2026年9月20日日曜日

険しい地形で建設費もかさむから、国立公園の自然保護を優先させる目的で、湖を一周する完全な道路はないのだ ー 屈斜路湖(北海道道東)

                               
美幌峠から屈斜路湖を眺める。三十数年前、一人で車を運転して道東まで旅に出たのだが、当時、阿寒湖へ抜ける国道240号線が閉鎖されてしまっており、仕方がないので津別峠まで上り詰めて、それから屈斜路湖へ下りて、改めて阿寒湖まで上がるという遠回りのドライブをしたことがある。その時は、厚い雲が下界を覆っていて視界もなく、ただの通過地点に過ぎなかった。だから、屈斜路湖全体を眺める光景は、今回が初めてで、その絶景には感動を覚えてうれしかった。

                                       
                                  
美幌峠で存分に屈斜路湖を拝められたら、つづら折りの道路をなめるように降りて、和琴半島一周のトレッキングをした。三十数年前の一人旅を思い出すのだが、その時は、サンダル履きで一周しようとして、すりむいた傷で痛みがひどく、仕方なく引き返した苦い思い出があった。今回は、ちゃんと運動靴を履いて歩ききった。コースの折り返し地点には、オヤコツ地獄という噴泉があって、モーターボートが近くに寄ってきて見物をしていた。この屈斜路湖には、観光船が運行されていない。 過去には運航されていたのだが、現在は休止なのか廃止なのか、定かではない。阿寒湖に比べれば、観光客が少ないのだろう。




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2026年9月18日金曜日

北太平洋の警備と開拓を目的に、石川県や山形県などの士族を中心に入植した、最後の屯田兵開拓地 ー 厚岸町太田地区(北海道道東)

      
厚岸町太田にある屯田兵の現存兵屋。写真の粗末な小屋は、明治の頃に建てられたというのだが、個人で維持されてきたらしい。それだけ、開拓した土地に愛着があるからだろう。記念館も近くにあって、館内の収蔵品は、意外と充実していた。ここで、大洋漁業が、ミンク牧場を運営していたのには驚いた。
この厚岸の開拓地では、酪農を始めた当初、スコットランド西部エア州原産のエアシャー種が導入されたという。写真を見る限り、ホルスタイン牛と変わりはないのだが、耐寒性に優れ、粗放な飼養管理にもよく耐える一方で、乳量が少ないため、乳用牛はホルスタインに置き換えられていったということだ。

             
         
井上耕介先生殉職碑、厚岸町片無去(かたむさり)にあるが、グーグルマップでも見つけられる。明治41年3月6日、税法改正の急務を伝えるため釧路から厚岸へ向かう出張の途中、吹雪の中を行軍して遭難したという痛ましい事件だ。駅逓のある宿舎まで、あと百メーターだったというのが、なんとも切なく気の毒に思える。しかし、この辺鄙な土地に旧国道が通っていたとは思えないのである。現在の国道44号線より、遠く北に位置しており、この難読な地名の周囲には牧場が散らばっているだけなのだ。しかも、建立された殉職の碑が、行方不明となってから発見されたのは、三十数年後の事だったという。

             
厚岸町から標茶町の内陸部は、牧草地帯が広がる。牧場の経営面積も大きい。北海道の青空と雲を見ると、首都圏の雲はみすぼらしくみえてしまう。実は、釧路に来てから二三日は天候が思わしくなくて、青空を拝むことができなかった。この日は、ようやく北海道の夏空を眺めることができて、被写体に収めた。



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2026年9月16日水曜日

北海道ゾーンでは、エゾヒグマ、エゾシカ、エゾモモンガ、エゾクロテンなど、そこに生息する動物を中心に観察できるのだ ー 釧路市動物園(北海道道東)

             
釧路市動物園は、昭和50年の開園当時、国内最大の面積を持つ施設だった。背後の山林は深くて、ヒグマがのこのこ降りて来て、園内を散策できるほどだ。今では、広さで日本一を返上しているが、日本で一番東に位置する施設でもある。自然が豊かな園内は、軽いハイキングができるほど、かなり歩き回ることができる。ここで生まれて初めて、実物の生きたアルパカを見たが、ほとんど動かずにのんびりしている。もともと、南アメリカのアンデス山脈高地で生息しているので、冷涼な北辺の動物園だと、気候が合っているのだと思う。

           
飼育員さんが、ライオンをケアする作業を実演中。猛獣だけあって、結構、怖い。飼育舎の中では、寝そべった、だらしない雄ライオンがいた。百獣の王者からは、まるでかけ離れた様相は、冷涼なくしろでもけだるい夏を感じずにいられなかったのだ。

        
ワシミミヅクのペア、夜行性だから昼間はじっとしていて、全く動かない。調べたら、一生を通じて同じ相手と添い遂げる一夫一婦制の強い絆を持つ鳥のようだ。北海道北部で、繁殖が一応確認されているものの、その後、観測された記録が乏しく、生息数や繁殖データが不足している現状なんだとか。

        
レッサーパンダも居眠りで、全く動こうとしない。動き回ると、結構、かわいいんだけどな。そういえば、ジャイアントパンダは日本からいなくなってしまったのだが、狆ころが”パンダ外交”とやらで、政治の道具に使った挙句、レンタル料も高額だったから、世界中が嫌気を指してお断りするような、かわいそうな生き物になってしまっったということだ。

     
キリンが高い金網から首を伸ばしていた。そばに飼育員さんがいて、理由を質問したら、金網際に伸びている樹木の葉を賞味したくて、首を伸ばそうとしているが食べられないでいる。このために、首を伸ばして金網を強く押しているので湾曲してしまった、と答えてくれた。確かに、かなり頑丈な金網がへこんでいて、キリンの食いしん坊ぶりには驚いてしまった。




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2026年9月14日月曜日

道東を代表する大河の釧路川流域には、国内最大の淡水魚イトウが現在も棲息していますが、環境の悪化が心配だ ー 釧路湿原美術館(北海道道東)

      
釧路湿原美術館、佐々木栄松の収蔵品が素晴らしい。本来は釣り師であり、画壇からは距離を置いていたという。かの”オーパ”で知られる作家、開高健の釣りの手ほどきをして、イトウを釣らせたのが、この栄松で、その交流の証となる手紙が展示されていた。つまり、イトウ釣りの第一人者としても著名だった分けで、このため、漫画「釣りキチ三平」の鳴鶴先生のモデルにとなったらしい。

      
この美術館の館長さんは、女性なのだが、閉館して売りに出されていた美術館を買い取ったという。以前の名称は、北緯43度美術館で、名前の通り北緯43度に位置する世界各国の様々な美術作品を展示していたようだ。

一方、佐々木栄松という画家の作品は、JR釧路ステーションギャラリーに併設されていた美術館で展示されていたが、その閉鎖に伴い、展示する施設を失ってしまう。画家自身は、その後、享年98歳で大往生してしまうのだが、作品の行方を心配する有志が集まって、美術館建設の機運も高まっていく。時期を同じくして閉鎖で売りに出されていた、この施設を買い取る運びとなって、居抜きという美術館の出発点になったものである。

個人的には、NHK教育テレビの日曜美術館で紹介してもらえないものかと思う。紹介に値する器量の絵画を残した画家だと思うのである。






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