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平成4年2月23日滑走 |
このゲレンデ、川端康成の小説「雪国」をスキー&自動車版にしたようなものです。
正に、国境の長い関越トンネルを越えると、ここが最初のスキー場なのでした。
ただ、インターチェンジは少し先で、周辺のスキー場と同じく、戻る必要もあります。
どん詰まりのゲレンデですが、プリンスホテルグループへ委譲されて経営されました。
近くには同じグループの中里スキー場もありますし、積極的な拡大策にも見えます。
でも、ロケーションがJR土樽駅の裏手で特殊だし、採算に乗ったのかどうか怪しい。
何しろ、道路からアクセスするには、この駅の構内を抜けていく必要がありました。
宿泊&食事施設にしても、土樽山荘が唯一で、ユースホステルだったりしています。
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グーグルドライブはこちらから 裏面にシャトルバスの案内あり |
まあ、近隣が混雑して、あふれたスキー客をせこくかき入れて、営業しようとしたのか。
スキー場のチラシにも、系列スキー場をハシゴできるシャトルバスの案内もあります。
実際に、スキーブームの頃、リフト待ちのお客さんを見かけたりして賑わっていました。
自分も、関越道の帰り道に運転しながら、実際に目撃していたぐらいなのですよ。
この後、間もなくスキーブームも過ぎ去り、客が寄り付く理由も無くなってしまう。
こうして、平成16年に営業の幕を閉じ、西武グループの再編で廃止となりました。
唯一残された宿泊&食事施設の土樽山荘ですが、もう少し運営されたようです。
自分も、夏場に宿泊したこともありますが、設備的にはかなり上等なユースでした。
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土樽山荘のパンフレット グーグルドライブはこちらから |
その時、パンフレットをゲットしておりまして、これが宿泊をしるす記念になりましょう。
さて、滑走した当時に振り返ることにして、リフトはペアリフトがただ1本のみでした。
コースは一枚バーンのゲレンデで、初級と言いながらも、やや斜度もあります。
山荘新館側には、ポニーリフトも設けられてペアリフト乗り場へ戻ることもできました。
斜面は、プリンスの底力で綺麗に圧雪されていたのを覚えており、さすがでしたね。
というわけで、山荘のオヤジさんは伊藤周左エ門さんと言って、冒険家なのでした。
女優の和泉雅子さんが北極点到達に挑戦した際にも、副隊長で参加しています。
そんなアウトドア界の有名人が、この土樽で山荘経営に励んでいたということです。
このため、どちらかといえばプライベートゲレンデみたいな印象がぬぐえなかったのも現実でして、それが限界かも知れず、プリンスの関与が最後の一咲かせだったのかもしれないとも思うのでした。
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懐かしい貴重な情報を、ありがとうございます。
返信削除こういった古いネタを出し続けますので、良かったらご訪問ください。
返信削除周左エ門さんはご健在ですか?
返信削除分かりません、もうユースホステルは閉鎖されたし、お亡くなりになっていると思います。
返信削除周左エ門さんは、湯沢の施設に入られてます。
返信削除