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2017年7月6日木曜日

マンホール女子も出現しているらしいと、ネット界隈で読んだけど本当かい? -  瀬戸内海各地のマンホール(香川県・愛媛県・広島県)

高松市のマンホール
屋島の合戦がモチーフ

マンホールとは、その名の通り、人が入って作業をする孔(穴)で、英語なのです。
”Man”は人で、”ホール”は穴と日本人でも知っているお馴染みの英語なのだ。

それで、地下の下水道・暗渠・埋設された通信ケーブルなどの管理に使われます。
普段は、人が穴に落ちたりしないように蓋がしてありますが、これがマンホール。

一般的には丸型なのですが、用途によっては大小や四角型のものなど様々です。
でも、主流は円盤型で、デザインを重視した「デザインマンホール」も色々あります。

それで、全国津々浦を旅行してみますと、地面に気をとられるほどの蓋もあります。
上水道・下水道は、自治体が管理しておりますが、地元をPRするデザインですな。

それが結構楽しくて、特に瀬戸内海の旅行では、思わず写真に収めてしまうくらい。
冒頭の写真は、高松市のものですが、源平合戦の一つ、屋島の戦いでしょうか。

有名なのは、源氏の武将、那須与一が、平家が立てた扇の的を射落としたこと。
実は、沖合いで揺れる船の上においた扇を弓矢で射ぬくのは、至難の業なんだ。

でも、平家からの挑戦状を受けなければ源氏の名折れ、失敗しても名折れです。
そんな大役を、大将の義経が指名しても、怖気づいて辞退者が続出しました。

結局、兄貴は傷が癒えていないと口実で逃げ、その役目を弟の与一が担いました。
そんな話が平家物語に書かれているのですが、マンホールが上手く表現しました。

まあ、これはアートだって言ってやりたいぐらい、ご当地マンホールのデザインです。
これも、瀬戸内海の海上交通の古い歴史があればこその話で、文物も豊かでしょ。

今治市のマンホール

こちらは、戦国時代に活躍した村上水軍の軍船をあしらったデザインが勇ましい。
確かに、今治市から目と鼻の先にある来島は、村上水軍の城郭が築かれました。

そして、軍船は安宅舟と思いますが、大きいものでは長さ50m以上もあったとか。
幅も10m以上の巨体を誇り、百数十人の戦闘員が乗り込んでいたと言います。

ただ、この船体には、西洋の船のような骨格としての竜骨は、存在しておりません。
竜骨が無いのですから、龍のような船首像はなかったはずで、時代考証ゼロだな。

何れにせよ、デザイン重視で作ったのでしょうから、許してあげるとしましょうか。
そして、多島海ゆえに、島々をめぐると色々なマンホールに出会えて楽しみました。

大崎上島木江地区
鯛が跳ねているのかな

これは、広島県大崎上島の木江港で撮りましたが、名産の鯛と蜜柑が主役です。
しかも、宿泊したペンション魚実では、鯛の刺身に、まるごとの煮付けが出ました。

これに舌鼓を打ちましたが、マンホールも偽りのないグルメを主張したということです。
次に、下蒲刈島ですが、盆栽のような松の木に菖蒲のような花が描かれています。

何だろうと思って調べてみたら、日本古来の風習を活かした島起しだというのです。
ガーデンアイランド構想が推進されていて、その一環で美しい庭園も作られました。

当然、マンホールの通り、松を主体にした庭園の名は、松濤園で観光客も多い。
下蒲刈島の三之瀬地区にありますが、入園流が高くて我々は素通りしました。

下蒲刈島(しもかまがりじま)で見た

なので、この代わりにマンホールを眺めることで、この松濤園のよすがに致しましょう。
というわけで、地方の風物を写したマンホール発見は、旅先の楽しみになりました。

まあ、それだけが目的で旅をしているわけでもないので、きっと見落としてしまったマン
ホールもあるとは思いますが、それでも時々は地面にも目が向く分けでして、絵になるデザインのマンホールが見つかると、しっかり写真に収めてしまう熟年夫婦がそこにおるのでした。


おまけ:まだあるので、ちょっとご紹介!

戸塚は、箱根駅伝の選手が通ります
横浜は、レインボーブリッジ
礼文島は、レブンアツモリ草
稚内で見た北海道開拓使のデザイン
横浜市栄区は、いたち川のタッチーくん



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2017年6月18日日曜日

旧大日本帝国海軍の伝統を受け継いだ部隊なんだろうと、感銘を受けた次第 - 金刀比羅宮(香川県・琴平町)

海上自衛隊練習艦”かしま”の流し樽

金比羅様といえば、長く続く参道の石段が有名で奥社まで登るのが通なんだ。
数を勘定すれば、何と千三百六十八段になるとか、つい漢字で書いてみました。

そうすれば、パワースポットに到達できて、ご利益に預かれそうな気もして来ます。
この春、テレビ番組でもかなり紹介されていましたので、チャレンジしてみました。

標高差なら三百メーターにもなりませんので、そんなにきつい登山でもありません。
ハイキングと思いますが、普段歩きなれない人には、しんどい参拝になりましょう。

だって、讃岐平野は見渡せば、険しい山もなくて讃岐富士も四百メーターちょっと。
奥の院から遠方を見渡せば、緑に覆われた円錐形のかわいい富士山も見えます。

江戸時代、庶民が自由に旅ができなくとも、許されたのが神仏への参拝旅です。
だから、”一生に一度は、こんぴらさん”という言葉で親しまれてきた権現様なんだ。

これって、江戸の庶民が大山やお伊勢様へお参りをしたりしたのと同じですな。
そんな金比羅様ですが、昔から海上交通の守り神として信仰を集めてきました。

犬だけで参拝した”こんぴら狗”の銅像

絵馬殿に行けば、有名な「流し樽」も、数多く奉納されているのが目に付きます。
それは、船乗り達が、航海中に樽を投げ入れ、それを拾った人が届けたものです。

奉納する初穂や神酒・お賽銭を樽に入れ、「奉納金刀比羅宮」の旗を立てます。
それを海へ流せば、潮の流れのぶつかり合う讃岐で漂い、ついには岸へ流れ着く。

神聖な金比羅様ですから、人々はその霊威を信仰して届けるのも自然でしょう。
そりゃあ、自然の驚異におののいていた昔には、気象衛星もGPSもなかったから。

当時、板子一枚下は地獄といわれる航海は、自然の天候に左右されてしまう。
つまり、海上安全を守護してくれる霊威は、何よりも頼りになったと思います。

一方、絵馬堂に奉納されていた数々の絵馬を見ても、似たような心持でしょう。
暴風雨や遭難で命拾いをした絵馬も中にはありますが、新造船の絵馬も多い。

船を建造した造船所や船持ちとなった漁師さんが、お祝いに絵馬を納めました。
眺めてみるのも楽しいのですが、一箇所、グレーの船ばかりのゾーンがありました。

何だと思ってみて見ると、それは海上自衛隊の掃海隊群の艦船が並んでいます。
輸送艦しもきた、掃海艇みやじま、やくしま、たかしま、みやじま、ひらしま等々。



面白いって感じましたが、最近のヘリコプター空母とか、護衛艦が見当たりません。
なにゆえ、掃海隊群だけが熱心に絵馬を奉納するのか、不思議に感じました。

それで帰宅してから調べたのですが、どうも旧大日本帝国海軍の伝統と思うな。
敗戦で海軍が解体された後、戦時中に敷設された機雷除去が必要になります。

この作業、掃海部隊の役割ですが、特別に旧海軍の部隊存続が許されたらしい。
だから、絵馬を奉納する慣習が、旧海軍から受け継がれて続いていると思うんだ。

一方、港湾や海峡等に敷設された機雷の除去し処分するのは危険な仕事です。
逆に平時であっても、危険な掃海任務の安全を祈願したとしても、当然でしょう。

まあ、組織の掃海隊群として絵馬も納められており、旧日本海軍の伝統なのか。
戦前の大日本帝国海軍の慰霊祭も執り行われているし、当然なことなんだな。

というわけで、金比羅様をお参りしたら、海上自衛隊の話まで行ってしまいました。
瀬戸内海には、呉の基地もありますし、各種艦艇を建造した造船所が多くありますので、特段、右傾化するような話でもないと思うのですが、自衛隊を毛嫌い憎く思う”糞パヨク”だけには、金比羅様を汚すかもしれないので、絶対に行ってもらいたくないとも思うのでありました。


おまけ:
巨大なプロペラの奉納
白い笠の下で加美代飴を売る露店”五人百姓”
もちろん琴電に乗りました



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2017年6月15日木曜日

魚は、お堀から投網で仕入れてしまえば良いやって、賄い方も気楽なものだったのかなあ - 高松城(高松市・香川県)

高松城の月見櫓

高松城は、別名を玉藻城(たまもじょう)といいますが、その由来は海からです。
周辺の海浜が玉藻の浦と呼ばれていたからですが、お城は海に面しております。

元々、高松は港町だったわけで、讃岐一国の領主となった生駒家が築きました。
野原庄(のはらのしょう)と呼ばれていたほどの原野に、数年を掛けたといいます。

豊臣秀吉が四国を制圧した後、生駒家が讃岐に入りましたが、これがスタート。
時は安土桃山時代で、天下泰平への機運も訪れて、山城とはおさらばなのだ。

もっとも、このお城は平城というか、海岸に沿った水城(みずじろ)になるのです。
まあ、小豆島からフェリーに乗れば、高松港に近づくほど見張櫓が見えて来ます。

石垣も良い状態で残されていますが、残念ながら天守閣は残っておりません。
どうも、版籍奉還に伴い廃城となってから、その後、老朽化で破却されたとか。

もし、小倉城を模した三層五階の天守が残れば、さぞかし立派だったでしょうな。
そんな風にも思いましたが、明日の早朝に訪問してみる気持ちも高まりました。

だって、投宿のホテルは、お城から道路と琴電の駅をはさんで真向かいなのです。
これだけ近かれば、朝食の前にちょっとした散策を楽しむ時間の余裕もあります。

出かけてみましたが、なんと朝五時半から開門しており、入園料も取られました。
ラッキーと入門しますが、ここで”鯉のえさやりならぬ、”鯛のエサやり”に驚きです。

タイがうじゃうじゃ泳いでいたわ

つまり、お堀は海の水が引かれていて、水城というより海水城なのでありました。
早速、百円で餌をガチャ玉自販機で買い求め、エサをばら撒いて見た分けです。

本当に鯛がうじゃうじゃ寄って来るわ、マダイなのかクロダイなのかは判別付かず。
色が少し黒っぽく見えたので疑問に思ったのですが、真鯛と言うことにしましょう。

だって、お殿様のお膳に上がるお魚は、尾頭付きの鯛というのが、相場なのです。
ひょっとして、賄い方が釣り糸を垂れ、晩御飯のおかずをゲットしていたのかもね。

まあ、城のお堀には、潮の満ち引きで海水が勢いよく出入りしている感じです。
だから、海水が頻繁に入れ替わり、水質も保たれるので魚も暮らせるのでしょう。

この6月10日(土)からスタートだぜ!

ところで、話は変わりますが、最近、NHK時代劇で”ブシメシ”がスタートしました。
マイペースで気の弱い勤番武士、酒田伴四郎が主人公ですが、実在なのです。

この人、紀州藩士ですが、幕末の江戸での生活を、詳細に日記に残しました。
それをベースにしたドラマですが、妻が荷籠に忍ばせた料理帖なんて作り話です。

第一話では、毒見役の賞味で、冷めた食事に飽き飽きした殿様が、笑わせる。
草刈正雄が演じますが、中間役に変装した殿様には、何だか哀歓を感じます。

江戸の料理番付に出てくる小料理屋で、軍鶏鍋にありつけたところが大騒動。
品切れ寸前で奪い合いになり、腕力のある謎の小娘、お里に投げ飛ばされる。

それが、吉田沙保里が扮する、大店の後継娘で入り婿募集中の役柄なんだ。
これから、自炊と江戸の街の食べ歩きで、ほのぼの江戸人情のお話が続きます。

琴電駅のプラットホームまでお堀が!

つまり、鯛がお堀に泳ぎ回るお城の珍しさもあって、この時代劇につながりました。
一方、お堀が海とつながっているのは、四国にも今治城や宇和島城があります。

でも、ここは”讃州さぬきは高松さまの城が見えます波の上”と謡われたほどの城。
やっぱり、訪ねてみて良かったと思いつつ、金比羅参りの露払いをしてくれたのか。

というわけで、琴電駅のプラットホームまでお城の堀が接近していて、そこでは小さなフグが泳ぎまわっていたり、何かの稚魚が群れて泳いでいるなど、海城ならではの面白い風景と環境にあふれていたのでした。


おまけ:
高松城・玉藻公園入園券
グーグルドライブはこちらから
城内の庭園はきれい


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2017年6月12日月曜日

讃岐だから、観光PRに因んで、うどんは外せないって裏事情があるのかもね - JRクレメントホテル高松(高松市・香川県)

レストラン入口にキューピーちゃん

キユーピーがコラボで企画した、イースターにちなんだタマゴ料理を賞味しました。
イースターの エッグベネディクトと タイトルを打ってあり、高松駅前のホテルです。

正式にはJRクレメントホテル高松で、そこのカフェ&レストラン「ヴァン」でした。
夕方、小豆島からフェリーで上陸してホテルにチェックインしたら、さあ、どうする。

晩御飯のことなんか考えもせずに、時間のある限り島内を歩き回っていました。
エンジェルロード、マルキン醤油記念館、寒霞渓ロープウェイと時間のある限り。

最後は、池田港からフェリーで四国に渡りましたけど、宿泊先は同じく駅前です。
雑居ビルを改装した印象で、名前もステーションホテルならビジネス宿でした。

部屋もまあまで朝食付きだからコスパ満足で、後はぐるナビで晩飯探しにシフト。
ただ、駅前は居酒屋が多く、土日はお休みで、どちらかといえばビジネス街です。

どうも、繁華街は琴電で二三の駅を行った辺りのようですが、そんな気力もない。
疲れているので、どこか安近短を探せば、お向かいの立派なホテルにありました。

それが、このディナービュッフェなのですが、食べログなら割引できてグーなのだ。
こうして予約してまで行きましたが、キューピーだけあって卵料理のオンパレード。

それに合うようなジャガイモやナスなど野菜中心の食材で、味は悪くありません。
でも、オヤッと気づいたのが、テーブルの配置で中心を占めたのが、うどんでした。

浜田廣介さんの童話『泣いた赤鬼』に出てくる青鬼君

パンもありましたが、洋風メニューが主体でも、プラスで寿司まで参戦する始末。
ところが、ペラペラのネタに甘めの寿司飯で、置いてあるだけの感じもしましたな。

やはり、香川の住民であればメニューが洋食だろうが、主食はうどんでしかない。
でも、このうどんを締めで食べるのが、ここなら違和感も感じないのが不思議。

麺を湯がきなおして、後はぶっ掛けにしたり、カレールーを掛けて堪能しました。
それで、このビュッフェの本命は、キューピーが一押しの真っ白なタマゴ料理なの。

今年、世の中に「白いオムレツ」など、白い色の卵料理を流行らせたいらしい。
一方、業務用にはかなり前から、卵黄の白い『ピュアホワイト』が出ていました。

ニワトリも白い餌ばかり食べていると黄身まで白っぽくなりますが、味は同じです。
見た目のバリエーションをつくりたいのでしょうが、究極はホワイトマヨネーズかも。



というわけで、このビュッフェは、うどん王国の牙城を突き崩せないままなのでした。
副食のお皿だって、キューピーちゃんで大満足もしたし、デザートには、実演でシェリー酒のソース調理が行われて、それにアイスクリームへ掛けて食べることもできたりと、ショー効果も満点で楽しんだのですが、麺で締めくくる作法には、やはり讃岐なんだと唸らざるを得ないものがあるのでした。


おまけ:



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2017年6月9日金曜日

たった一泊二日なのに、これほどまでに思い出を残した旅先は無かったのだ - 小豆島点描(香川県)

土庄港にある”かど屋”の製油工場

ゴマ油は、香りが良いので、料理にちょっと足すと食味がましておいしくなります。
”かどや”のごま油も長く使ってきましたが、この土庄港にあるとは知らなんだ。

フェリーが港に入港すれば、あのごま油の香りが潮風と共にプーンと運ばれます。
平日であれば見学ができるのだそうですが、土曜日だったので残念でした。

オリーブラインのキャラでもある

小豆島を元気にするために生まれてきた王子さまの、オリーブしまちゃん。
ころんと丸いオリーブ頭とつぶらな瞳が人気で、島中の至る所で見かけます。

中でも、土庄港のフェリー待合室にドデンと座っていたのは、堂々でした。
マルキン醤油の記念館にも、こっそりいるんだけど、探してみたらどうかな。


草壁港の目の前にある石のお店ですが、展示作品がかわゆい。
このは、実は古くから、良質の花崗岩が採れる石の名産地で、知られています。

もっとも、有名なのは、規模と逸話で江戸期に建てられた大坂城の城壁だね。
島には、その時に大坂へ送られた石の残りが、多数点在しているらしい。

観光地や道の駅の公園にもなっていますが、次回までお預けにしましょうか。
さて、この石材店は、石のある暮らしのお手伝いをテーマにしたアートな作品です。

お土産に持って帰るには、ちょいと大きいし重たいし、飾る部屋もないしなあ。
というわけで、記念写真をパチリと撮影させていただきましたわ。



庄戸島の玄関口、土庄港は、色々とモニュメントがあり、これで観光になります。
平和の群像は、二十四の瞳をモチーフにしたものですが、揮毫は鳩山一郎なのだ。

あのおバカ首相、ルーピー鳩山が書いたのかって焦ったけど、実はお父さんでした。
ところで、壺井栄の書いた原作の小説では、瀬戸内海の一地方としてるだけです。

なので、小豆島がモチーフなのではありませんが、映画の撮影で有名になりました。
そして、小豆島は絵手紙の題材としては、最高の場所かもしれないなー。

何でも、島には石の絵手紙ロードがあって、北部の海岸線道路にあるようです。
土庄港は三基が設置されていますが、中でも、この絵手紙がきれいだと思います。


千枚田で有名な中山地区にある島遍路の第四四番札所、蓮華寺です。
枯れてしまった巨木がすくっと立っていましたが、少し残念な気もしました。

以前にも書きましたが、この山上のお寺から見る棚田は絶景なのです。
下の写真は、通過する県道の下側にある棚田ですが、勘違いしやすい。

本当は、お遍路さんのように苦しい思いをして、山上まで登ることなんだ。
そうすれば、次のパノラマ写真と同じような風景が、楽しめるとお約束します。

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