2019年3月24日日曜日

”こだわり”とか”頑固オヤジ”とか、グルメの一品なら食指も伸びますが、統治支配の玩具という思想に洗脳された親爺なんて、こりごりだ - 主体思想(北朝鮮民主主義人民共和国)

画面はハメ込み合成なの

三十年近くも前ですが、会社が支給したNEC製ノートPCを使っていました。
と言うより、当時ですら旧式化したモデルだったから誰も使わなくなりました。

それならと、文書入力くらいならできたのでワープロ代わりに貰い受けました。
確かDOS版一太郎のバージョン4がインストールされ、ウインドウズは無し。

メモリー実装が640キロしか無いので、RAMメモリーを自分で足しました。
このRAMディスクに一太郎をぶち込んで、早く起動するようにしたはずです。

作ったファイルは、フロッピーディスクに書き込んで保存したりもしましたな。
プリンターに接続されたデスクトップで印刷しましたが、懐かしいOA化の頃。

ところで、このPCは、インテルの386SXというCPUを搭載していました。
処理速度のクロックも16メガヘルツと、現在と比べれば、カメの歩みですよ。

当時、ウインドウズが出現して、CPUはより高速な486に交代しましたな。
まあ、今となっては懐かしいお話ですが、この数字には特別な意味もあります。

それは、お隣の反日国家、韓国の一世代を象徴する言葉として使われたんだよ。
現大統領、文在寅氏が学生運動を繰り広げていた世代を、称して言うのだとか。

先ず、1990年代に30代で、1980年代に学生で民主化学生運動に参加していた。
次に、そんな若者の多かった1960年代の生まれで、これらから頭文字を取った。

つまり、30代の”3”、80年代の”8”、60年代の”6”で、パヨクの固まり。
自殺したノムヒョン大統領もそうだったし、文在寅氏はその腹心だったんだな。

こやつら、学生運動で韓国の民主化を目指そうとしたけど、ベースは主体思想。
チュチェ思想とも言いますが、北朝鮮の金日成首領(ドン様)を万歳するお経。
  
偉大なチュチェ思想万歳

この思想、北朝鮮の首領だった金日成が、中露対立のはざまで生み出しました。自国の自主性に腐心した結果ですが、ゴーストライターが書いたんでしょうな。

我々式の社会主義(ウリシク社会主義)と言い及んで、自主独立を叫ぶわけね。
だけど、経済的には自立できず、中露から援助を仰ぎ続けた事実は残ります。

まあ、そんな思想は二束三文でしょうけど、若い韓国の人々は酔いしれたのよ。
ウリナラ(我が国)というアイデンティティを、鼓舞した結果だと思いました。

だから、変態左翼思想にかぶれて脳内お花畑状態のまま、洗脳は解けないんだ。
今の大統領ですらそうだから、共産主義者だと番組で決め付けた人も出現した。

それが、元駐日韓国大使館の公使だった洪熒(ホン・ヒョン)氏で、びっくり。
それは、朝日放送テレビの”教えて!ニュースライブ 正義のミカタ”と言う番組。

関東圏で放映されていませんが、ユーチューブにアップしてくれる人がいます。
それを楽しみに視聴しますが、今回の爆弾発言では、出演者が凍りつきました。

番組では、一瞬、沈黙の時間が流れたんだけど、よくぞ言ったくれたと思った。
主体思想にはまった愚か者だから、共産主義者と名指しされてもしょうがない。

強制収容所送りは当たり前で銃殺刑は日常茶飯事とか、全体主義の北朝鮮だよ。
悪逆の支配統治を裏付ける理念の主体思想を信奉するなんて、どうにかしてる。
   
   
まあ、世界中を見ても、こんな政治システムに賛辞を寄せる人はおりますまい。
それでも、頑迷に信奉し続けるのを見ると、反日活動も収まらないだろうなあ。

それで思うのは、日本が民主党政権の頃、菅直人首相が全共闘世代の生き残り。
この世代と言うのは、学生運動で極左のなどが世界同時革命と叫んでいました。

既に半世紀も前の古いお話ですが、荒唐無稽の思想に惑溺した辺り兄貴分かな。
そして、民主党の支配が悪夢だったのは、国民の皆さんも、十分ご存知のはず。

結局、似たようなパヨク思想にかぶれた人モドキが、国家を滅ぼすようなもの。
まともな国家運営などできようも無く、後の祭りを韓国の人だって思い知るよ。

というわけで、彼等の脳みそは386のCPU程度で、ジャンクに過ぎません。
もう一つの言い方としては、486世代とも言われているようですが残骸です。

これをインテルのCPUになぞらえるのであれば、ウインドウズ3.1や95の起動がやっとくらいで、こんなプロパガンダの化石と言うか、遺物(汚物)に拘泥して逃れることのできなくなったパヨクキムチ人は、やがて国家ごと没落して朽ち果てていくだろうから、積極的に国交もせずに突き放しておくのが良いだけと、思ったのでした。



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2019年3月21日木曜日

登高リフトのあるスキー場だから、駐車場もそこまでの道路にしても、雪が少なくて路面はむき出しで車も運転しやすかったんだ - 氷ノ山国際スキー場・スカイバレイスキー場(養父市・香美町・兵庫県)

橋を渡った先が登高リフト乗り場

西日本で目立つのは、ゲレンデまで索道に乗らねばならないスキー場のある点。
駐車場のある地点ですら、標高は既に五百メーター以上あるはずと感じました。

でも、滑って来た氷ノ山国際とスカイバレイは、一発目のリフトが登高用です。
もっとも、スカイバレイの時は、隣りのスキー場から連絡コースで入りました。

ハイパーボウル東鉢っていいますが、こっちはゲレンデの直下に駐車場がある。
まあ、スキー場のハシゴができるし、登高リフトに乗る手間を省いてしまえる。

だから、東鉢まで運転したのですが、こちらはかなり標高を稼ぐ感じでしたな。
ただ、カーブもそう多くなくて、安全運転に心がければ気楽に到着できました。

つまり、東日本に比べて、温暖な土地柄なのか、雪が融けやすいと思いました。
次に、ゲレンデに適した斜面でも、その地点まで地形的に道路の開削が難しい。

無理に道路を開通しても、カーブのきつい雪道になるのなら事故りやすいはず。
しかも、西日本のドライバーは、雪道経験がほとんど無いから、なお更危険だ。

だったら、無理に道路を設けず、連絡リフトで移動してもらうと手っ取り早い。
しかも、氷ノ山国際などは、河原にある駐車場から、先ず橋で対岸へ渡ります。

そこからリフトに乗りましたが、この手の登高リフトは観光用でも経験済みだ。
三方五湖レインボーライン山頂公園、股のぞきで有名な天の橋立傘松公園など。

  
結構、西日本で経験しているのですが、スキーを履かずに乗ると違和感もある。
以外に恐ろしく感じますが、スキーを履くと、どうして安心して乗れるのかな。

多分、ブーツ・板の重みで足が直下へ引っ張られ、椅子に安定感が増すのかも。
ところで、スキー場によってはお帰りコースを設けているゲレンデもあります。

この二ヶ所もそうですが、緩斜面とか逆に狭くて急斜面とか、お勧めでもない。
なので、ここは帰りもリフトに乗って下山するのが、良さそうだと思いました。

それで、思い出すのは、スカイバレーのちょっと洒落たネーミングのよさなの。
誰がどうやって命名したのか、興味を感じてしまいましてネットで調べました。

先ず、このスキー場、最初の命名が実にしょぼいものだったようで驚きました。
ソラ山高原スキー場としてオープンしたのだそうで、そうなら月並みすぎます。

開発記念碑だってさ
 
まあ、スキーバブル時代、ハチ北にあぶれた客が流れてくる雰囲気だったのよ。
この辺じゃ、サブみたいな扱いだったから、改名でイメチェンしたのかもなあ。

だから、ソラ山の「空」=「スカイ」にした分けだが、バレイはどうしてなの。
おそらく、谷合の駐車場から連絡リフトで登るので、「谷」=「バレイ」だな。

これらを結び合わせるとスカイバレイになって、洒落たネーミングに変ります。
こういった手法ですが、東日本にもありましてエコーバレースキー場もそうだ。

現地の地名は「山彦谷」ですが、英訳だけでやまびこの谷が格好良くなります。
馬子にも衣装の例えもありますが、集客力アップに改名は必要だと思った次第。

というわけで、中には登高(連絡)リフトならぬ、連絡ゴンドラと言うのもありまして、但馬地方ではミカタスノーパークで乗れるのですが、今回の旅行では訪ねておりませんので、是非、次回の西日本スキー行脚ではいってみようと思う自分がいるのでした。



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2019年3月18日月曜日

安山岩は、アンデス山の石の意味から翻訳で妙味はありませんが、北方の黒い霊獣から名づけられた玄武岩には神妙さがあるな - 玄武洞(豊岡市・兵庫県)

玄武岩の玄さん

出石そばの名店、”輝山”の前を通り過ぎた時に、石像を見かけて撮影しました。
この手の石像は、ミッキーマウスやドラえもん等、街角で見かけたりもします。

特に、ご近所の建材店の駐車場には、ドラミちゃんがいつも座っているんだな。
会社の通勤で、市民の森の遊歩道を抜けますが、途中に必ず出会うマスコット。

ただ、誰がいたずらしたのか、頭部のリボンが壊されて、少しかかわいそうだ。
そんな石像を見かける日常ですが、この玄さんは、スキー旅行で発見しました。

この出石と言う町は、平成の大合併で豊岡市に編入された但馬地方の静かな町。
小京都と呼ばれますが、編入を受けた豊岡市自体は、明治以降に発展しました。

それで、この六角形の玄さんとは一体何者と思いましたが、玄武岩のことです。
このエリアには、玄武岩で天然に造形された柱状節理の”玄武洞”が存在します。

天然記念物に指定されていますが、実は石切り場の跡が洞窟になったものです。
柱状に亀裂の入った石材が断崖をなしていて、容易に切り出される地形でした。

このため、石材に活用されて、近くの城崎温泉の大谿川護岸に残されています。
思うに人工的に作られた洞窟とは言え、柱状節理の規模が大きかったからこそ。

玄武洞
青龍洞

残された柱状節理も広範囲で、玄武洞を中心に五つの洞窟に分かれております。
遊歩道を歩きながら、小一時間ほど見学しましたが、それぞれの趣が違います。

特に、砕石の跡に水が溜まって池となった青龍洞は、蛙の鳴き声が綺麗でした。
恐らく、カジカ蛙だと思うんだけど、二月の寒空に盛んに泣くのが不思議です。

池まで近寄ると泣き止みますが、離れると、又泣き出してくれて癒されました。
そんな玄武洞でしたが、命名したのは明治期の地質学者で小藤文次郎という人。

幕末の津和野藩に生まれて藩校養老館で学んだので、漢学の素養がありますな、
このため、玄武をはじめとして、東西南北を司る守護神の霊獣で名づけたんだ。

玄武、青龍、白虎、朱雀ですが、キトラ古墳など壁画古墳ブームの火付け役。
古代中国から日本へ伝えられた四神信仰により命名され、岩石の和名にもなる。

確かに玄武洞を散策しますと、厳かな印象を受けてなるほどと感じ入りました。
ところで、この柱状節理は、マグマが冷却して固まる時に起きる現象なのです。



先ず表面が冷却されて収縮すると、そこに亀裂や割れ目が作られると言う現象、
これが連鎖反応で広がって、六角形の柱みたく切れ目になると言うのが不思議。

伊豆辺りだと、断面の形状を指して六方石と呼びますが、四角形五角形もある。
そこら辺は、溶岩の冷え具合によるので、道産子ならば層雲峡を思い出します。

石狩川の上流部にある峡谷ですが、銀河の滝、流星の滝など、渓谷美が美しい。
まあ、日本は火山が多く、このような柱状節理の地形が各地に残されています。

日光華厳の滝も見られますが、間近で鑑賞できる造形美は、この玄武洞が一番。
玄武は亀の霊獣なのですが、甲羅の六角形になぞらえて玄武岩としたのかもね。

というわけで、この柱状節理が、太古の植物だったと主張する人もいて驚いた。
なんでも、アメリカ・ワイオミング州にあるデビルズタワーの 柱状節理(六角柱)断面と、植物の亜麻の茎の断面に見られる六角形 とが共通しているという根拠なんだけど、ミツバチの巣や雪の結晶に見られる自然界における六角形の形状を見ても、冷静に考えれば、植物以外にも六角形は身の回りにありきたりに見られることを示しているわけで、こんなデタラメ妄想動画をユーチューブで紹介するなと思ってしまったのでした。



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