2014年10月30日木曜日

今度はトップのクロスカントリーコースをすべりに行こうよ - 白馬みねかたスキー場(長野県)

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戸隠スキー場を滑った後、改めて白馬方面のスキー場へ滑るために引き返しました。
復路の国道406号線は、長野市から鬼無里村を経て白馬村に通う重要な国道です。

四百番台の泡沫国道にしては重要な生活道路で、朝晩の交通量は多いと聞きました。
なぜなら、当時、白馬周辺のスキー場や宿泊施設は盛況で、働き口も多かったのです。

スキー場のリフト監視員、整備員、食堂の配膳係、宿泊施設・土産物屋の従業員など。
この道路を使えば、近隣から通勤が出来るわけでして、車で小一時間ほどのようです。

道すがら地元の人から道案内に加えて、そう教えてもらったので間違いは無いでしょう。
日中の交通量はさほどでもありませんが、たまには対向車も過ぎ去っていきます。

ただ、標高千百メーター近い白沢峠は、冬の季節なら難所ではないかと思いました。
実際に運転して高度を稼いで行きますと、きついカーブが圧雪路でスリップしやすい。

雪道の運転に慣れているとはいえ、スピードも上げずに慎重に走るしかありません。
気候の厳しさゆえか、スタッドレスタイヤを履いていても、荒れた路面が気になります。

今年、五月の連休で改めて運転してみましたが、路面の陥没なども目立ちました。
それでも、冬場は除雪が行き届いていて、注意してドライブすれば問題なさそうです。

平成26年4月28日ちょっとガスが...残念。

それで、この白沢峠は、北アルプス後立山連峰の隠れた絶景ポイントなのです。
上の写真は、その時に撮影したもので、天候に恵まれさえすれば魅力的だと思います。

こうして、白馬村に入って坂道を下って行きますと、このスキー場にたどり着きました。
当時は、ゲレンデにリフトが二本と、大規模なスキー場の多い界隈では小ぶりでした。

このゲレンデ周辺には民宿やペンションが立ち並び、かわいい宿泊街になっています。
確かに、八方や栂池のようなゲレンデに比較するなら、見劣りするのは否めません。

でも、ここの本当の楽しみは、頂上部のクロスカントリーコースではないでしょうか。
広大で平坦なゲレンデは、起伏も少なくてスノーシューを履いて歩いてみてもOKです。

平成3年2月23日滑走

このコースをそのまま抜けてしまえば、お隣のハイランドスキー場にもたどり着けます。
全体の距離は約七キロでして、ゆっくり回っても二時間とは掛からない感じですね。

天気さえ良ければ、五竜岳を初めに北アルプスの眺望が楽しめてしまえるのです
スキー場も一押しのコースとしてPRしていますので、アウトドア感覚で楽しみたい。

というわけで、ちょっと立ち寄って滑っただけなので、少しばかり後ろ髪を引かれます。
やはり、ここはクロスカントリーの装備を持参してもう一度トライしたいと思いました。

まあ、天気さえよければ、登山靴にアイゼンを掛けて登っても、かまわないでしょう。
こうしてみると、ゲレンデスキー以外に冬の季節を楽しむスポーツはいろいろあるわけでして、このみねかたスキー場にはそれを活かせる特色あるゲレンデとして、今後もぜひ営業を続けてもらいたいと思うのでした。


おまけ:
この原稿を書き上げたのは三ヶ月前で、今シーズンもスキー場はオープンされると考えて原稿を書き上げましたが、ホームページによれば、クローズすることになったとのことです。
もう一度、すべりに行きたかったのですが、、、、
合掌。

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2014年10月28日火曜日

自分なりのラリー走行みたいにドライブしたルートがきじるし - 戸隠スキー場(その一)(長野県)

平成3年2月23日滑走

どういうわけか、白馬方面で滑っていたのに、気まぐれで思い立って出かけました。
木曜日から八方・栂池高原と滑って、メチャ込みのゲレンデが嫌になったのです。

この日は週末の土曜日ですから、スキー客がなだれ込んでくるのは当たり前でしょう。
少しでも空いているゲレンデを探して、多少運転で時間が掛かっても仕方が無い。

こうして、宿の中でドライブマップとスキーガイドブックのにらめっこになりました。
宿は、木崎湖YHであの頃は、旅費の節約でよくユースに泊まっていたものでした。

ただ、最近はこうした宿泊施設が若人にどうも人気が無く、閉鎖される話が多いのです。
このユースはどうなったのかと少し不安になり、ググリましたが安泰でホッとしました。

今は白馬山麓レークサイドYHとしゃれた名前に変わったものの、場所はそのままです。
やはり、そばに仁科三湖があってスキー場も近いし観光地なのが、有利なのでしょう。

風呂は小さくとも温泉につかることも出来ましたし、いい思い出になったと思います。
さて、夜のミーティングも終わりましたので、就寝までルート探しに没頭しました。

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この戸隠スキー場ですが、選んだ理由は簡単で空いている噂を聞いていたからです。
この数年前、アクセスの良い戸隠バードラインが、がけ崩れで一部不通になりました。

このため、応急で迂回路が設けられたのですが、七曲(ななまがり)の険しい道です。
大型車の通行も不便をきたしたようで、雪道になれない人なら敬遠するはずでしょう。

こうして、長野市側から道路を使わずに、白馬方面から上がれないかと思案しました。
それで、ドライブマップを見ると、意外にも鬼無里村まで県道が通じている分けです。

こうなれば、単純に短く直線的に走ることだけを考え、先ずルート設定に没頭します。
ただ地図だけを見ると、標高差も何車線なのかもあまり分からず、不安になりました。

小川村より戸隠山

ドライブマップでは等高線など詳しく書かれておらず、山道だろうぐらいの判断ですよ。
とにかく午前中にたどり着けるんじゃないのか、そう考え、朝、ユースを後にしました。

まず、宿のある大町市から、道路は美麻村、小川村、鬼無里村を通り抜けていきます。
通過した村々も平成の大合併で主要都市に編入して、今は分かりづらくなりました。

初っ端から細めの県道を雪道で走りましたし、こりゃスリルがあると安易なものです。
実際に走って分かったのですが、行程で標高千メーター程の峠を二つ超えています。

こうして、小川村の最初の峠越えに差し掛かると、その時、小さなお寺に出会いました。
道なりに位置していて、雪も本降りになり屋根にはうっすらと雪が積もりだしています。

ちょっと車を止めて山門の中を覗き見しますと、奥に小ぶりな三重塔が建っていました。
しんしんと降る雪の中、このコントラストは絶妙でして思わず見とれてしまったのです。

今年、春に撮影した高山寺

それで、この寺の名前を確かめずにそこを後にしたのですが、ずうっと気がかりでした。
実のところ、今年、わざわざ四半世紀ぶりに寺を訪ねて、自分で確かめて来ました。

上さんと一緒の旅行でしたが、それは高山寺といい、長野県の県宝になっていました。
五月連休とはいえ、山桜が未だ咲きそろっていて、遅い春の景色が美しくもあります。

いや実に良かった、運転した頃の雪道を改めて思い返しつつ、話は未だ続きます。
この峠を超えて鬼無里村のふもへ降りたのですが、ここからまた峠越えになりました。

北アルプスの眺望の良い大望峠越えが控えていまして、車線も急に狭くなりだします。
1.5車線は未だマシで一車線しかない箇所もあって、これが主要県道かと思いました。

しかも、カーブも坂道もかなり急で、しかも圧雪路が延々と続いていて怖気づきました。
結局、帰りは長野方面から白馬方面へ抜けたのですが、怖くなったということでしょう。

というわけで、スキー場のことを書けずにドライブだけの話に終始してしまいました。
長野県は山間部の県道が多く、主要道路もくねくねいと狭い道路なのが事実です。

36号線という若い番号を過信したが故に起きた、ラリーみたいな道中ですが仕方ない。
実は、この一年後にスキー場のすばらしさもあってか、もう一度滑りに出かけましたので 、滑走した印象は次回までのお預けとして、こんな寄り道もあったなと感慨にふけるので した。


おまけ:
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注:コースマップ出典元→オールスキー場完全ガイド’95(立風書房)


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2014年10月26日日曜日

日本三大緩斜面の御三家ゲレンデと言いつつ、馬の背コースはおもしろい - 栂池高原スキー場(長野県)

平成3年2月22日滑走

有給休暇もしっかり取得したし、自分なりに満を侍したつもりで出かけました。
平日のゲレンデなら少しは空いていて、リフト待ちも多少は緩和されるだろう。

そう期待しながら出かけたのですが、さすが誰しもが知っているゲレンデでした。
朝の営業開始から既にゴンドラが三十分待ちで、乗れたのは一日で二回です。

このため、リフトも初心者がのんびり上がり出す前に上部へ一気に登り詰めました。
混雑する前に、斜度のある斜面を選んではひたする反復に滑走を楽しむのです。

それでも、トップのゲレンデですら混み出す始末で、一度下に降りることにしました。
途中、馬の背から白樺という中上級者のコースを滑りぬけますが、実に楽しい。

今年滑ったときに入手グーグルドライブはこちらから

ちょっと寄り道したくなってきまして、接続のリフトに数回乗って滑走にトライします。
ただ、ここでもスキーヤーの行列ができ始め、ちょっと我慢するのがつらかったです。

平成3年といえば、正にスキーブームの最盛期で、どこも混雑が当たり前でした。
平日の金曜日とは言えベストシーズの週末が続きますし、残念、致し方ありません。

この後、ゴンドラ始発駅まで降りようとしたのですが、下は長い緩斜面が続きます。
この斜面が実にけだるそうな気がしまして、中間駅から上部へ目指そうとしました。

ただ、緩斜面の起点になる中間駅で降りるスキーヤーがほとんど現れないのです。
ここは我慢でジッと待ったのですが、三十分以上待たされる羽目になりました。 

こうして二度目のゴンドラに何とか乗れたものの、上の方はイモ洗い状態になりました。
これだけ混雑してきますとスピードも出せず、斜面の途中で立ち止る人も出て来ます。

こういった初心者の滑走は突然くるりと曲がったりして、実に予測不能なわけです。
ボーダーなんかもそうですが、当時は未だ少数派だったので気になりませんでした。

さて、どこかしこも混雑で滑れなくなると、残るはふもとのゲレンデだけになりました。
見渡す限り広大で緩やかな斜面のリフトでして、タラーっと滑るにもってこいです。

もし、日本三大緩斜面というランキングがあれば、ここは絶対に含まれるでしょう。
そして、歴史のあるスキー場から選ぶのなら、御三家は次の通りになるかもしれません。

栂池高原 鐘の鳴る丘コース (開所:昭和33年・1958年(鐘搗き堂))
岩原 ビギナー・パノラマコース (開所:昭和6年・1931年)
野沢温泉 上ノ平コース (開所:大正12年・1923年)

まあ、赤倉温泉スキー場もあるとか、いろいろ説を唱えたくはなるはずでしょう。
でも見通しのよい一面バーンで楽しく滑る場合、経験からこの三つをお勧めしたいです。

と言うわけで、栂池高原は今年、二十三年ぶりに春スキーで滑ることが出来ました。
ゲレンデは昔のままでも、往時の賑い振りとは違って、宿泊街の寂れようが目立ちます。

やはり、夢幻のごとく宿も繁盛しゲレンデも混雑していた思い出だけが、自分の脳裏を駆け巡っているようで、ちょっと寂しくもあったのですが、空いているのなら是非フルシーズンの頃に滑りに来ようかとも思ったのでした。


おまけ:
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2014年10月23日木曜日

だんご3兄弟、おいしかったから売れて当たり前なんじゃないのか - 八方尾根スキ ー場(白馬八方尾根スキー場)(長野県)

平成3年2月21日滑走

このスキー場は、白馬エリアのゲレンデの歴史を語る生き字引的な場所です。
自分の生まれる前、昭和33年に先ず八方尾根ロープウェーが開業しました。

続いて、昭和37年に栂池高原が、その四年後に岩岳がオープンしています。
これで、日本百名山の白馬山のふもとにゲレンデの三兄弟が勢ぞろいしました。

山登りをたしなむ人なら、このエリアは後立山連峰だというのもお馴染みです。
最高峰は白馬山で、これに五竜岳鹿島槍ヶ岳の百名山が含まれています。

クリックで拡大します

他のスキー場も、これら山々の名前が引用されていますので、お分かりでしょう。
このゲレンデ三兄弟は、東急グループの白馬観光開発が長く運営してきました。

これだけ魅力的な観光地だと、絶対に譲り渡しがあるとは思わなかったのです。
やっぱり、昨今のスキー客の長期低落傾向が、大きく響いていたのでしょうか。

結果的に、日本駐車場開発が経営を引き継ぎましたけど、驚きは隠せません。
自分自身も、”あの東急が...そうだったのか”って二の句を継げないほどでした。

地域の生活価値を創造し続ける事業展開」を基本戦略とする中期3か年経営計画を策定し、「東急沿線が選ばれる沿線であり続ける」「“ひとつの東急”として強い企業集団を形成する」という2つのビジョンの実現に向けた施策を実施しています。
当社は、これらの取り組みの一環として白馬観光の今後の事業戦略について検討してまいりましたが、長野県内にも複数のスキー場を運営している日本スキー場開発との事業上の相乗効果を発揮し、白馬観光の事業基盤を強化していくことが適切であると判断したことから、当社グループが保有する白馬観光株式を日本スキー場開発に譲渡することといたしました。 (平成24年9月28日発表)

発表されたプレスリリースがネットで見つかりましたので、ここで紹介してみました。
やはり運輸系企業は、沿線開発を踏まえた事業に舵取りをしたのが分かります。

もちろん、白馬エリアに東急の路線などなく、バスタクシーの運営も別会社です。
飛び地の事業だとシナジー効果も期待できなくて、大きな決断だったのでしょう。

さて、自分史の思い出に戻るとして、八方は平日でもメチャ込みで驚愕でした。
朝九時ごろ到着したのですが、木曜日なのにゴンドラ待ちが一時間になりました。

しかも、ゲレンデの前は乱雑な宿泊街で、なかなか駐車場が見つかりません。
民宿などの駐車場で空きがあれば借りるのですが、千五百円も取られました。


当時の物価水準から見ればかなり高額だと思ったのですが、売り手市場です。
しかも、ゲレンデまでスキーを担いで十分以上も歩きましたので、実に不便でした。

かつまた、ゴンドラの距離が2キロと中途半端な長さで、規模にしては短いのです。
どうも雪の豊富な上部へ運び上げるだけで、主な併走のコースも見当たりません。

このため、ゲレンデの連絡は主にリフトが中心になり、ちょっと意外だったりしました。
ゴンドラは”アダム”の名前で運行され、対比して栂池高原は”イブ”の名称です。

経営母体が同じゲレンデですから、対比してアダムとイブを名づけたのでしょう。
栂池は初心者向けに緩斜面も多いし、女性的なスキー場だということでしょう。

と言うわけで、スキーブームの渦中にあっては、混雑だけが記憶のゲレンデでした。
スピードを出して滑ると衝突する不安もあったし、リフト待ちが三十分ときびしい。

時間的に滑走間隔が開いてしまうと、滑りのイメージを忘れてしまいがちで、反復レッスンの意味もなくなってしまうし、平日なのになぜこのブランドスキー場は空いていないのかと、激しく恨めしく思ったスキー場なのでした。


おまけ:
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2014年10月21日火曜日

紅葉シーズンの湯元キャンプ場に泊まってみた - 日光湯元温泉スキー場 (その二) (栃木県)

日光湯元キャンプ場(湯元温泉スキー場)

十月中旬ともなると、標高千四百メーターの高所は、朝は霜柱が立ちました。
寒いのなんのって、外に出した水筒の水が、部分的に凍ってしまったほどです。

このキャンプ場は、ゲレンデのふもとの緩やかな斜面を使って、開設されています。
所々に平坦な地面があるので、テントの張りやすい箇所を先ず探し出しました。

一方、受付の湯元ビジターセンターは、歩いて三四分の距離で離れています。
このため、最初にテントを張ってから、先に幕営していた人に聞いて訪ねました。

日光は紅葉で有名な観光地ですから、温泉旅館もどこも予約が一杯です。
おそらく、二三ヶ月前から部屋が押さえられてしまっているような気がしました。

実際に、旅館の玄関口には、”本日、満室”と看板も掲出されたりしています。
まあ、明日天気がいいから泊りがけで出かけようとしても、宿は見つかりません。

最近の天気予報は、一週間先までが、結構な確立で当たるようになりました。
ただ、数日先なら部屋が空いているという期待も、奥日光はほとんど無理でしょう。

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裏面もごらんいただけます
(日帰り温泉情報)

だから、湯元キャンプ場へ軽い冬山装備で出かけて、連泊をしてしまいました。
ダウンの寝袋などで防寒は完璧だと思ったものの、ヒヤッとする冷気で凍えます。

寒いのでトイレが近くなりますが、場所が離れていて二分も歩かねばなりません。
夜中に起き出すのがつらいところですが、それもキャンプの面白みかもしれません。

さて、ここは、紅葉シーズンの最盛期ですが、カエデの赤以外の色取りも美しい。
カラマツ、白樺の林も黄色に染まり、山々はカラフルな衣装に身をまとうのでした。

このスキー場は、四半世紀前に訪れたのですが、三月半ばとはいえまだ冬です。
雪も降っており、湯元湖も湖面はうっすら雪に覆われていて、はっきりとしません。

光徳クロスカントリーコースも滑りましたが、季節の良い日光は知らずじまいです。
だから、改めて最盛期の観光地、日光を知りたくなって、つい出かけたのでした。

と言うわけで、キャンプ場はスキー場をシーズンオフに有効活用していたのでした。
行ってみて初めて分かったのですが、幕営した場所から少し上っていくと、索道が張られたままのリフトも二基見つかりましたし、長く広いスロープの初級コースはこんな感じだったかなーとか思い出したりして、異なる季節のスキー場もまた乙なものだと感じたのでした。


おまけ:上さんが撮影してくれた写真も紹介しておきます。
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裏面のマップが参考になります
竜頭の滝、ちょっと紅葉が過ぎたか?
渓流が美しい
生まれ故郷の北海道を思い出した
戦場ヶ原のパノラマ写真
キャンプ場で見かけたサル
(鹿の夜鳴きもうるさかった)
湯元湖畔
湯平湿原にある源泉
初級コースのリフト二基
湯滝の紅葉が見ごろでした

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2014年10月19日日曜日

バルブ屋がバブルで作​ってガキ相手に一商売​を企んだ波乱・・・ - キッツメドウズ大泉・​清里スキー場(サンメ​ドウズ清里スキー場) (山梨県)

平成3年2月9日滑走
ジッパーの引き手に掛けるのが珍しい

自分の仕事柄でしょうか、バルブ(弁)とかパイプ(配管)はとてもなじみがあります。
それでKITZとか言う会社が、北澤バルブから社名変更していたとは知りませんでした。

それほど、旧社名が知られ過ぎていて、どうもキッツと言われてもピンと来ないのです。
往年の色物ロックバンド”キッス”みたいで、やはり社名にバルブがないとしっくりしない。

ただ、今、自分が窓際で働く会社の名前もCIで変更され、業種が一発で判明しません。
あの頃の日本企業は、本業一本では事業の躍進に限界が見えた時代でもありました。

このため、会社約款を変えて色々な業種を取り込もうと、多角化を目指したのです。
JR東日本も、駅にキオスクやレストラン等の商店街をつくって再開発に成功しました。

これは運輸産業ですから、ヒト・モノ・カネの流れを容易にとらえて成功したのでしょう。
片や製造業のバルブは、何をどうやって事業を起こしすのかは結構難題のはずです。

それでも、工場発祥の地や営業基盤が地方なら、そこへ根ざそうとするかもしれない。
こうして、キッツは諏訪の出自ゆえ、観光レジャー・開発に乗り出したんじゃないのか。

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なぜなら、関連企業として諏訪湖の温泉観光ホテルが営業されているからですよ。
他にも、創業者によりガラス工芸の北澤美術館が開館されて、観光の目玉です。

そして、当時のスキーブームにあやかり、このスキー場まで堂々とオープンさせました。
KITZ MEADOWAS(キッツ・メドウズ)と名づけられていますが、意味がよく分からない。

これには少し解釈が必要で、先ず訳すとキッツ社の牧草地と受け取ることができます。
KITZ自体は、オーストリアウインタースポーツの中心、キッツビュールをもじったらしい。

つまり、夏は牧草地=ゲレンデで、冬はスキーの殿堂だと引っ掛けていたのでしょう。
他にも、発音から英語の子供(キッズ)に例えてファミリーを狙っていたかもしれません。

こう考えると、考え抜いたコンセプトだと思わざるを得ませんが、業績はどうだったのか。
オープンが平成三年度なら、スキーブームの終焉まであと数年しか残っていません。

その後のスキー人口は、ご存知の通り急減して、スキー場では客の奪い合いでした。
結局、ここもグループ全体のお荷物にならざるを得なくて、経営譲渡に話が進みました。

スキー場近辺地図
県境ぎりぎりの山梨県

他方、山梨県も県の土地を貸していた経緯があり、廃止より存続を希望しました。
こうして、名前も変えリフトも架け替えて、心機一転、現在に至るのが、歴史です。

というわけで、コースとか、レストランのメニューとか、詳細は自分でお調べください。
こんな紹介は、ググったりHPを見れば、簡単に分かるし話題にもならないでしょう。

むしろ、取らぬ狸の皮算用で投資した挙句、当てが外れた事例は非常に面白い。
スキー場経営の反面教師で、深い背景がある気もして、色々と調べまくるのです。

これが記事作りのベースにもなっているのですが、飽きることなく書き続けられる原動力だとも改めて納得してしまうのでした。


おまけ:
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大泉清里リフト一日券(裏)


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