釧路の幣舞橋を渡ると、主要道路には珍しいロータリーが存在している。右折がないので事故が起きにくいというのだが、運転して走ると、慣れないと難しい気もするのだが、この開店するロータリーでは自然とスピードを落としながら、左折、右折を行う気がする。それが、安全なのだろう。
石田和啄木が、釧路に新聞記者として滞在したのは三か月にも満たない。だが、多くの短歌を残している。市内に歌碑が、26もあって、文学好きなら訪ね歩くのもよいだろう。この啄木の銅像は、港文館 (港湾休憩所)のそばにあり、旧釧路新聞の記者として働いていた頃の社屋を復元した建物ということだ。一階はカフェで、二階が石川啄木ゆかりの展示となっている。
夕暮れの霧の釧路。お盆も間近い真夏というのに、霧が迫るのだ。その後、たちまちに晴れて青空に戻った。年間平均で100日以上も霧が発生し、日本一の霧の発生率を誇る場所だから、天候が変わりやすい土地柄なのだろう。霧のロンドンならぬ、霧の釧路だな。
港町として釧路が発展した当初、この米町公園周辺に人々が住み着いたのも、高台の上に位置していたからだろう。津波、高潮、洪水などの災害を避ける目的だったはずだ。港が開かれてから一世紀以上になる国際港なのだが、市街としての出発点は、このエリアだったのである。実際に、運用中の釧路崎灯台とは目と鼻の先なのだが、それを模した展望台が公園にあり、上ると港町が一望でき、釧路ならではと思わせる。




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