2026年1月25日日曜日

滑りごたえ抜群だから、一度滑れば、中上級者がハマってしまうゲレンデなんだから ー 北日光・高畑スキー場(会津高原高畑スキー場)(福島県)

令和7年1月27日滑走
                            
このゲレンデは、ゲレンデレイアウトが抜群で、スピード狂にはたまりません。
策動は、クワッドもゴンドラもなくて、ペアリフトだけというシンプルさです。

このため、距離の長いリフトで乗っていると少しじれったいところもあります。
ですが、圧雪されたバーンで、パウダースノーも楽しめる、特上のゲレンデだ。

それで、自分が初めて滑った時、劇的に混雑していてリフト一本で一時間待ち。
まだスキーブームの残滓があった平成四年の頃で、駐車場も満車気味だったな。

自分の車も路側に停めざるを得ず、滑走の記念にとニ三回を滑っただけだった。
まあ、その時の体験をブログに投稿しておいたのですが、十年以上も前のお話。

このゲレンデ全体の印象が希薄だったのですが、今回は思う存分に滑りました。
滞在していた時間が三時間ですが、休まずに滑走し続けたので、十分満足です。

だって、滑っている人が三十人ぐらいで、スキー離れの現実を感じてしまった。
加えて、このスキー場は、首都圏からはアクセスが比較的悪いので不利なんだ。

その一方、とにかくバーンが広く、混み合うことも少ないので、貸し切り状態。
自分で思い描いた滑りが楽しめるので、スピードを出しても迷惑になりません。

日本百名山、会津駒ケ岳かな
                                  
それと、宿泊施設になると桧枝岐温泉以外は、かなり離れているので車は必要。
まあ、越後湯沢周辺なら、手ぶらで出かけても駅から送迎バスがあって便利だ。

どうしても、電車・バスで行きたいのなら、東武鉄道の会津高原尾瀬口で下車。
そこから、予約制のデマンドタクシーに乗るしかないという、へき地ゲレンデ。

ゲレンデからは、温泉旅館までは送迎があるかもしれないが、交通不便の極致。
ですが、それを上回った最高の滑走を楽しめるのだから、行くべき価値がある。

周辺には、会津高杖スキー場もあるから、周辺にペンション泊りでもいいかな。
ちょっと離れますが、東部の会津田島駅周辺なら、他のゲレンデにも行けます。

というわけで、南会津町の財政負担や維持管理が厳しいから数年後に閉鎖だと。
時限付きで運営されるゲレンデになってしまっているので、もし、このゲレンデにちょっとでも興味があるスキーヤー、ボーダーなら、ぜひ同じ運命にある”だいくらスキー場”と併せて、是非、滑りに出かけて盛り立ててもらいたいと思ったのでした。



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2026年1月23日金曜日

公明党結党の精神は、”中道”なのだそうで、それに立憲民主党は染まって吸収されてしまうというのでしょうな ー 中道改革連合(政治談議)

     
かつて、公明党の山口元代表が選挙の街頭演説で立憲民主党で批判をしました。
来る衆議院選挙で、道改革連合が立ち上がりましたが、胡散臭さは至高だろう。
 
 『選挙のときだけ協力しましょう』こうしたことを見るにつけ、
 立憲民主党が『まっとうな政治をやります』と言っても、
 どこが『まっとう』なんですか。
 国民の皆さんにウソ、デタラメ、うわべだけ。
 こういう所を見抜いて頂いて…

選挙のために新党結成とは聞こえがいいのですが、かつて犬猿の仲だったのだ。
それで、中道改革連合は、右左に傾かずと堂々宣言なら、中(国)の道に邁進。

この新党の立上げなら、本当は新党中道の予定だったのですが、略称が噴飯だ。
比例投票の略称だと、新(親)中になるから、正体がばれるのを恐れたのかな。

まあ、現行の略称だと中核連になり、ゲリラ左翼組織、中核派の弟分そっくり。
正体現れたりともいうのでしょうか、体裁の悪すぎな政治組織と言えましょう。

しかも、新党ロゴは、二つの円弧のつながりが切れそうに見えて不吉な前兆だ。
落選者続出かもしれず、出来損ないの折衷野合の危機で、末路が見えているな。

中国でパンダおねだりするな
      
悪夢じゃ、悪夢じゃ、それに森山前幹事長こと、じいじが解散批判で恨み節だ。
日本経済新聞の記事によれば、首相の台湾答弁「言わなくてもいい発言だった」

つまり、長女に選挙地盤を継承する予定だったのが、この解散が早すぎたのだ。
長女の政治基盤の継承もかなわなくなって、もう少し先ならばと悔やみ節なの。

ところで、選挙演説では中核連は、馬鹿の一つ覚えで”裏金”と連呼するだけね。
さすれば、落選続出、死して屍拾うものなしの、大江戸アンタッチャブルです。

というわけで、節操のなさが際立ち、議員が生き残りしたいがための珍党結成。
一方、中道改革連合が総選挙候補者の緊急公募を行いますが、誰がこんなに茶番の公募に応じるのか、しかも時間がないし選挙態勢なども立てられるはずもなく、立候補で三百万円の供託金をドブに捨てるつもりなど、誰もいまいと思うのでした。



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2026年1月21日水曜日

ローマ帝国の医者ペダニウス・ディオスコリデスの『デ・マテリア・メディカ』(『薬物誌』)で、痛風に効くとあるぜ ー コルヒチン(健康問題)

イヌサフラン
           
毎日、長距離を歩いたので、最初は、疲れで足の裏に痛みがあると思いました。
12月初旬の京都旅行は三泊の予定でしたが、この痛みが段々ひどくなったんだ。

でも、足の疲れだと高を括っていたせいか、これが痛風の発作だとは思わない。
帰宅した翌朝、右足親指の関節に痛みがあって周囲が赤黒く腫れ上がっている。

発作してしまったと観念して、痛み止めのロキソニンを服用して直すしかない。
今までは、この部位に発作の起きる前に、シクシクと違和感を感じていました。

これが予兆なのを自分でも分かっていたので、すぐに大量の水を飲んで対応だ。
人間の体は、痛風の原因となる尿酸を尿でしか排出できないという非効率です。

なので、大量に水を飲んでおしっこをせっせと出せば、発作を回避できるのだ。
自分の場合、健康診断で尿酸値が、7.5~8.9の間で、高いというのは事実です。

ただ、尿酸値を薬の服用で低くする程ではないので食事療法で対処していたな。
お酒も週一回のハイボール一杯に抑えて、それでも尿酸値が高いのは親の遺伝。

父親も健康診断で尿酸値が高かったので、変な遺伝だけは受け継ぎたくないな。
それで、発作が起きたら仕方がないのでロキソニンを服用して痛みを緩和する。

それで、十日を過ぎた時点で痛みもやや和らいだので外出したのが失敗だった。
途端に患部は腫れ上がり赤黒くなってしまって、痛みもぶり返してひどくなる。

        
その後もロキソニンを飲み続けましたが、痛みが治まりそうにないので病院だ。
薬を服用してもらいましたが、新しく”コルヒチン”という薬で効能があるとか。

診てくれた先生が強い薬を出すと言ったので、帰宅してからググって見ました。
この薬の成分は、イヌサフランの種子や球根に含まれるアルカロイドなんだな。

リウマチの治療にも使われましたが、毒性も強く下痢や嘔吐等の副作用を伴う。
なので、発作が起きたら、治療するのに穏当な薬としては、ロキソニンだろう。

というわけで、五日分の服用が切れたら、もう一度、診察してもらいましょう。
今回の発作は、初期の治療がままならずこじらせた感じが強いのですが、そのため、ロキソニンのような市販薬ではなくて、処方箋の必要なコルヒチンに切り替えた経緯から、改めて薬の処方を出してもらおうと思ったのでした。



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2026年1月19日月曜日

ここから二条城へは、歩いて二十分だし、その先の京都御所までぶらぶら歩いて観光するのもいいよ ー 壬生寺(京都府中京区)

壬生塚にアオサギ
                             
京都旅行の最終日、新選組で有名な壬生寺が最後に訪れた観光地になりました。
実は、新選組はこの寺院を訓練場に使っており、周辺が屯所になっていました。

お寺の隣は八木家で、今では和菓子屋さんを営んでおらて、かつての屯所です。
行ってみたら、本堂は再建されてしまって、古い建造物の印象はありません。

それで、ここを訪ねるのに寺のロケーションがはっきりせず、調べて見ました。
すると、中京区にあって二条城の南に位置しており、本当に市中のお寺なんだ。

先斗町、池田谷騒動跡など有名な地名との位置関係も理解できたのも事実です。
それで、このお寺は中京区に位置していますが、グーグルマップを見て驚いた。

それは、南側の下京区との境界線が大きな通りに沿って引かれていないのです。
むしろ、大きな通りの北側に並んだ住宅が、中京区に入らずに下京区なのです。

赤太線が区界
                        
普通の自治体なら、行政区域を大きな通りで区分けをして境界線を設定します。
この慣例を京都では無視しており、歴史のある街だから何か理由があるのかな。

それで、グーグルAIの回答では、”町”というコミュニティに理由があるらしい。
京都の街中では、道路(通り)を挟んで向かい合う家々が一つの”町”なんだと。

こういったコミュニティの形成が”両側町”なのですが、なんとなく理解できる。
時代劇のドラマを見ると、宿場町は、往来の街道沿いに家が立ち並んでいるな。

要するに、通りにある売り買いで経済が成り立っていて、それがコミュニティ。
だから、昔は両側街だったのですが、近代の自治体行政を導入すると厄介です。

単純に行政区分を割り出すなら大通りに境界線を敷くのが、自治体は便利です。
ですが、歴史の長い街では、有力な町民が一部行政を仕切ってきた事実もある。

だから、京都市が区制を敷いた時も、この両側街の意義を尊重したのでしょう。
というわけで、壬生寺の話から脱線しましたが、京都は興味が尽きない都会だ。

まあ、新選組の隊士たちも、先斗町の舞子はんと浮名を流していたのかもしれず、道順は歩けばいとも簡単で、ただ屯所から小一時間もかかるので、そんなに頻繁に出かけたのでは無かったろうと考えたのでした。



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