高松城の月見櫓 |
高松城は、別名を玉藻城(たまもじょう)といいますが、その由来は海からです。
周辺の海浜が玉藻の浦と呼ばれていたからですが、お城は海に面しております。
元々、高松は港町だったわけで、讃岐一国の領主となった生駒家が築きました。
野原庄(のはらのしょう)と呼ばれていたほどの原野に、数年を掛けたといいます。
豊臣秀吉が四国を制圧した後、生駒家が讃岐に入りましたが、これがスタート。
時は安土桃山時代で、天下泰平への機運も訪れて、山城とはおさらばなのだ。
もっとも、このお城は平城というか、海岸に沿った水城(みずじろ)になるのです。
まあ、小豆島からフェリーに乗れば、高松港に近づくほど見張櫓が見えて来ます。
石垣も良い状態で残されていますが、残念ながら天守閣は残っておりません。
どうも、版籍奉還に伴い廃城となってから、その後、老朽化で破却されたとか。
もし、小倉城を模した三層五階の天守が残れば、さぞかし立派だったでしょうな。
そんな風にも思いましたが、明日の早朝に訪問してみる気持ちも高まりました。
だって、投宿のホテルは、お城から道路と琴電の駅をはさんで真向かいなのです。
これだけ近かれば、朝食の前にちょっとした散策を楽しむ時間の余裕もあります。
出かけてみましたが、なんと朝五時半から開門しており、入園料も取られました。
ラッキーと入門しますが、ここで”鯉のえさやりならぬ、”鯛のエサやり”に驚きです。
タイがうじゃうじゃ泳いでいたわ |
つまり、お堀は海の水が引かれていて、水城というより海水城なのでありました。
早速、百円で餌をガチャ玉自販機で買い求め、エサをばら撒いて見た分けです。
本当に鯛がうじゃうじゃ寄って来るわ、マダイなのかクロダイなのかは判別付かず。
色が少し黒っぽく見えたので疑問に思ったのですが、真鯛と言うことにしましょう。
だって、お殿様のお膳に上がるお魚は、尾頭付きの鯛というのが、相場なのです。
ひょっとして、賄い方が釣り糸を垂れ、晩御飯のおかずをゲットしていたのかもね。
まあ、城のお堀には、潮の満ち引きで海水が勢いよく出入りしている感じです。
だから、海水が頻繁に入れ替わり、水質も保たれるので魚も暮らせるのでしょう。
この6月10日(土)からスタートだぜ! |
ところで、話は変わりますが、最近、NHK時代劇で”ブシメシ”がスタートしました。
マイペースで気の弱い勤番武士、酒田伴四郎が主人公ですが、実在なのです。
この人、紀州藩士ですが、幕末の江戸での生活を、詳細に日記に残しました。
それをベースにしたドラマですが、妻が荷籠に忍ばせた料理帖なんて作り話です。
第一話では、毒見役の賞味で、冷めた食事に飽き飽きした殿様が、笑わせる。
草刈正雄が演じますが、中間役に変装した殿様には、何だか哀歓を感じます。
江戸の料理番付に出てくる小料理屋で、軍鶏鍋にありつけたところが大騒動。
品切れ寸前で奪い合いになり、腕力のある謎の小娘、お里に投げ飛ばされる。
それが、吉田沙保里が扮する、大店の後継娘で入り婿募集中の役柄なんだ。
これから、自炊と江戸の街の食べ歩きで、ほのぼの江戸人情のお話が続きます。
琴電駅のプラットホームまでお堀が! |
つまり、鯛がお堀に泳ぎ回るお城の珍しさもあって、この時代劇につながりました。
一方、お堀が海とつながっているのは、四国にも今治城や宇和島城があります。
でも、ここは”讃州さぬきは高松さまの城が見えます波の上”と謡われたほどの城。
やっぱり、訪ねてみて良かったと思いつつ、金比羅参りの露払いをしてくれたのか。
というわけで、琴電駅のプラットホームまでお城の堀が接近していて、そこでは小さなフグが泳ぎまわっていたり、何かの稚魚が群れて泳いでいるなど、海城ならではの面白い風景と環境にあふれていたのでした。
おまけ:
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城内の庭園はきれい |
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