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一頃、ミニ共和国がブームでした。
日本で架空の国家として建国されたものがそうです。
目的は、地域振興や自然保護運動の手段でした。
地方自治体や商工会・観光協会などが運営していたと思います。
それで、岳温泉にはニコニコ共和国が打ち立てられました。
昭和57年のことで、温泉街入り口が国境だったとか。
このスキー場ですが、そんな共和国のゲレンデなのです。
自分の滑った時は、ゴンドラもなく実にひなびたものでした。
昭和63年3月5日滑走 |
シングルリフトに乗れば、頭の上はひさしが付けられています。
雪よけだと思いますが、小さすぎて気休めみたいです。
この手の搬器のデザインは、かなり古色蒼然でした。
何しろ、滑車が金属製で支柱を通過するときのショックが大きい。
上下にガタンガタンと揺らされます。
今となっては、これも懐かしいのですが、いやなこともありした。
それは、滑車から黒いグリースがポタポタ降ってくるのです。
明るい色のスキーウェアについてしまえば、それは染みです。
要するに、滑車にはさび止め油が塗られていました。
春に向かって気温も上がり、温んで来たら用心なのですよ。
時折、滑車から何か振ってこないか、見上げねばならない。
そんな、せわしいリフトの乗降なのでした。
ところでゲレンデの印象ですが、緩斜面が主体です。
温泉に漬かるのがメインといった感じの家族向けスキー場でした。
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さて、ここは富士急が経営する温泉ホテルもありました。
当日、運良く部屋もあいていて格安なのです。
一泊二食、七千円ぐらいだったでしょうか。
懐も気にならないので、思わず投宿してしまいました。
ただ、あてがわれた部屋には驚きました。
大広間をふすまで間仕切りして、こしらえた八畳間です。
隣に誰か泊まったら、物音がそのまま聞こえて来るでしょう。
しかし、幸い、両隣には泊まる人はいませんでした。
温泉にどっぷり漬かって疲れを癒したのが楽しかったなー。
スキー場より温泉ですよ、岳温泉ですから。
お湯に入れば、ニコニコしてくるのかもしれない。
だから、共和国にその名が命名されたのだ。
そんな風に思い返したスキー場なのでした。
おまけ:
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