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| わが家の菩提寺 |
急に心臓手術が決まりましたが、その前から母親の法要を予定していました。
今年が五十回忌に当たり、一般には弔い上げと称して、追善供養の終了です。
亡くなった方が、故人の魂が極楽浄土へ行ったとみなす期間が、五十年なの。
ただ、臨済宗では三十三回忌を弔い上げとし、その後は法要を行わないとか。
三十三回忌で終了してしまう宗派もあるようで、その後は遠忌と言うらしい。
実は、自分の母親の法要で、三十三回忌をしていなかった記憶があるのです。
あやふやな覚えで母には申し訳ないのですが、自分の退職が節目にはなった。
その翌年が、この法要になりましたが、退職の年は父親の二十三回忌でした。
そんなつながりから、母親を思い出して調べてたら、次の年なのが判明した。
しかも、命日は三月十一日で東北大震災と同じ日付ですが、母の方が早いな。
この大災害もあってか、母の命日は、忘れようにも忘れることは絶対にない。
こうして、母は極楽浄土に無事いざなわれたと考えて法要を手じまいします。
まあ、本当は親族の世代交代で故人を知る遺族も少なくなるのが、本音かな。
自分も、妻と私しか参列しないので、二人だけという少し寂しい法要なのだ。
今回の心臓手術が急に決まったのも、母親からの最後のご加護だったのかな。
五年前の心電図が正常だったので、心臓は大丈夫だと思ったのが大間違いだ。
結局、心房細動という長生きできなくなる病気が分かって、手術が決まった。
これも、母親が手を差し伸べてくれたのだろうと思い、最後までありがとう。
この病状があると、脳梗塞と心不全のリスクは、約2.4倍、約5倍高まるのだ。
ネットの検索でも、”心房細動 長生きできない”と用語がヒットしてくるもの。
最近の手術は、アブレーション術式が導入されて、非常に成功率が高いそう。
というわけで、心配はしていませんが、手術前に法要で北海道へ旅立ちます。
実は、病気が判明する前に、オホーツクの流氷を見たいからと考えて、道内を飛行機で移動する旅程も加えていたのですが、これが見納め、年貢の納め時にはなるものかと、自らを鼓舞する自分がいるのでした。

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