2018年9月24日月曜日

会社が強制しまくる、うれし楽しい三連続有給の取得でまったりとした秋の夜長を過ごす - タブレット純(ラジオ日本「タブレット純音楽の黄金時代」)

  
会社が、有給休暇の消化率が伸び悩んでいるので、思い切ったご褒美なんだ。
上期と下期に、それぞれ、計画年休と称して三日間の休んでくれとのご命令。

これほど、うれしいことはありませんが、仕事人間なら悩むのでしょうなあ。
もっとも、小生のように、人生に達観して割り切った人は、喜んで取るのよ。

祝日や土日を挟んで前後三日さえ取ればよいので、結構、制度がフレックス。
今月の三連休にくっ付けて、25日の明日から取得しますが、天気が今一だよ。

テレビでは雨ばかり天気予報を出すものだから、旅行の計画すら立てられない。
仕方がないから、晴れ間を見つけては外出しますが、後はネットで暇つぶし。

そんな中、最近、お気に入りのラジオ番組をラジコで聞いてまったりしました。
それは、ラジオ日本が土曜日の夕方に放送する”タブレット純音楽の黄金時代”。

パーソナリティーのタブレット純さんは、芸人かと思ってたら本職は歌手です。
歌手のスタートは、和田弘とマヒナスターズのボーカルで参加したのが出発点。

リーダーの和田弘さんが亡くなってからは、田淵 純というソロシンガーで活動。
だから、歌手の芸歴がかなり長いのですが、芸人としてスカウトされた芸達者。

オフィシャルブログから失敬しました

なので、タブレット純で有名になってしまったのですが、この人、蘊蓄が凄い。
何かというと、60年代の歌謡曲、特にムード歌謡の造詣が深すぎでマニアック。

その造詣の深さで、番組中、楽曲をやたら紹介しまくってくれますが、面白い。
まるで昭和の時代にタイムスリップした心持ちになって、楽しめるんだよね。

それで、冒頭のPVは、ようつべが始まって間もない頃からアップされてました。
かなり、動画投稿の黎明期にアップされたプロモーションビデオだったのです。

田淵 純とクレジットが出ていますが、これがタブレット純さん本人だったのね。
暗めな曲調のムード歌謡ですが、夜をまき戻せなんて、人を食ったような曲名。

芸人の名称でようつべを検索している最中に、ヒットしたのですが本人なんだ。
実をいうと、この曲はネットで紹介されており、かなり前から知っていました。

ただ、今時、ムード歌謡を歌うなんてと思っていたので、忘れてしまっていた。
まあ、カセットやビデオのテープを巻き戻すのは、過去の時代と思ったからね。

あの頃は、動画も音楽もデジタル編集に変化して、ネット配信のとば口でした。
そうなると、巻き戻すというニュアンスは、今の若い人には分からないかもな。

そうだとしたら、レトロ感のあるムード歌謡を懐かしんで聞くなら、今でしょ。
というわけで、それでも旅行したくなって、温泉宿を予約してしまいました。

場所は、熱川温泉ですが、伊東園のチェーンはチェックアウトが十二時までだから、雨で天気が悪ければ、部屋でゴロゴロしてゆっくりするとして、もしろんカニ食べ放題フェアを楽しみにしながら、無料キャンペーン中の横浜からの往復バスも予約してしまって、コスパ最高の旅行に仕上げながら、この三連続有給休暇を楽しむことにしたのでした。




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2018年9月21日金曜日

関東はブヨ、関西はブトとも呼ばれますが、幼虫は清冽な水質の指標昆虫となるほど水質汚染に弱いんだってさ - 呼人浦キャンプ場(北海道・網走市)

   
呼人浦キャンプ場は、網走市近郊の湖畔にありますが、難読地名で読めるかな。
JR北海道・石北線の駅の名称にもなっていますが、正解を言いますと”よびと”。

実は、うちの爺ちゃんが呼人駅の駅員をしていたのだそうで、そう習いました。
というのも、自分が物心がついたころには、爺ちゃんは鬼籍に入っていました。

退職してから住んでいた一軒家もこの駅の近くでしたが、一度だけ行ったんだ。
古い木造づくりの一軒家だったけど、その頃はばあさんだけが住んでいました。

子供時分、三年と短かったけど北見に住んでいたし、網走にもよく行きました。
だから、このキャンプ場のある網走湖の風景は、思い出のある場所なんですよ。

もう一度、この付近で過ごしてみたいと思って、このキャンプ場にしたんだな。
それで無料なのが驚きですが、炊事場とトイレが一ヶ所だけと少し難がある。

ただ、きれいに清掃されていて清潔だから、テントを張るにはもってこいです。
しかも、お天気が良ければ、網走湖畔の向こうに沈む夕陽もみられて絶景だ。

キャンプの価値が大ありなんだけど、その前のキャンプ場で夕陽を逃しました。
それは、宇登呂にある国設知床野営場の西端にある”夕陽台”という展望台だよ。

夕陽台は、キャンプ場にあるようなもの
場所次第で山全体が見張らせます
津軽富士のイメージだね

既に、知床観光の船上で夕陽を楽しんで、下船が遅くて暗くなっていました。
翌朝、展望台へ行きましたが、宇登呂港を見下しながら水平線が見渡せます。

きっと、夕陽がきれいだったろうと思いつつ、キャンプ場を後にしました。
それから、この呼人キャンプ場でテントを張る前に、斜里町でもキャンプ。

みどり工房しゃりそよかぜキャンプ場”で、百名山の斜里岳が遠望できます。
独立峰だし、すそ野が優雅に広がる山容が優雅で、景色があっぱれなんだ。

そして、このキャンプで泊まりながら思い出したのは、岩木山麓のキャンプ場。
岩木青少年スポーツセンターだったけど、ここも百名山の山麓に位置します。

まあ、冒頭みたいな湖畔のキャンプも良くて、特に田貫湖はおオマケが物凄い。
晴れてさえくれれば、湖上の先に富士山が姿を現してくれるはずだったんだ。

ところが、自分達が幕営した日は、雲がすっぽり富士山を包み隠していました。
また何時の日にか捲土重来にするとして、他方、湖畔は厄介な虫がいるの。

それはブヨといって、血を吸うのに刺すと言うより、皮膚を噛み切る昆虫です。
みんな刺すと言いますが、噛まれるとかなりの痛みを感じるし、痒さがひどい。

傷跡も長い間残ってしまうので、防虫対策を施してキャンプするのが必須だよ。
特に田貫湖のブヨは強力で、始め、何の虫か分からないまま、噛まれ放題。

上さんなんか、一ヶ月も傷跡が残ったままだったし、吸血系大凶の虫でした。
それで、呼人では噛まれるには噛まれたんだけど、それほど痛くもありません。

噛み跡も残りましたが、田貫湖ほど痒く感じなかったのは、なぜなんだろうか。
というわけで、アウトドアは楽しいけど、虫刺されや噛まれは注意しましょう。

キャンプの時は、常に蚊取り線香を持って行きまして、必要に応じて炊いておるのですが、上さんが煙の臭いが好きでないらしくて、家ではほとんど炊かないのに、キャンプでは背に腹は変えられないこともあって、進んで炊くように言われる当り、常備品として感謝するのでありました。



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2018年9月18日火曜日

羅臼の漁師さんが、「あの歌、ウトロにとられたんだべ」と落胆するのも、ロケ地は宇登呂じゃないから - 映画「地の果てに生きるもの」(斜里町・宇登呂)

   
知床遊覧船の乗船まで時間を持て余したので、うろつくと歌碑を見つけました。
知床旅情」の歌詞が書いてあり、往年の名優、森繁久彌が歌った名曲です。

ただ、全国的に有名になったのは、加藤登紀子が昭和46年に歌ってからです。
セールスも百万枚を超えたけど、ヒットに火が点いたのは関西地区からなんだ。

この間、ご本人がTVインタビューで答えていましたが、ちょっと思い出した。
そういえば、関西から北海道に移住した人って、意外に多いと思うんだよなー。

移り住んで長い年月が経っても、関西弁のアクセントが抜けない人が多いから。
今回の夏休み旅行でも、泊まった先のペンションのご主人がそんな感じでした。

北海道の人って強烈な田舎の生い立ちがない限り、ほとんど標準語で話します。
逆に東京や横浜の人よりも、イントネーションがフラットでゆっくり話すよ。

だべさとか、おどけて使うだけだし、道産子は方言で引け目を全く感じません。
道産子の自分も、最初から生活が標準語だったし、アクセントは気が付きます。

元々、道産子は初代が移住者ばかりで、アイヌの人々だけが先住民なのでした。
だから、どこから移り住んでくれても、ウエルカムの風土・気風は変わらない。

むしろ、タレントの田中義剛が変な北海道弁を使うのを聞くと虫酸が走るんだ。
あの人、青森県の三八地方の出身なのに、大学が北海道で移り住んだってこと。

まあ、お花畑牧場の会社経営で北海道経済に貢献しているし、OKとしますか。
北海道には、何か惹かれる魅力があるのだろうし、自然の雄大さなんだろうな。

その典型的な観光地なら世界自然遺産の知床半島ですが、自然は非常に厳しい。
知床五胡に向かう途中、遠音別村の地名があり、そこに開拓部落があったんだ。

村の地名も残っているし、集落程度はあったのでしょうが、移住は厳しいはず。
二回も試みられているようですが、最終的には失敗に終わったのだそうです。

それが奇しくも、国立公園に指定された二年後の昭和41年になったのでした。
きびしくも美しい自然を残すための国立公園だから、営農は無理という証明だ。

  
一方、知床旅情は、映画”地の果てに生きるもの”で主演した森繁久彌の作曲。
映画の舞台は、秋から冬にかけて出稼ぎの漁師が立ち去った知床半島です。

その先端の赤岩地区で、冬の間、単身番屋で越冬する老人が主人公なんだ。
漁網を食い荒らすネズミ除けの猫に餌を与えるだけに暮らす、一人の老人。

その知床の大自然を背景に、主人公の老境を森繁久彌が演じていました。
それで、結末が自然の無慈悲さを感じずには入られないほどに、悲しいの。

一緒に暮らす猫が、流氷に取り残されてしまい、老人は何とか助けるんだ。
それが運悪く、海中に転落するのですが、自力で這い上がることだけは出来た。

必死に番屋を目指そうともがくが、厳しい冬の寒さで意識が遠のいて行く。
そんな中、カラスが死を予感したように現れて、頭の周りをうろつくのでした。

これがエンディングで、人間が、大自然の前ではなんと無力なんんだろう。
そんなこをと思い知らされますが、タイトル通りに地の果てに生きていたんだ。

岩尾別の開拓部落といい、赤岩の番屋といい、厳しい生活環境なんだよ。
まあ、僕らは観光で訪れただけで、景観の美しさを楽しむだけに過ぎません。

そんな北海道の美しさ素晴らしさは、世界中の人々に感銘を与えるんだ。
中でも、中国人の観光客が激増した挙句、土地まで買いあさる始末です。

これも映画『非誠勿擾』がヒットしたおかげで、ロケ地めぐりが観光の目玉。
今回、上さんを網走の能取岬まで連れて行ったけど、中国人もいたんだ。

設置から百年、八角形の灯台
オホーツクの塔

ここにも来るのかと思ったけど、この映画のおかげらしく、お客様は神様だ。
邦題は”狙った恋の落とし方”で、終盤には恋人が自殺を図ろうとします。

そこで思い出すのは、昨年、中国人女性の観光客が道東で失踪した事件ね。
自殺を匂わせるメモが見つかったりして、結局は海岸で遺体が見つかりました。

まあ、この映画の影響を受けたのかも知れず、そうだとしたら少し迷惑かも。
何も自殺するのに北海道を選ぶなんて、止めてもらえませんかと言いたい。

楽しく観光してもらえれば、それで充分なんだけど、映画の影響は大きいよ。
というわけで、斜里町は、知床旅情で漁夫の利を得たので、ウハウハでした。

なぜなら、映画のロケは根室支庁の羅臼町だったのであり、映画で老爺役を演じた森繁久彌の銅像は、その町のしおかぜ公園に建っていることを思えば、宇登呂に建っている歌詞の石碑が、観光遊覧船の乗り場にあること自体、羅臼の漁師さんが、「あの歌、ウトロにとられたんだべ」と落胆するのも、分かるような気がしたのでした。



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