2026年7月8日水曜日

社殿へ続く石段は、慶長12年の創建当初からのもので、鳥居から数えると102段もあるのだそうです ー 大崎八幡宮(宮城県仙台市)

社殿が国宝
          
五年もの間、仙台近郊に住んでいたのに、この神社は参拝していませんでした。
市中にある国宝建築物と言われると、仙台は歴史のある街並みと思うものです。

ですが、安土桃山時代から本格的に発展したので、年月は四百年ぐらいで浅い。
まあ、京都や奈良ならば千年以上の別格ですが、比べるわけにもいきますまい。

ただ、歴史のない道産子の自分には、歴史のある都会と思ってしまいました。
なのに、この八幡宮様は、この宮城県で働いていた時、一度も参拝していない。

ならば、今回の仙台行で参拝することにしましたが、先に訪問先がありました。
それは、瑞鳳殿なのですが、地図を見てもわかる通り、広瀬川沿いに位置する。

だから巡りやすいのですが、車で回ると駐車場があるのかどうか、気にはなる。
特に、大崎八幡宮は駐車場を調べずに行きましたが、過去の記憶で山側へ運転。

確か、街道筋にある参道ではなくて北側の地味な場所にあったと推理しました。
これが当たって駐車場に入れたのですが、観光シーズンもない平日はガラガラ。

すんなり駐車しましたが、ここは自動車のお祓いする場所にもなっていました。
社殿を取り囲む鎮守の森も深く鬱蒼としていて、神様が宿る神聖な場所なんだ。

神のお使いだとか
              
ですが、仙台空襲で焼失した瑞鳳殿は目と鼻の先なのに、ここは被害を免れた。
森の深さでは、広瀬川対岸にある瑞鳳殿もそうなのに焼け落ちてしまいました。

ただ、空襲で焼け野原になった爆撃地点から距離があって、離れてはいました。
しかも、標高が八十メートルと小高く、緑濃い防災林が神社を守ったのだろう。

加えて、伊達政宗の造営した用水路が敷地内を流れ、防災で有利に働きました。
つまり、ちょっとした環境の有利さが、奇跡的に国宝を守ってくれたのだろう。

というわけで、本殿周辺は、神のお使いでチャボが放し飼いにされていました。
江戸時代、大崎八幡宮に奉納された”鶏の絵馬”から一羽の鶏が抜け出し、毎夜近くの橋で鳴いて、洪水の危機を人々に知らせたという伝説が残っており、それから飼われているようですが、人懐っこく荘厳な境内の中で参拝客を和ませる人気者が可愛いのでした。



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2026年7月6日月曜日

戦前、天守が国宝に指定された広島城は、安土桃山時代の歴史的建造物でしたが、原子爆弾で倒壊したのと似たような顛末か ー 瑞鳳殿(宮城県仙台市)

      
まだ若い頃ですが、杜の都、仙台はその近郊に、数年間ほど生活していました。
週末が来るたびに、仙台の町中にふらりと出かけていましたが、懐かしいのだ。

確か、政令指定都市になったかならないかの時期で、人口は八十万人ちょっと。
その後、東北新幹線も開通して、以来、街はどんどん発展し始める頃だったな。

もう既に都会でしたが、杜の都というだけに自然と調和する穏やかな街中です。
当時、地元出身の歌手、さとう宗幸さんの歌う”青葉城恋歌”もヒットしました。

戦国時代の武将、伊達政宗が仙台の開祖だけあって、落ち着きのある城下町ね。
そんな、歴史も由緒もある都市でしたが、史跡にはほとんど行きませんでした。

なので、伊達三代の霊廟、瑞鳳殿とか大崎八幡神社は未だに未知の訪問先です。
だから、今回、仙台へ出かけることになったから、訪ねることにしてみました。

先ず、瑞鳳殿ですが、カーナビに指定して運転すると市内から本当に近いんだ。
鮎が天然遡上する広瀬川に掛けられた霊屋橋を渡ってしまえば、もう到着です。

駐車場は平日なので無料でしたが、先ずは経ケ峯の霊廟を目指し登りだします。
実は、この霊廟は、戦災で焼失してしまい、復興再建された新しい建築物です。

それでも、戦前に撮影された写真・資料が残されていたので、完全復元は事実。
だから、戦前は旧国宝に指定されたほどの荘厳華麗な意匠は、そのままでした。

PDF閲覧はこちらから
             
当然、入場料を払いますが、これは史跡維持保全のためなら、仕方ありません。
結構な山の中なのですが、空襲で焼失するほど、激しかったのかと思いました。

それで、帰宅してから調べてみると、この空襲の規模が大規模だったようです。
爆撃機B-29が123機で、合計12,961発、911.3トンの焼夷弾を投下しまくった。

しかも、建物密集地域に集中して爆撃したので、火災が激しくなってしまった。
このため、空襲の火の手が山林を越えて広がり、この瑞鳳殿に燃え移りました。

直接に爆撃を受けたわけでもないし、万全な消火活動ができたら防げたのかな。
まあ、爆撃地点からは、広瀬川を挟んで西側にあるため、不運と言えば不運だ。

というわけで、鬼畜米英の爆撃による空襲で焼失した国宝は、意外に多いのだ。
例えば、東京は芝に位置する増上寺は、東京大空襲で国宝指定の徳川将軍家霊廟が焼け落ち、名古屋城などは、国宝第1号に指定された格式高い大天守・小天守に、国宝の華麗な本丸御殿も焼失したのですから、人でないしのヤンキー野郎どもと思わざるを得ないのでありました。



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2026年7月4日土曜日

三角油揚げが美味なのですが、仙台市内の藤﨑百貨店地下二階の食品売り場にあるのを知らなんだ ー 常儀如来西芳寺(宮城県)

昭和61年建立の五重塔
                                       
昔、二十代の一時期ですが、仙台近郊で仙石線沿いの多賀城に住んでいました。
勤務先の関係で赴任して、週末で暇があれば色々な場所に出かけていたのです。

ただ、常儀如来と一般に呼ばれる西方寺まで、詣でたことはありませんでした。
方向としては、作並温泉と泉ヶ岳の間に位置して、かなり山奥には間違いない。

まあ、まだ若かったから、この寺院だけを訪ねようと思わなかったのかもなあ。
だから、かの地に長く住んでいたのに、あえて出向いた事はありませんでした。

それから、首都圏の方に移り住んでしまい、仙台近辺とは関係が遠のきました。
今回、ひょんなこともあって仙台に赴く機会ができたので、なら行ってみよう。

新幹線に乗れば、最速は一時間半で着いてしまうので、気楽に日帰りもできる。
そう思って出かけたのですが、仙台駅からはレンタカーで一時間も掛からない。

それに、サンドイッチマンの伊達きみおさんが好物にする”三角あぶらあげ”だ。
分厚くて、ジューシーな油揚げだと評判なのですが、この寺で作り始めたとか。

              
今は定義とうふ店で販売していますが、その場でありつけるという趣向なんだ。
中の席数は少ないので、店周辺に置かれた椅子テーブルで食べることになるな。

備え付けに、しょうゆとにんにく七味が置いてあって、この調味料が最高です。
最初は一人一枚にして、上さんと席に座って食べ始めましたが、物足りません。

なので、一枚を追加して半分こにして食べたのですが、量も十分でお昼替わり。
テレビの旅番組でも紹介されて、それで知ったことから行ったというのが本音。

このお寺は、”じょうぎさん”と呼ばれるのですが、山号ではなくて敬称なんだ。
参拝者が、親しみを込めて”定義さん”と言っていて、これが本当のようでした。

というわけで、年間約百万人もの観光客が訪れる門前町としての観光地でした。
今回、改めて知ったのは、平家の落人であった平野貞能が、ここまで落ち延びて
身を寄せて、その際に名を”定義(さだよし)”と改めたことが、”じょうぎ”の地名で呼ばれるようになったのが由縁と知って、なるほどなと思ったのでした。



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2026年7月2日木曜日

自分の人生の中で、何か理由のわからないもやもやを解決しようとしたが、ダメだった - 面会回避理由(そのほか)

                                   
以前、勤めていた会社の知人を不意に訪ねまのですが、留守中にしていました。
なぜ、会いに行ったのかは、電話をしてもメッセージをしても受け取りません。

折り返しの連絡がない状態の音信不通で、代わりに年末の贈答品があるだけだ。
自分からは、中華街で食べるのが好きだったので、飲茶のセットを返礼します。

同郷のよしみですから長くお付き合いさせていただきましたが、年上なのです。
それで、自分が会社を離れた後でも、つかず離れずにと付き合いはありました。

十歳ほどの先輩でして、すでに後期高齢者になっていますので、少し心配だな。
所在は、新幹線で一時間半程と離れていますが、思い切って出かけた次第です。

前日の出発前には、電話やらファクスも送りましたが、例の通りに返事はない。
ここで、びっくりしたのは、グーグルマップのストリートビュー恐ろしさです。

自宅前へ移動してズームしてみますと、表札が読めてしまうことに驚きました。
これでは、プライバシー保護もないと思いますが、転宅したのでもありません。

これは論より証拠に行くしかないなと決めて、駅からはレンタカーで直行だよ。
自宅を目指しましたが、生憎なのか、もちろん不在で会えずじまいなのでした。

思うに、会いたくないのなら、歳暮のように贈答などしなくてもいいはずです。
ところが、毎年贈られてくる上に、今年は突然の春先に佐藤錦のさくらんぼだ。

現地で有名な果物屋さんの発送なので、ネットで調べると一万近い品なのです。
これは奮発させてしまったと驚き、折り返し、高めの飲茶セットを送りました。

認知症とか、寝たきりとか、不安のある中、玄関に手土産を置いて去りました。
ただですね、その日は時間を持て余してしまって、夕方にもう一度訪ねました。

ところが、驚いたのは、玄関に置いたお土産を入れた紙袋げが見当たりません。
まあ、誰かが取りに来たのかもしれないし、それにしても面妖な面持ちなのだ。

というわけで、カーテンもせずに乱雑なリビングが丸見えの一軒家なのでした。
これで、もう、彼をあらためて再訪することもないでしょうし、ただ年末に果物が送られてきたと思えば、お礼の品を送るという奇妙な付き合いが繰り返されるはずで、謎は謎のままで蓋をしようと思ってしまった自分なのでした。



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