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2022年12月22日木曜日

英語を上手に話せなくても、「これだけは伝えたい」と言うのができるには、時間が掛かるかもしれない ー ビジネス英語(そのほか)

     
仕事では、インドの取引先とメールのやり取りをするのが、日常的な自分です。
インドでは公用語が英語で、ある程度の教育を受けていれば会話ができますな。

なので会話の難易度はありますが、英語で話し合うのは普通なのかもしれない。
だって、出張中、片田舎のスーパーで買い物をしても、英語で話しかけられる。

ある時、ミカンを買おうと選んでいると、中年の紳士が説明をしてくれました。
ちょっと、訛りはありますが、それなりに文法の整っているので聞きやすいな。

所々が分かりにくくても、美味しいミカンの選び方を講釈してくれていました。
そんな、インド人との付き合いも十年近くになりますが、時々、表現が面白い。

と言うより、自分がビジネス英語を知らないだけのようで、そんな単語がある。
それは”share”で、日本でも”シェアする”という表現が、日本語になりました。

分け合う、共有すると言う意味合いですが、これは中学英語のレベルの先入観。
このベースの意味を、更に拡大解釈して使うようで、特にビジネス英語がそう。

”情報提供してください”のような感じで、依頼してくるときによく使われます。
例えば、次の一行だけの簡単なメッセージが来ましたが、これは好例だと思う。

 Requesting you to please share with us next shipment details.

”次の出荷の詳細を教えて下さい”という依頼の意味なのだが、”share”が肝だ。
最初は、使い方が分からず、辞書を引いて”披露する”意味なのかと思いました。

   ”I share your opinion” ⇒ ”あなたの考えに同感です”
   ”USA shares a border with Canada” ⇒ ”米国はカナダと国境を接する” 

上記の表現も意訳すればそうですが、”share”の動詞一つで表してしまいます。
その分、話法としては安易で、日本語の方が訳するのが難しくなってしまうの。

というわけで、その内、”仕事の中身はシェアしよう”ぐらいは普通になるのか。
何でもカタカナ語にすればよいとは思いませんが、最近は訳すのが面倒なのか、「パンデミック」、「クラスター」、「ソーシャル・ディスタンス」など、むやみやたらとカタカナ語で表現する世相には、辟易してしまう自分なのでした。


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2022年2月5日土曜日

勿体ない思考の延長線上なのですが、修理しすぎて安全面で大丈夫なのかと心配になった - デコトラ修理(パキスタン)

名人芸の何でも修理だ
      
数年前、インドに集中的に海外出張していた頃の記憶がよみがえって来ました。
ユーチューブから何となく紹介するチャンネルは、パキスタンの不思議な動画。

それは、”Pakistani truck”で、ぶっ壊れたトラックを修理して再生させるんだ。
車軸が真っ二つに折れたのを繋ぎなおして再利用するとか、本当に安全なのか。

それから、交通事故で折れ曲がった荷台のシャーシを、圧力を加えて復元する。
強度が気がかりなのか、板を当てて溶接でくっ付けたりボルトを穴に通したり。

凄いのは、このボルトの頭を溶接機で赤くした後、タガネのようなジグで加工。
ハンマーで打ち付けると、丸いリベットに変形されて補強板が固定されました。

多分、タガネの頭は半円形の窪みになっていて人力で打ち付けて鍛造するんだ。
とにかく、修理する方法の技が、これでもかと紹介されているので面白くなる。

所有している工具や工作機械も、古ぼけて日本では見られないようなオンボロ。
後は、労賃の安い国だから、人海戦術で修理してしまおうという、逞しさです。

通勤の道中でよく見た

まあ、インドもパキスタンのようなデコトラはおなじみで、だから思い出した。
確かに、荷台の側面はハデハデなデコレーションで、後部には”BLOW HORN"

要するに、後ろなんか注意していないから、警笛を鳴らしてくれっていう合図。
その分、安全運転もへったくれもなくて、だからこそ交通事故が多いのだろう。

となれば、この手の自動車修理工場は大忙しで、金もないから修理で使うんだ。
サスペンションの板バネも現地調達らしく、これでは乗り心地も悪くなるわな。

スターターエンジンも分解してコイルを巻きなおしたり、バッテリーも再生だ。
この再生方法が凄くて、中の希硫酸液を抜いたら、プラの上蓋を引きはがした。

それから、ユニットに収められた雷極板は抜き取られて、再生品の製作に着手。
それが、現地で入手できるような素材ばかりで、セパレータは珪藻土なのかな。


形状もオリジナルとは違うから、ボックスを部分的に切り取って納める力技だ。
最後は、剥ぎ取ったフタを、樹脂を火であぶって溶かして、力技でくっつける。

こうして、何となく再生されたバッテリーは、22ボルトぐらい出たから合格か。
だって、トラック用なら新品は24ボルトだけど、でっち上げなら御の字だろう。

というわけで、パンク修理なんて言うのは当たり前で裂けたタイヤも復活だよ。
インドなんかでは、なんでも修理して長く使う”ジャガール”と言う考え方が根付いており、パキスタンも同じなのだろうと思いますが、今ある資源を有効活用・イノベーションといった意味合いもあるので、エコでいいではないかと思ってしまったのでした。



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2018年7月24日火曜日

インド人は、夜は涼しくて気持ち良いから外に出て歩道で寝るんだけど、日本じゃ出来ないよ - 灼熱地獄の日本全国(そのほか)

   
いやはや、今年の夏は、猛暑、酷暑、炎暑、熱暑のオンパレードだよ。
自分の住んでいる横浜にしても、軽く最高気温を更新してしまいました。

これまでは、平成16年に記録した摂氏36.5度ですが突破だよ。
この原稿を書いている、23日当日は37.2度まで上昇しました。

うーん、いとも簡単に記録を更新してしまい、こんな暑い夏は不要です。
加えて、7月の最低気温の平均は、軽く記録を塗り替えてしまいました。

現状、25.1度と気象庁のデータがHPに出ており、ほとんど熱帯夜。
この熱帯夜と言うのは、最低気温が25度以上の日を差しています。

それでも、今月は最低気温が25度以下の日もあって、毎日ではない。
25度までは寝苦しく感じるほどもないが、27度以上だときついなあ。

23日には、最低気温が27.9度になり、朝七時で30度越え。
こうなれば、エアコンを使わずに夏を乗り切れるのかと、不安になります。

過去三年間、エアコンを使ったのは数回しかありませんが、今年はどうか。
あまりの暑さに、エアコンのある部屋に、一時避難も考え出し始めました。

マンションに住んでいると、玄関付近の窓から、リビングへ風が流れます。
もちろん、リビングの窓を開け放してありますが、方角は南北方向です。

まあ、サッシ窓のメーカー、YKKapによると、理想的な風の通り道らしい。
特に、日本の夏は、南から北へと風が吹く地域が多いと、ありました。

これで、部屋や廊下を涼風が流れて、室温を下げることができるみたい。
正確には北東から南西の方角なんですが、サバ読みしてもいいでしょう。

それと、横浜は東京湾と相模湾の海に近いから、浜風が含んだよねえ。
午前中、陸上が先に暖められて、その上昇気流で内陸へ風が吹きます。

逆に、夕方になって陸上が冷やされる中、海水の熱は冷めにくいのです。
今度は、海側が暑くて上昇気流が起きるので、陸風が吹いてくれます。

こうなると、海浜エリアに住んでいた方が、風のせいで涼しく感じられます。
この間、蓮の花観賞で館林に行ったけど、内陸の群馬県は暑かったな。

エアコンを付けっ放しのお店は涼しいみたい

海がないし、そんな風も吹いてくれず、ジワッと来る暑さが堪えられません。
やっぱり、横浜の恩恵は大きく、前には大きな飯島市民の森もあります。

つまり、周辺は、アスファルトで覆った道路が面積的に少ないと思うんだ。
日射光で熱せられたアスファルトは、周囲の気温を上昇させるからねえ。

加えて、森の樹木から、蒸散で気温を下げる森林効果も期待できます。
それに、毎朝、ベランダに打ち水して、水を蒸発させると熱を奪うんだな。

グリーンカーテンの朝顔も順調に育っているし、この夏を乗り切りましょう。
というわけで、どこまでエアコンを使わずにいられるのか、我慢比べの最中。

残るは、寝茣蓙で寝てみたり、ニトリのNクールマクラカバーに変えてみたり、寝ている時はアイスノンを頭に巻いて、体の一部を冷却しながら熟睡できるようにしたりと、なるべく睡眠不足にならないように体調管理を配慮しながら、今年の異常とも言える酷暑を耐えぬこうとしている、自分がいるのでありました。



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2018年3月11日日曜日

スキー旅行を計画中なんだけれど、ムンバイ・ネタで思いついたことを書いてみる - ムンバイ点描(インド)

    
出張で来ている工場の構内で、ヒルガオだと思われる花が咲いていました。
英語名ではBlindweedと呼んでいて、花自体は日本でも咲いています。

自分の住んでいるエリアでは、戸塚近辺を流れる柏尾川の土手沿いです。
日本で見かける花とほとんど変わりませんが、本来は熱帯地域の花なのだ。

こちらは冬が来れば枯れてしまう一年草ですが、熱帯では枯れない多年草。
そんな昼顔を見つけつつ、アジアは一つと言った岡倉天心を思いだしました。

実は、この明治の思想家にも、インドとの情熱的な接点があったのですよ。
それは、バネルジー夫人といって、生涯最後の運命的な恋におちた女性です。

天心は、この未亡人の住んでいたカルカッタに一ヶ月ほど、逗留をしています。
ノーベル賞を受賞した詩人タゴールの遠縁に当たる、ハイソな女性だったとか。

こうして、芸術分野で意気投合した二人ですが、遠距離ゆえにペンフレンド。
その切実な気持ちを明かした文章が、天心記念五浦美術館で見られます。

   
ムンバイメトロ線は、全車両が快適な冷房の近代的な高架鉄道なんだ。
ニ三年前に、ガトコパール駅からベルソバ駅まで運転を始めたホヤホヤ。

この路線が操業中なのは知っていましたが、今回の出張でやっと乗れました。
出張してきても土日になると疲れが出て、わざわざ出かける気にもなれない。

今回は、ホーリー祭と重なって週末三連休になったので、つい出かけました。
それで、高架鉄道なので、タイ・バンコクのBTSとそっくりな感じがしましたです。

   
ここ中央駅のプラットフォームは、都市近郊路線と全国路線に分かれます。
どちらのフォームかは分かりませんが、アカデミー受賞作品でも使われました。

映画、”スラムドッグミリオネア”のエンディングで踊るシーンで撮影されたんだな。
ファンなら誰でも知っているシーンですが、ぜひ訪ねて雰囲気を味わいたい。

それで、このプラットフォームの入り口は、CTS駅庁舎の正面から裏手です。
荘厳な建築部だけを見て満足してしまうと、つい通り過ぎてしまうので注意。

    
ムンバイ中央駅付近の通りで、ノンビリ歩いている牝牛に出会いました。
お乳が張っているし、カウベルをつけているので、搾乳をする牛さんでしょう。

でも、ムンバイ中央駅の目の前で、悠然と闊歩するのは祝日のせいです。
ホーリー祭といって、ヒンドゥー教の春祭りで、みんなで春の訪れを祝います。

誰彼ともなく、カラフルな色粉を塗りあったり、色水を掛け合ったりしてました。
前日は、板金の協力会社を訪問しましたが、仕事より、すでにお祭り気分。

地元の人も浮き足立つような幹事で、街頭では酔っ払いが喧嘩しています。
そんなお祝いで浮かれ疲れた人々をよそに、牛さんだけが悠然としていました。



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2018年3月8日木曜日

インドって、貧困層のお家には便所もないし、朝になると線路脇で用を足す人が、わんさか這い出してくるんだもの - クリーン・インディア(インド・モディ首相)

美化運動のスローガンだぜ

インドのモディ首相は、四年前の八月に訪日して親日家ぶりが知られました。
それが関連しているかは定かではありませんが、お掃除おじさんなんだってさ。

例えば、首相は、突然に警察署を訪れて、その駐車場の掃除を始めます。
警察署長は、もちろんビックリしますが、神出鬼没の首相がいつ現れるのか。

それ以降、無関心だった人々も、首相の熱心な呼びかけに応え始めます。
そんな首相自ら掃除をするインド美化計画は、ガンディー生誕がきっかけ。

こうして、145周年のお祝いから、五年以内に祖国を美しくする野望なのだ。
そんな目標ゆえに、モディー首相自らほうきを手に、首都を掃除したんだな。

要するに、警察官でも政治家でも、全国民が年間百時間を掃除に費やす。
そうすれば、インドの不衛生なイメージも、クリーンに転換するという悲願です。

確かに、最近ムンバイへ出張してきて、ホテルの周辺もこぎれいになりました。
清掃・美化運動を推奨する壁書きまで出現したりして、本気の運動なんだ。

   
そして、公共施設で道路清掃人を見かけるようになったほどで、驚きました。
もっとも、モディ首相は、少年時代に駅で紅茶を売って父親を助けた苦労人。

人口の六割が若者のインドでは、大量の労働力を吸収する雇用が欲しい。
もし、あらゆる製造業を国内でまかなえるのなら、雇用の機会も広がります。

それが、「メイク・イン・インディア」と「クリーン・インディア」の政策だと、言います。
まあ、首相が先頭に立って美化運動に乗り出して、国民の意識改革を狙う。

それに併せて、経済発展を促して国民の生活を向上させようとするアイデア。
他方、汚職や脱税を繰り返す特権階級がはびこっていたインディアだもんな。

だから、不満を持っていた人々は、モディ首相の政策を歓迎したんだと思うよ。
というわけで、変貌したインドは、海外から工場誘致で投資も伸びております。

街頭で見かける有料トイレ

当社の工場は、それに先立って十年以上も前から進出したのでありますが、工場を建設するだけで三年もかかった上に、現場にトイレすらなくて、日本人スタッフは野グソをしたという、汚らしい伝説まで残っておるのですが、それに比べてモディ首相のスローガンで変貌しつつあるインドが、我々にも味方してくれると、つい期待を抱くのでありました。



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2018年2月11日日曜日

演歌歌手”チャダ”は、シク教徒だからターバン被って、コブシを効かせていたんだな - シク教徒(パンジャブ州・インド)

歌を聴きたい人は、ここをクリック

工場を去る時、"I will be back"と、皆に臆面も無く言ってしまいました。
これは、ターミネーターの主人公役、シュワルツネッガーの有名な台詞。

”戻ってくるぜ”と言うわけですが、実際、もう一度、インドに出張します。
だから、間違いではなく、日本に帰国する期間は、十日間ちょっとだけ。

だから、インドにどっぷりはまった月間としては、新しい発見もありました。
それは、雇ってもらった専用車のドライバーが、シク教徒のおじさんです。

元来、シーク教徒は教養の高い人が多いので、英語は流暢なんだ。
警察官、教師、軍人などに奉職したり、エンジニアーなども多いのです。

なので、タクシードライバーもいますが、これまではシクの人に当りません。
今回、このおじさんが来てくれたおかげで、運転中、会話を楽しみました。

シク教といえば、ターバンを巻いていますが、このおじさんに聞いてみます。
”中の髪の毛は、どうなっているの”、答えは切らないで巻いているそうです。

プロレスラー、タイガージェットシンもシク教徒

確かに、街中で、髪の毛を頭の上にちょこんと円くしている人を見かけます。
特に若い人に多かったので、これがシク教徒の人だろうと想像が付きます。

いやはや、こまめに髪の毛を洗わないと、かゆくてしようがないんじゃないの。
不潔にはできないと思いつつ、調べてみると、ターバンに特例がありました。

それは、イギリスでバイクに乗るとき、ヘルメットをしなくて構わないそうです。
インド陸軍でも、正式ターバンが軍装で採用されているそうで、驚いた。

まあ、英国統治時代のインドから、シク教徒が社会的に活躍しています。
このため、海外に渡航した人材も多くて、ターバンの印象が広まりました。

まあ、インド人ならターバンみたいに、年配の日本人は必ず錯覚します。
なぜなら、懐かしい明治キンケイカレーの包装デザインがターバンの人。

お玉でカレーをすくって、ニコッと笑っていて、しかもキャッチフレーズがすごい。
”インド人もびっくり”って、同一視しているほどで、ターバンの威力は大きい。

37年前の写真が残っていた

それで、自分もシク教徒の総本山である黄金寺院を訪ねたことがあります。
もう、三十五年も前のことで、学生時代、バックパッカーでインドの放浪旅。

ガンジス川の聖地、バラナシから夜行の寝台車に乗って、向かったんだな。
早朝、デリーに到着してから急行列車に乗り換え、着いたのが夕方です。

長い鉄道旅でしたが、翌日に拝観したんだけど、頭にハンカチを載せます。
ターバン代用さえすれば、入れてもらえるんだけど、それ以外は自由なの。

イスラム教のモスクでは女性は入れませんが、ここはお構い無しなんだな。
中で、参拝していた日本人の女性に出合って驚いたけど、勇気あるなあ。

というわけで、そんな昔を、つい思い出してしまった出張旅行になりました。
それ以外では、特に代わり映えのしない滞在経験でしたが、一つ、印象が深まったのは、ナビムンバイ地区で道路清掃人の数が増えて、街中が綺麗になったことと、ジーンズなど洋装の若い女性が増えていたので、洋風化の波が着実に押し寄せているのをいたく感じたことで、ここインドでも欧米文化をキャッチアップしているのは間違いないのだなと、思ったのでした。



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