2026年1月17日土曜日

御土居は、京都市内の至る所に残されていて、観光で訪ねるとすれば、ここが一番だろう ー 北野天馬宮(トラベル・京都府)

    
京都観光では、上さんはどうしてもライトアップの紅葉を見たかったようです。
宿泊先のホテルで初めて調べ出したようですが、慌てて思いだしたのだろうか。

思い返すに、実は嵯峨嵐山のトロッコ鉄道で復路便の空席が当日にありました。
ただ、時間が遅くてライトアップが始まる夕刻だったので気が付いたのだろう。

ライトアップの紅葉鑑賞できると考えたのか、切符を買う時に急に言い出した。
ネットで予約した際、昼間の復路便でしか予約できなかったのを変えたいのか。

それで、急に思いついて切符売り場で言い出しましたが、既に買ってしまった。
なので、なんで急な思い付きを言い出すのかと、腹を立ててしまったのは事実。

本当は、往路の立ち席権を確保して、途中下車してつり橋に立ち寄ってみたい。
こんな思いがあったので、途中下車で余裕のできる便を抑えたという次第です。

それから、上さんはへちゃむくれて、しょうがないとは思いましたが決行した。
その思い出があったのか、捲土重来で、龍安寺の拝観した後で緊急提案なんだ。

龍安寺からは嵐電に乗って終点で下車すると、北野天馬宮までは歩ける範囲だ。
到着すればライトアップの時間に入れば、史跡御土居のもみじ苑の紅葉鑑賞だ。

     
ただ、ここに入園するには、鑑賞券(茶菓子付き)が必要で、上さんに一任だ。
この御土居は、天下統一の覇者、豊臣秀吉が,戦乱で荒れ果てた京都の復興案。

都市改造で外敵の来襲に備える防塁と,鴨川の氾濫から市街を守る堤防を建築。
そんな史跡なんだそうで、以前はブラタモリの番組で紹介されたと覚えている。

というわけで、手短に紅葉見学をしつつ、お茶も一服してホテルに戻りました。
ただ、ホテル送迎のバスが、時間に二分ほど遅れただけなのに出発していて、諦めて二十分も歩いてしまい、これが痛風発作の引き金になるとはつゆ知らず、上さんが満足すればそれも良しとした自分なのでした。



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2026年1月15日木曜日

渡来人、秦氏の氏寺だそうですが、国宝の仏様の多さに圧倒されてしまって拝観せずにはいられない ー 広隆寺(トラベル・京都府)

     
韓国からのツアー旅行客が、この像に特別な思いから、拝観に来たのでしょう。
この広隆寺に安置されている半跏思惟像は、朝鮮半島からの渡来と言われます。

右手の中指を頬にあてて物思いにふける姿は、安らぎと気品に満ちたて魅力的。
韓国のからのツアー客もこの仏さまに、手を合わせて熱心に拝んでおりました。

韓国の仏教徒は二割程と少数ですが、この熱心さは仏教に帰依した信者だろう。
私も手を合わせてしまいましたが、アルカイックスマイルの姿は実に尊いのだ。

口元にわずかな微笑みを浮かべ、感情は抑えつつも生命感や幸福感を表現する。
美しい弥勒菩薩と思ったのですが、それでも個人的に気になった点が一つある。

それは、胴体が異様に細いと感じられて、正面から見れば不均衡に感じました。
どうも渡来仏の様式美として、体躯はすらりと細く、憂いを帯びた表情らしい。

        
肉感的で豊満な体型を表現する日本独自の様式と違い、実に対照的なのですな。
それで、物思いに耽るお姿を斜め方向から拝ませてもらうと、すっきりします。

お釈迦様が亡くなって、56億7千万年後の世に降臨され人々を救う仏様なのだ。
片足を他方の足の上に乗せ台に座ったまま、人々を救済する方法を考えている。

このお姿には圧倒されますが、このお寺にはもう一つの半跏思惟像もあります。
それは、通称”泣き弥勒”と呼んでいる、やや小型の半跏思惟像なのだそうです。

どちらも国宝の指定ですが、泣いているお姿の印象が拝観の記憶にありません。
やはり、中央に鎮座する”宝冠弥勒”と呼ばれる、弥勒様に圧倒されたようです。

この仏さまは、冒頭にもあるように第一次国宝シリーズの切手にもなりました。
昔、切手収集が趣味だったので、この仏さまが切手になったのは知っています。

それで、奈良の中宮寺にも国宝の半跏思惟像があって、普通切手になりました。
額面は五十円、半世紀以上も前の発行ですが、こちらの仏様も気品があります。

というわけで、広隆寺の宝物殿には、16歳の頃の聖徳太子像も拝観できました。
こちらも、日本史を習った時に見覚えがあるのですが、髪を美豆良(みずら)に結ったお姿を拝ませていただくうちに、この髪型がワンコのたれ耳のように見えてしまって、自分の不心得な想像を恥じてしまったのでした。



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2026年1月13日火曜日

美に対する嫉妬と、自分の環境が悪いのに金閣という美しいところに来る有閑的な人に対する反感から放火したらしい ー 金閣寺(トラベル・京都府)

                    
本当は、嵐電の終点駅で降りて、近くの餃子の王将に行く気が仇になりました。
前夜、上さんがグーグルマップで調べて自信満々だったのが、どうも怪しいの。

北野白梅町駅で降りて歩き出すと、こっちと指して歩き出しても見えてこない。
本当なのかよ、と思って自分の携帯で探すと、金閣寺へ向かう西大路通にある。

ところが、上さんは歩いて五分のはずだと言い張りますが、見つけられません。
携帯は、データ通信量の契約が少ない上に速度も遅いので切っていたのだろう。

一方、自分のは通信料に余裕があるので、マップを開きつつGPSに従うまでだ。
こうして、歩いたら二十分近くも掛かって到着したのは、餃子の王将金閣寺店。

お店は大きな直営店らしく、ゆっくり休みつつ、頼んだのは醤油餡の天津丼だ。
実は、東日本に住んでいると甘酢餡の天津丼が多いので、個人的には嫌いです。

なので、西日本に来ると、どうしても食べたくなってしまうのが、この天津丼。
実は、オーダーで醤油餡なのかと聞いたら、店員がわざわざ確認してくれたな。

餃子もおいしくて、腹ごしらえは済んだと満足し、金閣寺に目的地を変更です。
それで、高校の修学旅行で拝観してから、半世紀ぶりに拝観させていただいた。

                       
金閣寺と言えば、三島由紀夫の同名小説が名高いのですが火災で焼失している。
明治時代の大修理図面が残っていたので、五年をかけて昭和35年に再建された。

でも、以前の国宝指定は取り消されて新たに特別史跡・特別名勝に指定された。
それに、世界遺産の「古都京都の文化財」の構成資産でもあるので、 文化財だ。

まあ、見て損はないので金閣寺の姿を楽しみましたが、庭園をぐるり一周した。
そういえば、拝観経路を歩いてみると、少し小高い丘を登った記憶が蘇ります。

というわけで、重要文化財の認定を受けるには最低二百年の時間が必要らしい。
それで、京都観光で絶対に外せないのが、金閣寺だというのは言うまでもありませんが、歩いていく途中で、大文字山が見えていて、五山の送り火の”大”の字を灯さなくともくっきりと分かって、京の風物には欠かせない場所なのだと感じたのでした。



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2026年1月11日日曜日

龍安寺の山門をくぐると、平安時代に貴族が舟を浮かべて歌舞音曲を楽しんでいたと言われる大きな池のある寺院だったのだ - 龍安寺と石庭(トラベル)

      
京都の人に言わせると、先の大戦というのであれば、応仁の乱を指すようです。
半分誇張された笑い話なのですが、確かに太平洋戦争の空襲は軽微なのでした。

米軍は文化財保護の目的から攻撃を控えており、京都の街は平穏だったらしい。
だから、戦火の記憶ははるか遡り、室町時代の合戦が記憶として生々しいのだ。

この大乱は、室町幕府の領袖達が、東軍と西軍に分かれて権力闘争を繰り返す。
その東軍の大将が細川勝元は、公家より譲り受けた領地に寺を建立致しました。

それが龍安寺ですが、このお寺は、世界遺産に登録された石庭で有名なのです。
ただ、この寺は、応仁の戦乱に巻き込まれて、焼失の挙句、細川邸へ疎開した。

元総理大臣 細川護熙作
    
なので、創建当初から石庭が存在したかどうかは怪しくて、再建からのお話だ。
子息である政元が、お寺を当初の境内に戻して、石庭を含めて再建したらしい。

でも、それが現在あるような石庭の意匠だったのかは、諸説あって分かれます。
夢窓疎石、金森宗和、小堀遠州など、作庭の候補に挙がったが、確証がないの。 

中でも、小堀遠州などは、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての大名です。
茶人、建築家、作庭家、書家として知られますが、理由は遠近法の手法だとか。

西欧のルネサンス期に採用され始めた技法ですが、キリスト教伝来で伝わった。
戦国時代、小堀遠州も、キリシタン大名を通じてその手法を仕入れていたのか。

江戸時代初期に造営された京都の名のある庭園は、遠近法が使われていますな。
そういうことで、作庭者は小堀遠州だという説もありますが、どうでしょうか。

まあ、自分には誰が作ろうが美しければよいのであり、修学旅行以来の再鑑賞。
半世紀ぶりに改めてこの石庭を眺めれば、老いた身で培った審美眼から分かる。

というわけで、昔は石庭より池を中心とした池泉回遊式庭園が有名だったとか。
高校の修学旅行で訪れた時には、この石庭を見学した記憶だけが残っていて、境内中心部に大きく広がる鏡容池のことなど全く記憶になく、今回、池をめぐり散策しながら紅葉を楽しめましたが、それこそが違った龍安寺のたたずまいになったということなのでした。



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