2026年1月21日水曜日

ローマ帝国の医者ペダニウス・ディオスコリデスの『デ・マテリア・メディカ』(『薬物誌』)で、痛風に効くとあるぜ ー コルヒチン(健康問題)

イヌサフラン
           
毎日、長距離を歩いたので、最初は、疲れで足の裏に痛みがあると思いました。
12月初旬の京都旅行は三泊の予定でしたが、この痛みが段々ひどくなったんだ。

でも、足の疲れだと高を括っていたせいか、これが痛風の発作だとは思わない。
帰宅した翌朝、右足親指の関節に痛みがあって周囲が赤黒く腫れ上がっている。

発作してしまったと観念して、痛み止めのロキソニンを服用して直すしかない。
今までは、この部位に発作の起きる前に、シクシクと違和感を感じていました。

これが予兆なのを自分でも分かっていたので、すぐに大量の水を飲んで対応だ。
人間の体は、痛風の原因となる尿酸を尿でしか排出できないという非効率です。

なので、大量に水を飲んでおしっこをせっせと出せば、発作を回避できるのだ。
自分の場合、健康診断で尿酸値が、7.5~8.9の間で、高いというのは事実です。

ただ、尿酸値を薬の服用で低くする程ではないので食事療法で対処していたな。
お酒も週一回のハイボール一杯に抑えて、それでも尿酸値が高いのは親の遺伝。

父親も健康診断で尿酸値が高かったので、変な遺伝だけは受け継ぎたくないな。
それで、発作が起きたら仕方がないのでロキソニンを服用して痛みを緩和する。

それで、十日を過ぎた時点で痛みもやや和らいだので外出したのが失敗だった。
途端に患部は腫れ上がり赤黒くなってしまって、痛みもぶり返してひどくなる。

        
その後もロキソニンを飲み続けましたが、痛みが治まりそうにないので病院だ。
薬を服用してもらいましたが、新しく”コルヒチン”という薬で効能があるとか。

診てくれた先生が強い薬を出すと言ったので、帰宅してからググって見ました。
この薬の成分は、イヌサフランの種子や球根に含まれるアルカロイドなんだな。

リウマチの治療にも使われましたが、毒性も強く下痢や嘔吐等の副作用を伴う。
なので、発作が起きたら、治療するのに穏当な薬としては、ロキソニンだろう。

というわけで、五日分の服用が切れたら、もう一度、診察してもらいましょう。
今回の発作は、初期の治療がままならずこじらせた感じが強いのですが、そのため、ロキソニンのような市販薬ではなくて、処方箋の必要なコルヒチンに切り替えた経緯から、改めて薬の処方を出してもらおうと思ったのでした。



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2026年1月19日月曜日

ここから二条城へは、歩いて二十分だし、その先の京都御所までぶらぶら歩いて観光するのもいいよ ー 壬生寺(京都府中京区)

壬生塚にアオサギ
                             
京都旅行の最終日、新選組で有名な壬生寺が最後に訪れた観光地になりました。
実は、新選組はこの寺院を訓練場に使っており、周辺が屯所になっていました。

お寺の隣は八木家で、今では和菓子屋さんを営んでおらて、かつての屯所です。
行ってみたら、本堂は再建されてしまって、古い建造物の印象はありません。

それで、ここを訪ねるのに寺のロケーションがはっきりせず、調べて見ました。
すると、中京区にあって二条城の南に位置しており、本当に市中のお寺なんだ。

先斗町、池田谷騒動跡など有名な地名との位置関係も理解できたのも事実です。
それで、このお寺は中京区に位置していますが、グーグルマップを見て驚いた。

それは、南側の下京区との境界線が大きな通りに沿って引かれていないのです。
むしろ、大きな通りの北側に並んだ住宅が、中京区に入らずに下京区なのです。

赤太線が区界
                        
普通の自治体なら、行政区域を大きな通りで区分けをして境界線を設定します。
この慣例を京都では無視しており、歴史のある街だから何か理由があるのかな。

それで、グーグルAIの回答では、”町”というコミュニティに理由があるらしい。
京都の街中では、道路(通り)を挟んで向かい合う家々が一つの”町”なんだと。

こういったコミュニティの形成が”両側町”なのですが、なんとなく理解できる。
時代劇のドラマを見ると、宿場町は、往来の街道沿いに家が立ち並んでいるな。

要するに、通りにある売り買いで経済が成り立っていて、それがコミュニティ。
だから、昔は両側街だったのですが、近代の自治体行政を導入すると厄介です。

単純に行政区分を割り出すなら大通りに境界線を敷くのが、自治体は便利です。
ですが、歴史の長い街では、有力な町民が一部行政を仕切ってきた事実もある。

だから、京都市が区制を敷いた時も、この両側街の意義を尊重したのでしょう。
というわけで、壬生寺の話から脱線しましたが、京都は興味が尽きない都会だ。

まあ、新選組の隊士たちも、先斗町の舞子はんと浮名を流していたのかもしれず、道順は歩けばいとも簡単で、ただ屯所から小一時間もかかるので、そんなに頻繁に出かけたのでは無かったろうと考えたのでした。



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2026年1月17日土曜日

御土居は、京都市内の至る所に残されていて、観光で訪ねるとすれば、ここが一番だろう ー 北野天馬宮(トラベル・京都府)

    
京都観光では、上さんはどうしてもライトアップの紅葉を見たかったようです。
宿泊先のホテルで初めて調べ出したようですが、慌てて思いだしたのだろうか。

思い返すに、実は嵯峨嵐山のトロッコ鉄道で復路便の空席が当日にありました。
ただ、時間が遅くてライトアップが始まる夕刻だったので気が付いたのだろう。

ライトアップの紅葉鑑賞できると考えたのか、切符を買う時に急に言い出した。
ネットで予約した際、昼間の復路便でしか予約できなかったのを変えたいのか。

それで、急に思いついて切符売り場で言い出しましたが、既に買ってしまった。
なので、なんで急な思い付きを言い出すのかと、腹を立ててしまったのは事実。

本当は、往路の立ち席権を確保して、途中下車してつり橋に立ち寄ってみたい。
こんな思いがあったので、途中下車で余裕のできる便を抑えたという次第です。

それから、上さんはへちゃむくれて、しょうがないとは思いましたが決行した。
その思い出があったのか、捲土重来で、龍安寺の拝観した後で緊急提案なんだ。

龍安寺からは嵐電に乗って終点で下車すると、北野天馬宮までは歩ける範囲だ。
到着すればライトアップの時間に入れば、史跡御土居のもみじ苑の紅葉鑑賞だ。

     
ただ、ここに入園するには、鑑賞券(茶菓子付き)が必要で、上さんに一任だ。
この御土居は、天下統一の覇者、豊臣秀吉が,戦乱で荒れ果てた京都の復興案。

都市改造で外敵の来襲に備える防塁と,鴨川の氾濫から市街を守る堤防を建築。
そんな史跡なんだそうで、以前はブラタモリの番組で紹介されたと覚えている。

というわけで、手短に紅葉見学をしつつ、お茶も一服してホテルに戻りました。
ただ、ホテル送迎のバスが、時間に二分ほど遅れただけなのに出発していて、諦めて二十分も歩いてしまい、これが痛風発作の引き金になるとはつゆ知らず、上さんが満足すればそれも良しとした自分なのでした。



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2026年1月15日木曜日

渡来人、秦氏の氏寺だそうですが、国宝の仏様の多さに圧倒されてしまって拝観せずにはいられない ー 広隆寺(トラベル・京都府)

     
韓国からのツアー旅行客が、この像に特別な思いから、拝観に来たのでしょう。
この広隆寺に安置されている半跏思惟像は、朝鮮半島からの渡来と言われます。

右手の中指を頬にあてて物思いにふける姿は、安らぎと気品に満ちたて魅力的。
韓国のからのツアー客もこの仏さまに、手を合わせて熱心に拝んでおりました。

韓国の仏教徒は二割程と少数ですが、この熱心さは仏教に帰依した信者だろう。
私も手を合わせてしまいましたが、アルカイックスマイルの姿は実に尊いのだ。

口元にわずかな微笑みを浮かべ、感情は抑えつつも生命感や幸福感を表現する。
美しい弥勒菩薩と思ったのですが、それでも個人的に気になった点が一つある。

それは、胴体が異様に細いと感じられて、正面から見れば不均衡に感じました。
どうも渡来仏の様式美として、体躯はすらりと細く、憂いを帯びた表情らしい。

        
肉感的で豊満な体型を表現する日本独自の様式と違い、実に対照的なのですな。
それで、物思いに耽るお姿を斜め方向から拝ませてもらうと、すっきりします。

お釈迦様が亡くなって、56億7千万年後の世に降臨され人々を救う仏様なのだ。
片足を他方の足の上に乗せ台に座ったまま、人々を救済する方法を考えている。

このお姿には圧倒されますが、このお寺にはもう一つの半跏思惟像もあります。
それは、通称”泣き弥勒”と呼んでいる、やや小型の半跏思惟像なのだそうです。

どちらも国宝の指定ですが、泣いているお姿の印象が拝観の記憶にありません。
やはり、中央に鎮座する”宝冠弥勒”と呼ばれる、弥勒様に圧倒されたようです。

この仏さまは、冒頭にもあるように第一次国宝シリーズの切手にもなりました。
昔、切手収集が趣味だったので、この仏さまが切手になったのは知っています。

それで、奈良の中宮寺にも国宝の半跏思惟像があって、普通切手になりました。
額面は五十円、半世紀以上も前の発行ですが、こちらの仏様も気品があります。

というわけで、広隆寺の宝物殿には、16歳の頃の聖徳太子像も拝観できました。
こちらも、日本史を習った時に見覚えがあるのですが、髪を美豆良(みずら)に結ったお姿を拝ませていただくうちに、この髪型がワンコのたれ耳のように見えてしまって、自分の不心得な想像を恥じてしまったのでした。



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