2016年6月29日水曜日

右足親指の激痛にもめげず、股ぐらからしっかとのぞいて見たのだ - 天橋立(京都府・宮津市)

日本三景、天橋立

いやはや、この美しさは、通風による足の痛みなど、どこかに吹き飛びました。
一番、美しいといわれる 飛龍観とよばるポイントから観た天然の造形は美しい。

小高い丘の頂上は、天橋立ビューランドなんですが、観光地くささは否めません。
それでも、お立ち台に上って見た橋立の景観は、美しいものがあり、感動します。

松並木の砂洲が、あたかも龍が飛び上がるように見えるので、名づけられたとか。
お勧めのビューポイントは四ヶ所あり、四大観と呼ばれますがここが一番有名です。

次に名の知られているのは、股のぞき観で、他に一字観、雪舟観もあるそうです。
それで、この股のぞき観は、親父も訪ねたらしく、実家にお土産が残されていました。

帰省した時に見かけていたもので、親父の亡き後、形見として自宅に飾っています。
ただ、飛龍観でも同じものが売っていまして、どちらへ行ったのかはっきりしません。
   
   
まあ、どっちにしろ、親父が旅をしたのは事実で、同じ観光地へ行ったまでのこと。
ところが、箱庭のような借景なのに、自分の体調はあまり思わしくありませんでした。

右足の親指が腫れあがって、痛みも走り、足をかばいながらびっこで歩く始末です。
それでも、ビューポイントまでは、リフトでちんたら上がるので、なんとかなります。

ちょっと、ふざけて股のぞきまでやりましたが、親父の形見の景色と違うのです。
それもそのはず、場所が違うので、斜め一文字のように見えるはずもありません。

何だと思いつつ、橋立の麓まで降りてきて、松林の中を歩いて見ることにしました。
これがよかったのですが、中にある、はしだて茶屋であさりご飯を平らげました。

おいしいおいしいと食べたのですが、ちくりちくりと足の痛みは、一層増してきます。
実は、通風だとまだ思っていなかったので、なぜなんだろうぐらいに思っていました。

まあ、この年は、三月のスキーで、同じく右足の親指が腫れ、鈍い痛みを残しました。
つまり、通風は激しい痛みに襲われると思い込み、症状が違うと勘違いしたのです。

ところが、この五月連休の旅行では本格的な発作で、旅が台無しになりそうな予感。
休日で病院は閉まっていますし、鎮痛剤のロキソニンでも飲めばよかったのでしょう。
   

雪舟観も行ったが、いまいちだった

まだ我慢できる範囲だと思ってしまい、この後の激痛など予想すらしませんでした。
この頃、尿酸値は既に8を超えてしまっていて、健康診断で呼び出しがかかるほど。

毎日、二リットルの水分摂取は続けていましたが、旅行ではあまり飲まなくなります。
どうしても、車の運転に注意が行ってしまって、水を努めて飲む気分にもならない。

しかも、旅で贅沢しようと、プリン体の高そうな食事を頼もうとする浅ましさがよくない。
楽しさ満喫でも、不摂生はたんまりの悪循環で、右足親指の痛みは頂点を極めるか。

というわけで、そんなこともありまして、現在、食事制限のダイエット作戦をまい進中。
この思い出は、二年前のことですが、旅先の痛みの激しさで、記事を書くこともままならずに、写真やらパンフレットをほったらかしにしてきたのが真実で、今一度、改めて見直しつつ、来週の尿酸値検査前に、書きとめておこうと決心した自分がいるのでした。


おまけ:
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2016年6月26日日曜日

鎌倉武士が、旅に出で立ちする出発点にあったから、なまって川の名が定着したんだって - いたち川とカワセミ(横浜市・栄区)



上さんがシャッターチャンスを逃さずに、冬の寒い時期、上手に撮影しました。
ご存知、カワセミですが、水辺に生息する小鳥で、青い宝石と呼ばれていますね。

場所は、わずか七キロの長さしかない”いたち川”で、横浜市の栄区を流れます。
川沿いは住宅地で商店街もあるし、そばにはJR本郷台駅もあって、賑やかです。

なのに、しっかりカワセミが住み着くようになり、ひな鳥まで見かけたりします。
川面を、親子で低空飛行で飛んでいくのを見られたりして、これは驚きでしょう。

写真は、メスみたいで、オスに比べると羽が鮮やかで、飛ぶときはなおさら美しい。
木の枝に止まって、水面をうかがいつつ、魚を見つけたら水中にジャンプをします。

そんな光景を、意外にいたち川で観察できるのですが、夏場は少し難しくなります。
なぜなら、自然の河川が程よく残されており、昔のまま、川辺は草木が繁茂します。

隠れやすい場所も増えて、繁殖するには格好の土手が生まれると言うわけです。
まあ、季節も変わって冬になれば、木立も葉が落ちて見通しが利くようになります。
  


そんな時、川岸の遊歩道をのんびり散策すると、意外に間近で見かけられます。
二枚目の写真は、オスですが、両方とも冬場の視界の効く時期に撮影できました。

多少は望遠を掛けたらしいですが、どこにでもあるようなデジカメで構いません。
自宅から歩いて二三十分の距離でも、買い物をかねてカワセミ探しの散歩です。

こうして、四季折々に川辺の風景が変わっていく中で、カワセミは生き続けます。
小魚の餌も多いんだろうなあと思いつつ、川釣りをする男性にも出会いました。

栄区役所のホームページも、この川で釣りは禁止されていないと説明しています。
だから、堂々と釣りをしているのだと思いましたが、結構、本格的な釣り方でした。

ゴムの胴長を着込んで、川の中に入って竿を垂れていますが、まるで渓流釣り。
ウキを使わずに、川の流れに道糸を出しつつ、当りをつかんでいるようです。

その内、すぐさまに竿を引き上げれば、小さな小魚が食らいついて釣れました。
興味がわきましたので、声を掛けて聞きましたら、オイカワを釣っているそうです。

ほとんどは十センチ程度の成魚だそうですが、中には十五センチも混じるみたい。
一時間で百匹は釣れると話してくれましたけど、それだけ魚影が濃いのでしょうか。
  


野鯉やら錦鯉もやたらに多いのですが、カワセミは、このオイカワが獲物なんだ。
実は、この魚、清流に住む魚として考えられており、いたち川の水はきれいなのか。

テナガエビも住んでいるみたいで、親子連れがするめを餌に釣っていたりもします。
他には、アブラハヤ、カワムツ、モツゴも生息しているとのことで、自然豊かです。

天気がいいと、石の上にはイシガメやミドリガメが日向ぼっこしたりして、かわいい。
アオサギ、ダイサギ、マガモ、カワウも飛来しますから、現役で里山の清流でしょう。

というわけで、本当はアユもボラも遡上してくる清流だったのに、今はやって来ません。
柏尾川への合流点が、せっかく魚道まで整備したのに、洪水対策で少し掘り下げてしまったがために、小さいながらも魚止めの滝のようになってしまい、遡上できなくなったらしくて、それが残念なのですが、それでも、オイカワの生息はしっかりとしており、カワセミにとっても住処としては、最高の場所になっているんだなと思うのでした。


おまけ:




カワウ
ダイサギ
カメ

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2016年6月23日木曜日

活火山の三原山だからジオパークなんだろうけど、レッサーパンダも可愛いのだ - 三原山ハイキング(伊豆大島)

ホオジロ、さえずりがきれいな声

上さんの調子が思わしくないって言うのに、無理やり連れてきてしまいました。
しかも、キャンプの宿泊ですから、神経質な人には、眠りが浅くなるものです。

旅行で気分が晴れるかと思ったら、体に無理が利かないとか言い出します。
なので、三原山のトレッキングを思い切り縮小して、観光も兼ねてしまいました。

後は、上さんがテントの中で調べていた大島バスの時刻表が参考になります。
歩き回るつもりですが、要所はバスで巡るようなプランで行くことになりました。

先ず、キャンプ場から元町港まで戻って、そこから三原山を目指すとしますか。
朝八時過ぎのバスでしたが、地元の女子高生が、二人既に乗っていました。

波浮の方から乗ったのだろうかと思いつつ、近所は海洋国際高校もあります。
そこじゃないとしたら、人口が集中する西北部に高校が、あるのかもしれない。

そんなよしなしごとを上さんとしゃべっていると、あっという間に終点の元町です。
それで、バス料金を払う際、運転手さんから三原山に行くのかと聞かれました。

まあ、登山用のデイバッグを背負ってましたから、そうじゃないかと思ったのか。
しかも、自分は古めかしくて、ごつい皮製の登山靴だったので、目立ちます。

その上、今日は船で帰るのかと聞かれまして、また泊るんでと返答します。
その時、トウシキのキャンプ場も話したのですが、一日パスを勧められました。



しっかり、電卓で波浮~元町~三原山のバス料金を計算して見せてくれます。
三千円以上になるのが、二千円のパスは格安というわけで、速攻で決めました。

それで、最初の料金もOKになり、お得な気持ちになってしまう自分達が可愛い。
後は、二十分後の三原山山頂行きのバス乗って、山頂口まで走りあがりました。

途中、バスは折り返しで観光名所を回りつつ、終点まではあっという間です。
ここからはトレッキングなんですが、三原山は活火山とは言え、今は休止中。

噴煙を上げるわけでもなく、噴火口は土砂で埋まってしまって、静かなものです。
一方、溶岩の噴出が数十年の間に繰り返されたので、背丈のある樹木がない。

荒涼とした黒っぽい岩だらけのまばらな草原に、あっても背の低い潅木だけ。
それでも、地元でアビと呼ばれる木苺の花とオレンジの実がなっていて、美しい。

火山の活動がいかに激しくとも、植物の生命力は、たくましいと感じざるを得ない。
途中、さえずりの美しい野鳥を見かけましたが、さぞ、ついばんでいることでしょう。

木苺の実
山頂口から火口を目指します
荒れ果てた平原の感じ

こうして、火口を巡る一周コースをほぼ回り、続けて月の裏沙漠コースへ入ります。
このコースから、三原山温泉のバス停へ抜けまして、所要は二時間半でした。

まあ、火口も沙漠も満喫できるコースとしては、コンパクトながら充実したものです。
しかも、次の大島公園に向かうバスが正午過ぎに来るので、接続が非常によい。

こうして、汗だくになりましたが、多少足に自信のある人なら、歩けると思いました。
ここから次の目的地は大島公園ですが、ここに無料の動物園があるのですよ。

しかも、人気のレッサーパンダをただで見られるので、行かずにはいられません。
乗った路線バスも、あじさいレインボーラインと名づけられた道を走り抜けます。

六月ですから時期だけに、青、ピンクの花も美しいあじさいが咲き誇っていました。
いやー、フリーパスだけあって、バス料金など気にせずに、どんどん、乗れますわ。

レッサーパンダ、三匹いましたよ

というわけで、ゆったりくつろげる動物園を楽しんでから、キャンプ場に戻りました。
つまり、ここ伊豆大島は、一泊の観光旅行で済ませてしまうには、もったいないくらい、見て回れる場所も盛りだくさんですので、ぜひ、このブログを読んだら、旅行プランを練っていただきたいと、観光大使気分で申し上げる次第なのでした。


おまけ:
カピバラでなごんだぜ
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2016年6月20日月曜日

クダッチのキャンプ場から、波浮港を抜けて、隠れキリシタンの十字架まで歩くぞ - トウシキキャンプ場(伊豆大島・その二)

伊豆大島の東岸は断崖絶壁

トウシキキャンプ場から、波浮港を巡り歩きながら、筆島を目指しました。
ぷらぷら歩きながら、キャンプ場そばの遊泳場やら寄り道もまた楽しい。

かつては、遠洋漁業の基地として有名な波浮の港も、時を止めたかのよう。
海沿いの爆裂火口が、波の侵食で切り崩されて、海水が流れ込んだのです。

こうして、湾の入り口はすぼまって、中は弧を描いた広い海岸線になりました。
確かに、地図で見たとおりに、円を描く内湾だと思いましたが、他にもあります。

この間、震度六弱の地震を引き起こした、北海道の噴火湾ですが正にそうです。
規模がかなりでかくなりますが、地図で見ると丸い湾の形状は、そっくりですな。

湾内には、都立海洋国際高校の実習船が、三隻、仲良く停泊しておりました。
遠洋の研修航海に出かけるのだろうと思いつつ、学校はキャンプ場のすぐそば。

元町港からバスで向かうと、学校の名前が停留所になっており、そこで降ります。
それで、ここの地名がもっと愉快で、”クダッチ”ってカタカナで書いてあるのです。


それで調べてみると、下地と書いて、クダッチと島言葉で読ませる感じでした。
無理やり漢字を当てはめたみたいで、由来すら分かっていない大らかさなのだ。

そんな場所柄ですが、波浮の町屋も時代が止ったかのように、ひっそりとします。
軽自動車一台が通れるかどうか、細い通り道を歩きつつ、少し喉も渇きました。

カキ氷の暖簾が出ているお店で、大島アイスを買って、上さんと分け合いました。
梅雨の中休みで、晴れてはいますが、湿気が多いのかなーと思いつつ、ペロリ。

栄養補給も兼ねながら、力も少しは沸いて、ここから文学の散歩道をたどります。
これが、急な坂道で、階段状の登りもきつく、そんな場所にも人は住んでいます。

つまり、入り江から急坂をせり上がるのも、火口の断崖が名残ということでしょう。
こうして上りあがれば、新たな住宅街ですが、昔は上と下を往復したのでしょうか。

向う側が波浮の町屋

そんなことを思いつつ、まだまだ、目的地の筆島まで道半ばといったところです。
ただ、ひたすら歩くわけですが、先々で発見する文学碑を読んだりして、一休み。

中には、ここ出身でレコード大賞を受賞した”霧氷”の作詞家、宮川哲夫なのだ。
子供の頃、”むーひょおう”って、歌っている橋幸夫の物真似をよくしていました。

そんな歌を改めて口ずさんだりしながらも、筆島までの海岸線歩きでテクテク。
帰り道の距離を思えば、気後れもしますが、やっとこさ、筆島にたどり着きました。

ここには、島に流された切支丹、オタ・ジュリアを称えた十字架の碑があります。
実に立派なクロスですが、彼女が滞在したのは、わずか一ヶ月だったようです。

ただ、彼女の影響で入信する島人が絶えず、最後には神津島まで流されました。
元々、徳川家康の侍女ですから、高貴な気高さと深い信仰心が並外れています。


その敬虔さゆえに感化された人も多く、洗礼を受けた人が、かなりに上ったのか。
背景に筆島も見えますが、それ以上に白亜の十字架の存在感に圧倒されますな。

多分、最期の流刑地、神津島のある方角に向かって立っているように思いました。
ここ、大島の東岸は人家も少なく、絶海の孤島のような寂寥感が募ってまいります。

そんな思いに浸りながら、犬の散歩中のおじさんに会って、帰り道をたずねました。
この石碑から階段を上がると、二車線舗装の大島一周道路に戻れると言うのです。

ただ、このおじさんのが三原山のガイドをしている人らしく、この島の案内が長い。
はるか大昔、大島の最初の火山の名残として、残ったのがここの場所なんだとか。

それに加えて、三原山に向かった月の沙漠ラインの説明が、延々と続くのです。
興味もありましたが、帰りのバスに間に合わないと、気もそぞろになって来ました。

確かに、大砂漠ラインと言う定期路線バスが運行されますが、多客期のみです。
梅雨に入って、祝日が一日もないような地味な六月には、運行されておりません。

波浮の港歌碑

キャンプ場から、最寄のバス停まで歩くと、二時間以上かかるかもしれません。
しかも、人里はなれて人界未踏の地と言ってもいいくらいに、人家もありません。

なので、行くとしたら、どのように歩いていくか、気になって聞いたのが雲の尽き。
長い紹介やら自慢やらの話で、間に合いそうなバスの出発時間まで残り少ない。

発着点になる大島町陸上競技場までは、ここから歩けば、三十分ほどでしょうか。
時計を見ると、もう二十分しか残っていなくて、話を切り上げ、急ぎ足で戻りました。

それで、自分の腕時計を少し早めておいたのが、幸運だったと申しましょうか。
すでに出発時間を一二分過ぎていたのに、バスはのんびりと待っていてくれました。

ラッキーだと思って、いざ乗るものの、上さんはぶつぶつ文句を言う始める始末。
とにかくバスで戻りましたが、実際、帰り道になる椿ロードには、文学碑があります。

それを端折ったのですが、午後から歩き出して二万歩近くになり、十分でしょう。
距離にして14キロ程にもなり、結構歩いたと思いましたが、体力勝負になりました。

というわけで、このコースは春先のまだ少し寒い時に、歩かれるのをお勧めします。
そうすれば、体も温まりますし、汗をかくこともあまりないでしょうから歩きやすいはずで、筆島を見るのも一興でしょうし 、ハイキングにはお勧めなコースだなと、思ったのでした。


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