のインディアンコーン
      
この大発見というのは、簡単に言うと、遺伝子が動き回るという不可思議さだ。
これは、遺伝子が部分的に切れたり、また元に戻ったりする作用が存在します。

つまり、傷ついた遺伝子を持つ種子ではトウモロコシの葉茎に変化が現れます。
たくさんの粒(種子)は同じ遺伝子を持つと考えるのが普通ですが、違うんだ。

このため、研究に数年をかけて移動する遺伝因子の存在を学会で発表しました。
まあ、DNAの二重らせん構造の発表(1953年)よりも少し前のできごとです。

このため、学会ではほとんど理解されずに、反応すらなかったのが実態でした。
実際、トランスポゾンと呼ばれる因子が特定されたのは、それから二十年後ね。

それだけ先駆的な研究成果だったのですが、この発表以降も地味な研究員生活。
ただ、トランスポゾンの実態が分かるにつれて彼女の研究は評価が高まります。

こうして、1983年にノーベル生理学医学賞を受賞しますが、三十年後の事です。
評価に時間がかかりましたが、この分野の単独女性として初の受賞になったな。

というわけで、受賞を知らされた時の彼女の行動が、彼女らしいと思うのです。
ノーベル賞を受賞した一報を受けた時、彼女は「まあ!」と一言つぶやいて、何事もなかったかのようにトウモロコシ畑へ戻っていったと逸話が残っており、動く遺伝子を宿すインディアンコーンと歩み続けた一生こそが、トウモロコシへの愛情を証明しているようにも思えた自分なのでした。



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