2017年5月25日木曜日

人はなぜ旅をするのかという、問いかけの彼岸に、お遍路さんの姿を見たのかもしれないと思い始めた - 旭屋旅館(小豆島・土庄町)

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小豆島は、予約してあった土庄港の旭屋さんという旅館に、お世話になりました。
熟年夫婦の気軽な旅だし、移動も食事もしやすい理由でカジュアルに選びます。

なので、お遍路の宿だとは露ほども知らずに、じゃらんのボタンを即クリックしました。
旅の第一泊目でもあり、交通至便だから、ビジネス向けかなーという印象でした。

ところが、パンフレットをもらいますと、白い旅装束一行の写真が載せてありました。
あれっ、確か、小豆島は四国八十八ヶ所のお遍路に含まれていないはずだけど。

どうしてなんだろうと思いつつ、寝る前に部屋の中でパンフに目を通してみます。
そうか、小豆島には独自の島遍路というものがあったのか、とはじめて知りました。

実を言いますと、この日が人生で初めて、四国の土地を踏んだことになりました。
まあ、東日本に住み続けてきてますから、西国の地勢、文化は疎いものです。

なのに、旅の初日に、巡拝の札所を知らず知らずに、お参りしていて驚きました。
それは、千枚田と呼ばれる中山の棚田を訪れた際、山上のお寺まで上りました。

名は湯船山蓮華寺で、見る限り住持のいないまま、久しく時が流れたようです。
そんな物寂しさを感じましたが、棚田の訪問客も、ここまでは上がって来ません。

そして、ここが44番所の札所だったというのは、旅から帰って調べて知りました。
そうか、俄か遍路に変身したのかと思いつつ、58番の西光寺も訪ねていました。

44番札所、蓮華寺
58番札所、西光寺

そんな分けで、小豆島に泊まると、札所の一つ二つは導かれるのかもしれません。
四国のお遍路道に比べて、手軽で身近な分、お参りに立寄ってしまうのでしょう。

ただ、このお宿に泊まって、部屋に置かれた本は、心の洗われるものがありました。
カバーがしてあったので題名が分かりませんが、パラパラとページをめくっていきます。

それで、どうしてもタイトルが知りたくて、投稿の前に宿まで電話してしまいました。
教えてもらいましたけど、えんどうとしお、人生の言葉とだけ聞いて、切ってしまった。

グーグルで検索しても分からず、ここは、投稿の時に簡単に触れるだけにしようか。
それでも、何とか探し当てた2月11日の言葉を、ここで紹介したいと思います。


    「来た道」
  
  来た道がわかれば
  
  ゆく道がわかる
  
  おるところがわかれば
  
  ゆくところがわかる
  
  来た道も
  
  おるところもわからないものに
  
  どうしてこれからの道がわかろう
   
  大切なことは
   
  来た道であり
    
  いまおるところである
   
  それを見直してみよう
   
  過去と現在がわかるとき
   
  未来の道がわかる
   
  歴史と伝統とを理解すると
   
  将来の道があきらかになってくる


というわけで、上さんも、この本でお遍路さんも元気が沸いてくると言っていました。
自分も、鎌倉近辺に住んでいるので、長谷寺のような坂東三十三箇所の札所を知らなくてもお参りしていたりしていますが、親身に励ましてくれるような本をさりげなく部屋に置いてある旭屋さんのような宿がある小豆島こそ、お遍路の土地柄として似つかわしいものがあり、近いうちにまた訪ねてみても良いのかなと、旅を振り返りつつ、思ったりもするのでした。


おまけ:旭屋さんの別バージョンパンフレット
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日英併記です

☆中山の千枚田はこちらから
せり上がる天空の田面を見下ろせば、長きにわたり守り続けている方々に畏敬の念を覚えずにはいられない - 千枚田(中山の棚田)(小豆島町・中山)


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2017年5月22日月曜日

宿屋が焼失してしまっては、秘湯もへったくれもありゃしません - 吾妻スキー場・不動湯温泉(福島県・福島市)

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大正時代にこさえた木造家屋のレトロで人気の温泉宿も、今はもうありません。
既に四半世紀も前に泊まりましたが、パンフレットを見て懐かしくなりました。

福島の奥座敷”土湯温泉”から更に山間へ入った不動湯温泉は、秘湯です。
宿への車道が悪路なので、日帰り駐車場に車を泊めて、一キロを歩きました。

散策路にもなっていましたが、山奥のひなびた一軒宿の風情が旅愁を誘います。
当時、秘湯ブームに火が付き出した頃で、NHKのニュースでも紹介されました。

絶品のお湯は、百段近い階段を下りなければならない、谷間の露天風呂です。
階段自体は、屋根付きの渡り廊下になっていますので、風景も眺められました。

梅雨晴れの週末に、運よく部屋も空いて、会社の先輩まで付き合ってくれました。
私から誘いましたけど、車は先輩が出して、それが珍しいサンタナの車種です。

当時、日産自動車が独フォルクスワーゲンからライセンス生産していた国産車。
その後、中国でもライセンス生産されるようになったので、ご存知かもしれない。

それで、デザインも国産と趣が違い、運転席のメーター等のインパネが異色です。
LEDの点滅で標示する燃費計なるものも付いていましたが、おもちゃ程度の表示。

ピコピコと増減したりしましたが、これに注意して運転した人は、いないでしょう。
当時、日本車は燃費も既に良かったので、ドイツ車も対抗したのかと思いました。

LEDはインパネ左下にあった

この温泉までは、住んでいた仙台郊外から、目と鼻の先で所要は二時間半ほど。
朝ゆっくりと起きて先輩と一緒に独身寮から出発した、二十代の一コマなのです。

でも、上さんと再訪しようにも、宿が火災で全焼してしまって、それもかなわない。
宿泊客は全員避難して無事だったようですが、従業員の一人が焼死しております。

だって、一度、非難したのが目撃されたのに、火元の調理場へ戻ってしまった。
このため、逃げ遅れて亡くなったようで、何か不始末があって戻ってしまったのか。

そこら辺がミステリーですが、この火災は未だ最近のことで、三年前になります。
いやはや、高名な詩人、高村光太郎・智恵子夫妻が宿泊して有名だった宿です。

宿帳も焼けてしまい、ここは、パンフでも眺めて、往時を思い出すとしましょうか。
一方、近隣の吾妻スキー場は、スキー客の減少で廃止を余儀なくされました。

まあ、レトロな温泉宿も泊まれたし、ゲレンデも滑ったので良かったと感じる次第。
訪ね歩いた時期こそ、各々違いますが、今はなき思い出の地になった分けです。

というわけで、昨年、秘湯「不動湯温泉」が「日帰り温泉」で復活したのがうれしい。
山奥のあの場所では、私有地といえでも、温泉旅館の再建にかなりの困難が予想されるのですが、先ずは日帰りで営業を始めていただいたことから始めて、われら夫婦が泊まりにいけるように、旅館のオープンまで奮闘していただきたいと切望するのでありました。


おまけ:
 泉質・含硫黄-ナトリウム-炭酸水素塩・硫酸塩・塩化物泉 ※露天風呂
 泉質・単純温泉 ※羽衣の湯
 泉質・単純炭酸鉄泉 ※常盤の湯
 泉温・58度(源泉掛け流し)、他不明
 効能・リウマチ、神経疾患、慢性皮膚病など

 料金・500円
 備品・シャンプー、ボディソープ、無料ドライヤー※いずれも女湯のみ
 施設・宿泊、日帰り

 住所・福島県福島市土湯温泉大笹25
 電話・024-595-2002
 立寄時間・10:00~15:00
 定休日・無し(冬季休業あり)


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2017年5月19日金曜日

小豆島のフェリー航路は、過当競争なんじゃないのと思うくらい、発着地が多すぎなんだな - 国際フェリー(小豆島池田港~高松港)

屋根に乗っていた亀さんです

陸に上がった海がめさんは、シルクハットをかぶっていても、寂しそうに見えました。
本当は、第二の人生でも船の上に乗り、サムイ島航路で活躍するはずでした。

ところが、乗船客のスペース確保で、展望デッキのカメさんは外されてしまいます。
実際に、我々がナトン港行きに乗った際、陸に上がったカメさんに出会いました。

確かに船内は混雑していて、展望デッキに座る座席を、やっとこさ確保しました。
まあ、一時間半の船旅とはいえ、南国でも海風に当たれば、体も冷えてしまう。

だから、船内の客席を探したのですが、乗るのが遅くて見つけられませんでした。
それで、このフェリーは日本からタイへお輿入れしたのですが、転売されたものです。

最初は、四国の高松から瀬戸内海の小豆島池田港まで運航していた船です。
その名も第三十一こくさい丸で、国際フェリーが運航した動物シリーズの第一号。

当時は、船上デッキにカメさんが居座っていて、中で遊べる工夫になっていました。
お子達には絶大な人気が合ったようで、その後、キリン・パンダに受け継がれます。
  
   
ただ、後継船は単なるデコレーションにすぎず、遊べる造作にはなっておりません。
だから、初代のカメさんは、思いっきり金をつぎ込んだ贅沢さを残していますな。

二代目は余裕もなくなり、単なる装飾に落ちぶれたのは、残念でしかありません。
何れにせよ、このサムイ島行きで見た亀さんの船は、格別な思い出になりました。

ところで、この島へ渡るには、本土の町スラタニまで、先ず飛行機で移動します。
次に、空港からバスに乗り込んでドンサック港へ移動してから、乗船するのでした。

空港ではバスが連絡しており、フェリーに乗り継ぐチケットも買えるので便利です。
このような方法は、コスパを目指すツーリストの間では、よく知られているのでした。

当時、上さん共々バンコクに駐在しておりしたので、現地のスタイルにならいます。
休暇の旅行でしたが、フェリーの思い出だけでも良い語り草になったと思います。

さて、小豆島の旅行は、岡山県の宇野港から豊島経由で土庄港に着きました。
調べてみましたら、それ以外にも発着する港が色々とあって、旅程で選べますね。

   本州側 ~ 小豆島
 ① 神戸新港 ~ 坂手港 小豆島ジャンボフェリー
 ② 姫路港 ~ 福田港 四国フェリーグループ
 ③ 日生港 ~ 大部港 瀬戸内観光汽船
 ④ 新岡山港 ~ 土庄港 両備フェリー
 ⑤ 宇野港 ~ 土庄港 小豆島豊島フェリー

   四国側 ~ 小豆島
 ⑥ 高松東港 ~ 土庄港 小豆島エンジェルライン
 ⑦ 高松港 ~ 池田港 国際フェリー
 ⑧ 高松港 ~ 草壁港 内海フェリー株式会社
 ⑨ 高松港 ~ 坂手港 小豆島ジャンボフェリー

土庄港のフェリーターミナル

なので、小豆島へ渡るには、他港から出発した方が便利だったかもしれません。
それでも、わざわざ宇野から選んだのは、かつて宇高連絡船が発着したからです。

昔から旅好きだったので、時刻表を眺めながら四国へ渡ることを夢見ていました。
それは、本州四国連絡橋が通じる前で、航路は、旧国鉄が運航していました。

終着駅の宇野駅から、連絡船の出る桟橋までは、歩いて三四分と便利です。
でも、横断橋が通じれば、列車で渡ってしまうので、連絡船は廃止されました。

もう三十年以上も前の話ですが、残念に思い続けて、敢えて今回は選びました。
それに、航路は豊島にも立ち寄るという、多島海の船旅も、プラスで楽しめます。

そんなことで乗船しましたが、山火事で禿山になった井島も、遭遇できて面白い。
というわけで、北海道の離島をつなぐフェリーと違って、実に穏やかな航海でした。

瀬戸内海は外海にあらず、正に内海であるというのが、このフェリーの船旅でも実感できたのですが、そういえばタイのシャム湾に浮かぶサムイ島への航路も、あまり波風の立たない航海だったなと振り返りつつ、だからこそ亀さんフェリーも第二の人生が送れているのだなーと思った次第なのでした、


おまけ:北海道の離島・フェリーについても書いております
   
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