2014年6月29日日曜日

有料道路代がかさんで​目がくらむよーん - 表万座スキー場(表万​座スノーパーク) (群馬県)

昭和61年3月8日滑走

もっと奥まで運転すると、万座温泉スキー場があります。
ただ、万座ハイウェーの道路料金がお高く、千三十円です。

長さ20キロと短い割りに、この値段はコストパフォーマンスが悪い。
なので、このスキー場へ出かけるには、温泉の宿泊が必須でしょう。

一方、表万座スキー場はその手前なので日帰りでも楽しめそうです。
ただ、このバカ高い料金は往復ビンタで、お財布がかなり軽くなる。

自分が滑った当時、片道は無料になったような記憶もあります。
調べましたが、現在もこのサービスは何とか続いているようです。

平日のスキー客向けはラッキーなところですが、週末はダブルパンチ。
土日は、そこそこ集客があると見込んだからかもしれません。

でも、2014年度も一時営業休止になってしまいました。
2012シーズンからで、ホームページにそのお知らせが載っていました。

スキー人口が激減した中で、このハイウェーには万座温泉が手一杯か。
そんな感じもしまして、このスキー場には試練の時期が続いているようです。

滑った頃は未だスキーブームで、万座温泉スキー場も混雑していました。
これを緩和するために、このゲレンデがサブセットでオープンしたのかもしれない。

そんな気もしてきますが、真相はどうでしょうか。
実際、あの頃もガラ空き状態で、ハイウェー料金の影響もあったでしょう。

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滑ってみますと、標高も高くてパウダースノーの雪質は最高でした。
個々のゲレンデ滑走距離も長く、林間コースを滑る新鮮さに満足しました。

難しいコースでもないし、初中級者にも楽しく滑られると思います。
逆に万座温泉は、昔からのゲレンデ構成で古さは否めず温泉に近いだけです。

と言うわけで、自分なりに気に入って二回ほど滑りに行きましたが、もう一度滑りたい。
冬場、万座温泉に泊まって、もしこのスキー場が営業していたのなら、是非に滑りに行ってもらいたいと思うのでした。


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表万座パンフ(裏)


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2014年6月27日金曜日

マロン駅長も二代目だから、昔と違うってこと - 西岳スキー場 (奥中山高原スキー場) (岩手県)

昭和62年1月3日滑走

スキーシーズン出だしの頃、滑りました。
やや積雪が不足していて、一部コースが閉鎖でした。

それでも、リフトが二本ほど運転されていたと思います。
遠隔地のゲレンデに出かけるならは、正月休みは大事です。

それで、あちこち回りましたが、ここは物足りませんでした。
本当なら、最上部まで上がって上級コースを降りてみたかった。

この時期、全コース滑走ができるスキー場は恵まれています。
最上部で標高が千メーター近いから、期待していたのですが。

残念ですが、リタイアして時間に余裕ができたら再訪しましょう。
しかし、ガラ空きで滑っている人が少なかったような思い出です。

当時は、未だスキーブームの最中だったのに、ここは違いました。
ただ、岩手県は規模の大きいスキー場が目白押しです。

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安比高原、雫石、岩手高原スノーパークなどが代表でしょう。
比べれば、ちょっと規模は控えめでも、ちゃんとリフトは5本です。

第六リフトが新設されたようで、北側に斜面が展開されました。
付け替えのリフトもあるようで、第二リフトが影も形もありません。

スキー場名も変わり、それに応じて施設も拡充された結果ですね。
宿泊・温泉設備も投資されてかなり立派になりました。

通年型リゾートを目指して、夏場シーズンも紹介されております。
日帰り温泉設備もあるから、観光客の誘致が強化されています。

要するに、自分の滑ったスキー場は初代だったということでしょう。
現在は新生二代目ですが、実は奥中山には別の二代目も住んでいます。

IGRいわて銀河鉄道奥中山高原駅のマックちゃんといえば、ワンコ。
初代はマロンといいて、五年前に九歳の天寿を全うしました。

小型犬のドッグイヤーですから、古希だったんでしょうねー。
今回のマック君は、駅に登場したら自動的にマロン駅長を襲名したとか。

ネコの駅長たまも、かなり有名で電鉄の経営改善に大きく寄与しているそうです。
きっと二代目マロンちゃんも、この地区の観光大使みたいな役割かもしれません。

と言うわけで、スキー場もワンコの駅長さんもハッピーに二代目へ代替わりしたんじゃないでしょうか。
そんな風に思ってしまった、奥中山高原エリアのスキー場なのでした。


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西岳パンフ(裏)
西岳ヒュッテ(表全体)
西岳ヒュッテ(裏全体)
西岳ヒュッテ(裏)

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2014年6月25日水曜日

行ったら秘湯と地熱発電所は見逃すな - 松川温泉スキークラウド(八幡 平リゾート下倉スキー場) (岩手県)

平成2年1月3日滑走

オープン初年の命名が、下倉スキー場へと変わってしまいました。
すごく単純な呼び名になってしまい、ちょっと拍子抜けです。

平成4年頃のゲレンデガイドブックでは、すでに改名されてしまいました。
もっとも、近隣の東八幡平スキー場は八幡平リゾートにグレードアップ。

その一方で、下倉は田舎のありふれたゲレンデ名称で落ち着きました。
これに加えて、現在では八幡平リゾートとセットでよく紹介されています。

自分的には、スキークラウドってネーミングが結構格好良かった気もします。
クラウドは、先端のネットワークシステムを指し示す言葉ですね。

スキー好きが集結するベースみたいな意味にもなるんじゃないのか
ちょっと早すぎたのかなーと思いつつ、今は月並みな印象が隠せません。

この東八幡平エリアは温泉郷でして、一番奥が松川温泉です。
日本秘湯の会に参加する名湯で、自分も投宿しています。

火山地帯ですから地熱もすごくて、それを利用した発電所もありました。
何でも本邦初の商用発電所だそうで、一見は百聞にしかずかもしれません。

要するに、温泉とスキーがセット化した典型的な観光地なわけです。
しかも、自治体がスキー場を誘致したので、これも町起こしのパターン。

ただ、下倉スキー場は後発だったせいで投資が息切れしてしまいました。
駐車場とレストハウス一軒以外は、何もない殺風景なスキー場。

クリックで拡大します

ゲレンデ整備が追いついていなくて、斜面に巨岩がゴロゴロしていました。
なるほど、活火山の岩手山山麓だけあって溶岩だと感じたものです。

ただ、東八幡平スキー場より中級レベルの斜面も多くて滑りは楽しめます
長めのリフト3本を乗り継ぎますが、微妙に不便さも感じて不思議です。

温泉スキー客を吸収するバッファーみたいに急ごしらえしたのでしょうか。
実際、スキーブームの下り坂に開発された環境は、覆せませんでした。

というわけで、八幡平リゾートとサブのセットで扱われるのが現状です。
ただ、谷を挟んだ違う山に位置していましてて、岩手山もながめられます。

なので、借景目当てにここへ滑りに来るのもベターだと思うのでした。


注:コースマップ出典元→オールスキー場完全ガイド’95(立風書房)


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2014年6月23日月曜日

レンズがポロリと落ちて片目滑走の恐怖 - 東八幡平スキー場 (八幡平リゾートパノラマスキー場) (岩手県) 

昭和63年2月7日滑走

メガネの片玉がポロリと外れてしまいました。
あっと思った瞬間、リフトから眼下の雪面へ落下して行きました。

スポッと埋まってしまって、どこかに落ちたか分からず見当がつかない。
このスキー場リフトは、妙に支柱が高いなーとか考えていた矢先です。

いざ飛び降りたら怪我しそうな感じもしまして、これは諦めました。
リフトの支柱が何本目だったのか、張り付いているステッカーの番号を探します。

ただ、支柱間の距離も長いですから、落とした場所はピンポイントに近い。
降り場から何とか目星を付けておいて、不自由な思いで滑り降りました。

何しろ視力が0.1以下と近眼もひどいもんですから、どうもヤブにらみになってしまう。
しかも降雪がひど過ぎて、視界も効かないわで滑るのに難儀しました。

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それで、リフトの下で這いずり回って一生懸命探したんです。
スキーヤーから見られている気もしまして、恥ずかしくてなってくる。

ほどほどに探したところで、見つからないので断念してしまいました。
まあ、片目で滑ったとしても楽しくないので、ギブアップするしかない。

一日券を買ったのですが、十回ほどすべり終えましたので御の字でしょう。
後は、県庁所在地の盛岡まで出て、レンズを新調するしかありません。

さっさとスキーを脱いでしまい、車に乗って麓まで降りてしまいました。
この東八幡平スキー場ですが、西根ICから15分くらいと近距離で着きます。

しかも、盛岡市までは高速を使えば、20キロちょいの行程しかありません。
急いでレンズをあつらえるのがベストでしょうし、それから帰宅することにしました。

それで、市内中心の駐車場に車を停められたので、次にメガネ屋探しに移ります。
近くにアーケードの商店街がありまして、そこをそぞろ歩きながら物色しました。





結局、商店街の終端で、道路を挟んだ向かい側に古風な店構えが見つかります。
名前は忘れていましたが、記憶を頼りに探すとメガネの水晶堂だと分かりました。

グーグルのストリートビューで見ますと、しっかりあの場所だったと思い出せます。
ただ、建物が近代的なビルに変わってしまい、城下町っぽい雰囲気がないのです。

やっぱり、四半世紀も時が流れてしまったのかと改めて感慨に浸りました。
さて、この水晶堂さんでは、早くと催促し二時間でガラス玉を作ってもらいました。

シンプルなコーティングだけのレンズでしたが、両目で見ても違和感を感じません。
おかげで東北道を仙台まで、無事に安全に運転して帰宅することができました。

と言うわけで、このゲレンデは緩斜面が多くて、滑りそのものは単調でした。
代わりに、メガネのレンズを失くした事件が記憶に強く残ってしまったという、自分史的スキー場なのでした。


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東八幡平パンフ(裏)



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2014年6月21日土曜日

ゲレンデ守りたきゃ、NPO法人ってどうよ - みやぎ蔵王白石スキー場 (宮城県)

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スキー人口に歯止めがかかってきたらしい。
とは言え、実態は最盛期の三分の一まで減りました。

約二千万が六百万人ですから、あまりに母数が少なすぎます。
それでも、冬場のホテル予約が一割増えたと言います。

スキーブームの最盛期に青春を送った若人が家族を持つ。
あの頃から二十年も経てば、四十代に入ってきます。

家族旅行でスキーとしゃれ込む余裕もできるのでしょう。
こうして、少子化の不安はあるものの光明が射しました。

ただ、スキーってウェアとか用具に金がかかりますよね。
行くだけでも大変だし、人気回復の理由は他にもありそうです。

つまり、受入れのスキー業界も手をこまねいていないのですよ。
スキー場も、あの手この手のサービスで集客を考えます。

子度向けに無料のそりレンタルとかスキー教室開催とかです。
色々なイベントを開催して、お客さんのPRに努めます。

でも、付近に大規模なスキー場でもあったらどうなるのか。
そうなると、そっちにお客さんを奪われてしまうんじゃないのか。

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実際、このスキー場の近隣には、えぼしスキー場が存在しました。
ゴンドラもあるし、滑走距離も倍以上と長くて大規模です。

しかも、仙台からだとえぼしスキー場のほうが近距離です。
さらに七ヶ宿スキー場も近くにあって、競争が激しくなります。

こうなると、客足も遠のいて閉鎖の言葉もちらついてくる。
そんな現実が、このスキー場にも降りかかってしまいました。

このスキー場、昔はスポーツコム白石とも呼んでいました。
民営ゲレンデでしたが、経営難で自治体へ譲渡されています。

昭和63年3月21日滑走

まあ、無償というからすでに価値が償却済みだったのかもしれない。
ただ、白石市としては冬場の蔵王観光には外せない施設です。

鎌先や小原の温泉保養地も、全国的に名前が知られています。
他方、自治体も財政難ですから赤字の垂れ流しは絶対に避けたい。

スキー場の経営努力も必要なら、新しい運営方法も模索すべきだ。
こうして、市民の力でNPO法人「不忘アザレア」が設立されました。

全国で初めてのケースとなりましたが、現在までスキー場は健在です。
当時、一億円近い事業をNPOが受託するのは大きな話題でした。

マスコミでも盛んにとりあげられ、年間五万人の集客は立派でしょう。
市の行政と市民が「協働」した成功し、良かったと思いますね。

ちなみに、アザレアとは不忘山の中腹に咲くドウダンツツジのことです。
蔵王連峰に群生する花が見事に開花したということでしょうか。

というわけで、晴れた日は太平洋まで見渡せて眺めも良いスキー場です。
この成功例から、NPO法人によるゲレンデ運営を参考にするスキー場も増えたそうですので、同スキー場には先達としてがんばってもらいたいと思うのでした。



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2014年6月19日木曜日

五月連休が吹雪、吹雪、氷の世界 - 八甲田ロープウェースキー場(青森県)

平成3年4月30日滑走


青春を送った70年代の人ならご存知でしょう。
フォーク歌手、井上陽水さんの歌がロンドン録音しました。

レコード史上初のLP販売百万枚突破の金字塔です。
笑ったのは、CDでなくてターンテーブルのレコードでした。

自分も年を取ったなー、でもEPもCDもMP3も知っている。
亀の甲よりも年の功とはよく言ったもでのしょう。

長く生きていれば、いろいろなことを経験して比べられる。
スキー場なんかも、かなり滑り渡り歩いて楽しんできました。

吹雪の日もあれば、ピーカン晴天で快適な日もあります。
季節的には真冬なら、ひどい雪は覚悟しなくてはならない。

でも、三月を過ぎれば天候も定まり晴れの日も増えてきます。
ましてゴールデンウイークともなれば、晴れの期待も高まるもの。

でも、この八甲田ロープウェーはそうは行きませんでした。
酸ヶ湯方面から道路は、ところどころ圧雪路になっています。

スタッドレスタイヤでよかったと思いつつ、二車線ギリギリが恐ろしい。
早朝なので対向車も来ずに、なんとか運転してたどり着きました。

途中からは雪も降り出す始末で、いやな雲行きが案の定です。
実際、ロープウェー駅からは本降りの雪模様となってしまいました。

待望のロープウェーに乗ってもホワイトアウトで視界すらありません。
頂上駅から、吹きすさぶ中を我慢して我慢して滑ってまいりました。

こうして真ん中のダイレクトコースを降りてみたのが二回。
追加でペアリフトも降りましたが、どこを滑ったのか分からないぐらい。



と言うわけで、年によっては五月連休でも吹雪のゲレンデがあるのです。
前日の乳頭スキー場は晴れて滑走も楽しかったなーと、ただただ八甲田の悪天候を恨むだけなのでした。

おまけ:グーグルドライブはこちらから
八甲田ロープウェー(表)
八甲田ロープウェー(中)
八甲田ロープウェー(裏)
八甲田パンフ・ゲレンデマップ(表)
八甲田パンフ(裏)


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2014年6月17日火曜日

名前もエロい春スキーの五月連休 - 乳頭スキー場 (秋田県)

平成元年4月29日滑走

今年の五月連休は、山の事故ニュースが相次ぎました。
死者が18人と多くて、中高年の犠牲者が目立ちました。

特に、例年より残雪の量が多かったせいか遭難が目立ちます。
北アルプスなどで滑落した人も出まして、まだ冬山なのです。

この残雪の量は、テレビニュースで山の写真を使って紹介されました。
奥穂高岳でしたが、昨年より白い部分が多いのは事実でした。

この残雪が多いと聞けば、スキーヤーはウキウキしてしまいます。
春スキーのゲレンデコンデションが良好だと分かるからです。

この時期になれば、どんなスキー場でも降雪はほとんどありません。
ゲレンデも残雪だけが頼りで、後は融けていくだけのコンデションです。

それに桜の開花を迎えると、春が来たと誰しもが思いはじめます。
冬の季節にかかわる暮らしは、スポーツも含めてジエンドになるでしょう。

スキー人口も、現在、最盛期の三分の一まで減少してしまったさびしさです。
お客さんは集まらず、ありきたりのゲレンデならクローズしてしまう。

でも、一途なスキーヤー迎えてくれるスキー場も、無いわけではない。
こういったコアな層を受け入れるゲレンデは、いまだに健在なのがうれしい。

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でも、スキーブームが去ってしまうとスキー場自体の存続すらできなくなる。
冒頭の乳頭スキー場だって、平成19年に廃止されてしまいました。

このスキー場、温泉保養地の国民休暇村にあった施設です。
十和田八幡平国立公園の山岳地域ですから、降雪量は豊富です。

滑走期間も長くて、ゲレンデマップによれば五月上旬までとありました。
緩斜面のスロープですし、雪質もザラメ状でかなり重たくなっています。

と言うわけで、こういうところは、のんびりと滑って春スキーを楽しむ場所です。
残念、今や閉鎖されてしまったわけですが、後は名湯の温泉三昧で再訪を考えてもいいかなと思う次第です。

 
おまけ:
東北限定発行でした
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2014年6月15日日曜日

二井宿峠越えの街道ドライブもなつかしく - みやぎ蔵王七ヶ宿スキー場 (宮城県)

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このスキー場、山中七ヶ宿街道の峠田宿に設けられました。
今は国道113号線ですが、昔の古道そのものが現役なのがすごい。

史実として、戦国時代の武将、伊達政宗もこの街道を通りました。
急な国替えの命を受けたため、なんと冬場に二井宿峠を越えたとあります。

伊達家は、代々、もともとの本拠地にしていたのが山形県米沢でした。
関白豊臣秀吉には渋々従ったようですが、悔しかったのでしょう。

後々、後釜に入った上杉家と合戦になり、越境し領地を拡大しています。
この峠ですが、最高地点が標高540mとさほど高くありません。

なので冬場でも通行できたようですが、この辺り雪は多くないということです。
となれば、このスキー場も雪不足に悩まないかと心配になります。

昭和63年3月26日滑走

実際、12月のスキー場開きでは、雪がほとんど無い年もありました。
当時、宮城県に住んでいましたので、テレビニュースで見かけています。

ただ、一月に入って寒波も厳しくなりますので、降雪もかなり期待できます。
なので、出かけるなら1月末以降、ベストのゲレンデになるんじゃないのか。

暖冬で雪の少ない年もありますので、ゲレンデ状態だけはチェックしてください。
規模としてはリフトが4本構成で、どちらかといえばファミリー向けです。

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未だに、第四リフトがシングルなのは貴重なところでしょうか。
最近はペアリフトが増殖して、シングルを見かけるのが難しくなっています。

ところで、みやぎ蔵王とありますが、ゲレンデのある峠田岳は独立しています。
蔵王連峰からは隔ていて谷もできていて、そこにこの街道が通じているのでした。

ゲレンデマップを見て分かったのですが、確かに七つの宿場町があります。
高野長英も吉田松陰も通ったそうですから、どこかの宿場で一夜を過ごしたのでしょうか。

と言うわけで、こんなに由緒ある街道沿いのゲレンデなら歴女を誘いたいところです。
スキーに加えて、近隣の小原温泉、鎌先温泉あたりで歴史談義にふけるのも一興かと考えたスキー場なのでした。

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みやぎ蔵王七ヶ宿パンフ中左
みやぎ蔵王七ヶ宿パンフ中右
みやぎ蔵王七ヶ宿パンフ裏
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