2026年1月13日火曜日

美に対する嫉妬と、自分の環境が悪いのに金閣という美しいところに来る有閑的な人に対する反感から放火したらしい ー 金閣寺(トラベル・京都府)

                    
本当は、嵐電の終点駅で降りて、近くの餃子の王将に行く気が仇になりました。
前夜、上さんがグーグルマップで調べて自信満々だったのが、どうも怪しいの。

北野白梅町駅で降りて歩き出すと、こっちと指して歩き出しても見えてこない。
本当なのかよ、と思って自分の携帯で探すと、金閣寺へ向かう西大路通にある。

ところが、上さんは歩いて五分のはずだと言い張りますが、見つけられません。
携帯は、データ通信量の契約が少ない上に速度も遅いので切っていたのだろう。

一方、自分のは通信料に余裕があるので、マップを開きつつGPSに従うまでだ。
こうして、歩いたら二十分近くも掛かって到着したのは、餃子の王将金閣寺店。

お店は大きな直営店らしく、ゆっくり休みつつ、頼んだのは醤油餡の天津丼だ。
実は、東日本に住んでいると甘酢餡の天津丼が多いので、個人的には嫌いです。

なので、西日本に来ると、どうしても食べたくなってしまうのが、この天津丼。
実は、オーダーで醤油餡なのかと聞いたら、店員がわざわざ確認してくれたな。

餃子もおいしくて、腹ごしらえは済んだと満足し、金閣寺に目的地を変更です。
それで、高校の修学旅行で拝観してから、半世紀ぶりに拝観させていただいた。

                       
金閣寺と言えば、三島由紀夫の同名小説が名高いのですが火災で焼失している。
明治時代の大修理図面が残っていたので、五年をかけて昭和35年に再建された。

でも、以前の国宝指定は取り消されて新たに特別史跡・特別名勝に指定された。
それに、世界遺産の「古都京都の文化財」の構成資産でもあるので、 文化財だ。

まあ、見て損はないので金閣寺の姿を楽しみましたが、庭園をぐるり一周した。
そういえば、拝観経路を歩いてみると、少し小高い丘を登った記憶が蘇ります。

というわけで、重要文化財の認定を受けるには最低二百年の時間が必要らしい。
それで、京都観光で絶対に外せないのが、金閣寺だというのは言うまでもありませんが、歩いていく途中で、大文字山が見えていて、五山の送り火の”大”の字を灯さなくともくっきりと分かって、京の風物には欠かせない場所なのだと感じたのでした。



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2026年1月11日日曜日

龍安寺の山門をくぐると、平安時代に貴族が舟を浮かべて歌舞音曲を楽しんでいたと言われる大きな池のある寺院だったのだ - 龍安寺と石庭(トラベル)

      
京都の人に言わせると、先の大戦というのであれば、応仁の乱を指すようです。
半分誇張された笑い話なのですが、確かに太平洋戦争の空襲は軽微なのでした。

米軍は文化財保護の目的から攻撃を控えており、京都の街は平穏だったらしい。
だから、戦火の記憶ははるか遡り、室町時代の合戦が記憶として生々しいのだ。

この大乱は、室町幕府の領袖達が、東軍と西軍に分かれて権力闘争を繰り返す。
その東軍の大将が細川勝元は、公家より譲り受けた領地に寺を建立致しました。

それが龍安寺ですが、このお寺は、世界遺産に登録された石庭で有名なのです。
ただ、この寺は、応仁の戦乱に巻き込まれて、焼失の挙句、細川邸へ疎開した。

元総理大臣 細川護熙作
    
なので、創建当初から石庭が存在したかどうかは怪しくて、再建からのお話だ。
子息である政元が、お寺を当初の境内に戻して、石庭を含めて再建したらしい。

でも、それが現在あるような石庭の意匠だったのかは、諸説あって分かれます。
夢窓疎石、金森宗和、小堀遠州など、作庭の候補に挙がったが、確証がないの。 

中でも、小堀遠州などは、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての大名です。
茶人、建築家、作庭家、書家として知られますが、理由は遠近法の手法だとか。

西欧のルネサンス期に採用され始めた技法ですが、キリスト教伝来で伝わった。
戦国時代、小堀遠州も、キリシタン大名を通じてその手法を仕入れていたのか。

江戸時代初期に造営された京都の名のある庭園は、遠近法が使われていますな。
そういうことで、作庭者は小堀遠州だという説もありますが、どうでしょうか。

まあ、自分には誰が作ろうが美しければよいのであり、修学旅行以来の再鑑賞。
半世紀ぶりに改めてこの石庭を眺めれば、老いた身で培った審美眼から分かる。

というわけで、昔は石庭より池を中心とした池泉回遊式庭園が有名だったとか。
高校の修学旅行で訪れた時には、この石庭を見学した記憶だけが残っていて、境内中心部に大きく広がる鏡容池のことなど全く記憶になく、今回、池をめぐり散策しながら紅葉を楽しめましたが、それこそが違った龍安寺のたたずまいになったということなのでした。



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2026年1月9日金曜日

中学生の頃は、ちょっと思慮の足りないお馬鹿な坊さんばかりのいる寺だと思ってしまったのが懐かしい ー 御室仁和寺(トラベル)

五重塔は美しい
     
鎌倉時代、その末期に書かれた随筆『徒然草』の第五十二段で書かれています。
そのタイトルは「仁和寺にある法師」と言い、国語の教科書にも登場していた。

作者は、兼好法師で教科書定番の古典ですが、文学の好きな人にはなじみ深い。
それで、この教科書から興味を持って、自分は全段を読み通してしまいました。

だから、仁和寺の寺院は、この古典を通して知っていたので訪ねたかったのだ。
実は、御室も仁和寺も同じ場所を指しますが、御室は宇多天皇の隠棲した御所。

仁和寺は、宇多天皇が創建した真言宗御室派の総本山になり二つが合わさった。
だから、御室仁和寺と呼びならわしますが、 このお寺の法師が登場するのです。

石清水八幡宮へ詣でたが、手前の寺院を参拝するだけで訪ねたと早合点をする。
少しのことにも、その道に通じ導いてくれる人は欲しいものだという教訓話ね。

兼好法師は、仁和寺によく出入りしており、僧の話を間近に聞いていたらしい。
だから、実際に見聞きした僧の話を、このように物語めかして語ったようだな。

それで、こういう古典を親しんでいたからこそ、一度は訪れて見たかったのだ。
今回の旅は、嵐電の御室仁和寺駅から参道を歩いて目指すと、すぐ仁王門です。

境内は広大ですが、書院造りの宸殿にあるお庭も美しく、花も活けられている。
仁和寺は、生花御室流の拠点だそうで、この書院の中で見事にマッチしていた。


        
さて、拝観していた女性グループが、重要文化財しかない寺と話していました。
他方、醍醐寺は国宝が沢山あると比較していて、文化財の比較でケチをつける。

つまり、京都のお寺にあっては、重要文化財なのは月並みな寺宝なのでしょう。
そんな風に思ってしまいましたが、御室桜が咲く頃には、景観も最高だろうな。

というわけで、徒然草に登場する仁和寺の法師の逸話は三段あると知りました。
石清水八幡宮の末社だけを拝んで帰ってきた法師に加えて、宴会の余興で鼎をかぶって取れなくなったお馬鹿な法師とか、狐に噛まれたけど反撃して一匹を殺した下法師などが登場しており、古典を勉強しておくと、拝観をしても感慨は深くなるものだと思った仁和寺なのでした。



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2026年1月7日水曜日

名の知れた観光スポットに行けば、ごった返す人に酔うだけで辟易する始末だから、嵐電に乗って人知るぞ知る場所に行ってみよう ー 京福電気鉄道(嵐電)


京都市内の観光地巡りをする時に、チンチン電車の嵐電に乗るのが便利でした。
先ず、JR嵯峨嵐山駅までは京都市内の区間で、京都行きの切符で大丈夫です。

新幹線で下車すると在来線の嵯峨野線に乗り換えて、嵯峨嵐山駅で下車します。
それから、すぐそばの嵐電嵯峨駅で嵐電に乗ると、停車駅名が観光地そのもの。

料金もSuicaが使えて乗降も便利だし、駅名が地名と直結で乗り過ごしもない。
その嵐山本線は、鹿王院、車折神社と続いて、帷子ノ辻駅で北野線に乗り換え。

撮影所前(太秦)、御室仁和寺、竜安寺を経て終点の北野白梅町まで続きます。
終点からは北野天馬宮まで歩いて行けるという、正に観光地巡り線という感じ。

一方、嵐山本線にそのまま乗ると、太秦広隆寺、蚕ノ社、四条大宮まで続くな。
広隆寺は、国宝の半跏思惟像で有名ですし、蚕ノ社は不思議な三柱鳥居がある。

終点の四条大宮は、幕末期、新選組の屯所のあった壬生寺へ歩いてい行けます。
なので、観光地巡りの交通を事前に調べるのが面倒くさい人には、安直ですな。

鹿王院参道
金閣寺そっくりの舎利殿
駅名が観光名所なので、もしどこを観光地したらいいのか分からない時は便利。
京都市バスでもネットでバス時刻表が簡単に分かりますが、停留場探しが大変。

グーグルマップの縮尺を上げると、停留所マークの出現で調べることはできる。
ですが、いちいち探すうちに、既に拝観したような気になってゲップが出るわ。

それで、もう一度グーグルマップを見て、他の乗り換え方法を調べて見ました。
すると、嵐電天神川駅から地下鉄東西線へ乗り換えて、南禅寺や醍醐寺詣でだ。

思うに地下鉄、私鉄、JRなど各線が乗り入れていても、接続が今一なのが京都。
どうやって乗り換えて、観光地に手っ取り早く到着できるのかは、パズルです。

というわけで、観光地と駅名が合致している嵐電は、訪ね歩きやすいのでした。
この嵐電の駅名から発見した鹿王院などは、紅葉の季節に訪れると、拝観客も多くはなく、それでいて紅葉もきれいだったので、これは意外な訪ね先だったなと感慨を新たにしたのでした。




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