2026年1月11日日曜日

龍安寺の山門をくぐると、平安時代に貴族が舟を浮かべて歌舞音曲を楽しんでいたと言われる大きな池のある寺院だったのだ - 龍安寺と石庭(トラベル)

      
京都の人に言わせると、先の大戦というのであれば、応仁の乱を指すようです。
半分誇張された笑い話なのですが、確かに太平洋戦争の空襲は軽微なのでした。

米軍は文化財保護の目的から攻撃を控えており、京都の街は平穏だったらしい。
だから、戦火の記憶ははるか遡り、室町時代の合戦が記憶として生々しいのだ。

この大乱は、室町幕府の領袖達が、東軍と西軍に分かれて権力闘争を繰り返す。
その東軍の大将が細川勝元は、公家より譲り受けた領地に寺を建立致しました。

それが龍安寺ですが、このお寺は、世界遺産に登録された石庭で有名なのです。
ただ、この寺は、応仁の戦乱に巻き込まれて、焼失の挙句、細川邸へ疎開した。

元総理大臣 細川護熙作
    
なので、創建当初から石庭が存在したかどうかは怪しくて、再建からのお話だ。
子息である政元が、お寺を当初の境内に戻して、石庭を含めて再建したらしい。

でも、それが現在あるような石庭の意匠だったのかは、諸説あって分かれます。
夢窓疎石、金森宗和、小堀遠州など、作庭の候補に挙がったが、確証がないの。 

中でも、小堀遠州などは、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての大名です。
茶人、建築家、作庭家、書家として知られますが、理由は遠近法の手法だとか。

西欧のルネサンス期に採用され始めた技法ですが、キリスト教伝来で伝わった。
戦国時代、小堀遠州も、キリシタン大名を通じてその手法を仕入れていたのか。

江戸時代初期に造営された京都の名のある庭園は、遠近法が使われていますな。
そういうことで、作庭者は小堀遠州だという説もありますが、どうでしょうか。

まあ、自分には誰が作ろうが美しければよいのであり、修学旅行以来の再鑑賞。
半世紀ぶりに改めてこの石庭を眺めれば、老いた身で培った審美眼から分かる。

というわけで、昔は石庭より池を中心とした池泉回遊式庭園が有名だったとか。
高校の修学旅行で訪れた時には、この石庭を見学した記憶だけが残っていて、境内中心部に大きく広がる鏡容池のことなど全く記憶になく、今回、池をめぐり散策しながら紅葉を楽しめましたが、それこそが違った龍安寺のたたずまいになったということなのでした。



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2026年1月9日金曜日

中学生の頃は、ちょっと思慮の足りないお馬鹿な坊さんばかりのいる寺だと思ってしまったのが懐かしい ー 御室仁和寺(トラベル)

五重塔は美しい
     
鎌倉時代、その末期に書かれた随筆『徒然草』の第五十二段で書かれています。
そのタイトルは「仁和寺にある法師」と言い、国語の教科書にも登場していた。

作者は、兼好法師で教科書定番の古典ですが、文学の好きな人にはなじみ深い。
それで、この教科書から興味を持って、自分は全段を読み通してしまいました。

だから、仁和寺の寺院は、この古典を通して知っていたので訪ねたかったのだ。
実は、御室も仁和寺も同じ場所を指しますが、御室は宇多天皇の隠棲した御所。

仁和寺は、宇多天皇が創建した真言宗御室派の総本山になり二つが合わさった。
だから、御室仁和寺と呼びならわしますが、 このお寺の法師が登場するのです。

石清水八幡宮へ詣でたが、手前の寺院を参拝するだけで訪ねたと早合点をする。
少しのことにも、その道に通じ導いてくれる人は欲しいものだという教訓話ね。

兼好法師は、仁和寺によく出入りしており、僧の話を間近に聞いていたらしい。
だから、実際に見聞きした僧の話を、このように物語めかして語ったようだな。

それで、こういう古典を親しんでいたからこそ、一度は訪れて見たかったのだ。
今回の旅は、嵐電の御室仁和寺駅から参道を歩いて目指すと、すぐ仁王門です。

境内は広大ですが、書院造りの宸殿にあるお庭も美しく、花も活けられている。
仁和寺は、生花御室流の拠点だそうで、この書院の中で見事にマッチしていた。


        
さて、拝観していた女性グループが、重要文化財しかない寺と話していました。
他方、醍醐寺は国宝が沢山あると比較していて、文化財の比較でケチをつける。

つまり、京都のお寺にあっては、重要文化財なのは月並みな寺宝なのでしょう。
そんな風に思ってしまいましたが、御室桜が咲く頃には、景観も最高だろうな。

というわけで、徒然草に登場する仁和寺の法師の逸話は三段あると知りました。
石清水八幡宮の末社だけを拝んで帰ってきた法師に加えて、宴会の余興で鼎をかぶって取れなくなったお馬鹿な法師とか、狐に噛まれたけど反撃して一匹を殺した下法師などが登場しており、古典を勉強しておくと、拝観をしても感慨は深くなるものだと思った仁和寺なのでした。



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2026年1月7日水曜日

名の知れた観光スポットに行けば、ごった返す人に酔うだけで辟易する始末だから、嵐電に乗って人知るぞ知る場所に行ってみよう ー 京福電気鉄道(嵐電)


京都市内の観光地巡りをする時に、チンチン電車の嵐電に乗るのが便利でした。
先ず、JR嵯峨嵐山駅までは京都市内の区間で、京都行きの切符で大丈夫です。

新幹線で下車すると在来線の嵯峨野線に乗り換えて、嵯峨嵐山駅で下車します。
それから、すぐそばの嵐電嵯峨駅で嵐電に乗ると、停車駅名が観光地そのもの。

料金もSuicaが使えて乗降も便利だし、駅名が地名と直結で乗り過ごしもない。
その嵐山本線は、鹿王院、車折神社と続いて、帷子ノ辻駅で北野線に乗り換え。

撮影所前(太秦)、御室仁和寺、竜安寺を経て終点の北野白梅町まで続きます。
終点からは北野天馬宮まで歩いて行けるという、正に観光地巡り線という感じ。

一方、嵐山本線にそのまま乗ると、太秦広隆寺、蚕ノ社、四条大宮まで続くな。
広隆寺は、国宝の半跏思惟像で有名ですし、蚕ノ社は不思議な三柱鳥居がある。

終点の四条大宮は、幕末期、新選組の屯所のあった壬生寺へ歩いてい行けます。
なので、観光地巡りの交通を事前に調べるのが面倒くさい人には、安直ですな。

鹿王院参道
金閣寺そっくりの舎利殿
駅名が観光名所なので、もしどこを観光地したらいいのか分からない時は便利。
京都市バスでもネットでバス時刻表が簡単に分かりますが、停留場探しが大変。

グーグルマップの縮尺を上げると、停留所マークの出現で調べることはできる。
ですが、いちいち探すうちに、既に拝観したような気になってゲップが出るわ。

それで、もう一度グーグルマップを見て、他の乗り換え方法を調べて見ました。
すると、嵐電天神川駅から地下鉄東西線へ乗り換えて、南禅寺や醍醐寺詣でだ。

思うに地下鉄、私鉄、JRなど各線が乗り入れていても、接続が今一なのが京都。
どうやって乗り換えて、観光地に手っ取り早く到着できるのかは、パズルです。

というわけで、観光地と駅名が合致している嵐電は、訪ね歩きやすいのでした。
この嵐電の駅名から発見した鹿王院などは、紅葉の季節に訪れると、拝観客も多くはなく、それでいて紅葉もきれいだったので、これは意外な訪ね先だったなと感慨を新たにしたのでした。




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2026年1月5日月曜日

捕まれば、軽犯罪法違反、器物損壊罪、建造物損壊罪、文化財保護法違反などが適用されるのを知らないのだろうか ー 竹林の小径(トラベル)

           
竹林と言えば、鎌倉近辺に住まいすると報国寺の竹林を思い出すのが普通です。
サラリーマン時代、来日したお客さんを観光で案内するお決まりルートでした。

ビジネスは海外営業だから、現地から代理店の頼みでツアーコンダクターだよ。
自由に海外渡航できないような国から来日するので、精一杯楽しんでもらおう。

代理店からも、そのようなお願いをされることも多く、気張って案内するのだ。
特に、このお寺の竹林は、神秘的な雰囲気も漂って、カフェでお茶を一服する。

そんな思い出のある竹林ですが、京都にも”竹林の小径”という観光地があるな。
ただ、自分がこの場所を知ったのは、悪質な落書き被害のニュースからでした。

犯人は外国人らしく、そういった観光客の多い嵐山ですから、仕方がないかな。
レベルの低い人間がうじゃうじゃ来日するらしく、モラルの要求は到底無理か。

それで、観光資源として景観の保護が重要なのですが、最悪は伐採しかないな。
でも間引いて伐採すると、竹林がスカスカになってしまい、観光価値の消滅だ。

そうなると、傷の浅い落書きは紙やすりで表面を削ったり、テープを張るとか。
それもできないほど傷が深いと、切ってしまうようで、数は三百五十本らしい。

まあ、毛唐は来なきゃいいのにさ、とつい軽口を叩いてしまいたくなりますな。
どっこい、日本人だって、イタリアの大聖堂に落書きした事件を起こしている。

それが女子大生だっていうのだから、教育レベルが知れてしまいそうな話です。
されほど事例は多くはなさそうですが、日本人の恥なんだからやめてほしいな。

             
こんなに痛めつけられた竹林を見てしまうと、次の拝観先でも気が滅入ります。
ところが、天龍寺の曹源池庭園を見ていると世界遺産だけあって気が落ち着く。

室町時代の高僧、夢窓疎石(むそうそせき)が作庭したもので、特別名勝だな。
ただ、ここでも外国人観光客が有象無象で、人間を見に来た分けでもないのだ。

とうわけで、嵐山は大型バスの駐車場が完備していて、ツアー客もわんさかだ。
四泊五日で五案円という激安日本ツアーでやってきた志那人でごった返しており、天龍寺でも多数見かけましたが、一方で不思議と漢字の落書きは見受けられなかったのであり、多分、ツアー日程に竹林散策は入っていなかったのだろうとも思ったのでした。



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