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平成3年2月9日滑走
ジッパーの引き手に掛けるのが珍しい
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自分の仕事柄でしょうか、バルブ(弁)とかパイプ(配管)はとてもなじみがあります。
それでKITZとか言う会社が、北澤バルブから社名変更していたとは知りませんでした。
それほど、旧社名が知られ過ぎていて、どうもキッツと言われてもピンと来ないのです。
往年の色物ロックバンド”キッス”みたいで、やはり社名にバルブがないとしっくりしない。
ただ、今、自分が窓際で働く会社の名前もCIで変更され、業種が一発で判明しません。
あの頃の日本企業は、本業一本では事業の躍進に限界が見えた時代でもありました。
このため、会社約款を変えて色々な業種を取り込もうと、多角化を目指したのです。
JR東日本も、駅にキオスクやレストラン等の商店街をつくって再開発に成功しました。
これは運輸産業ですから、ヒト・モノ・カネの流れを容易にとらえて成功したのでしょう。
片や製造業のバルブは、何をどうやって事業を起こしすのかは結構難題のはずです。
それでも、工場発祥の地や営業基盤が地方なら、そこへ根ざそうとするかもしれない。
こうして、キッツは諏訪の出自ゆえ、観光レジャー・開発に乗り出したんじゃないのか。
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なぜなら、関連企業として諏訪湖の温泉観光ホテルが営業されているからですよ。
そして、当時のスキーブームにあやかり、このスキー場まで堂々とオープンさせました。
KITZ MEADOWAS(キッツ・メドウズ)と名づけられていますが、意味がよく分からない。
これには少し解釈が必要で、先ず訳すとキッツ社の牧草地と受け取ることができます。
KITZ自体は、オーストリアウインタースポーツの中心、キッツビュールをもじったらしい。
つまり、夏は牧草地=ゲレンデで、冬はスキーの殿堂だと引っ掛けていたのでしょう。
他にも、発音から英語の子供(キッズ)に例えてファミリーを狙っていたかもしれません。
こう考えると、考え抜いたコンセプトだと思わざるを得ませんが、業績はどうだったのか。
オープンが平成三年度なら、スキーブームの終焉まであと数年しか残っていません。
その後のスキー人口は、ご存知の通り急減して、スキー場では客の奪い合いでした。
結局、ここもグループ全体のお荷物にならざるを得なくて、経営譲渡に話が進みました。
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スキー場近辺地図
県境ぎりぎりの山梨県
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他方、山梨県も県の土地を貸していた経緯があり、
こうして、名前も変えリフトも架け替えて、心機一転、現在に至るのが、歴史です。
というわけで、コースとか、レストランのメニューとか、詳細は自分でお調べください。
こんな紹介は、ググったりHPを見れば、簡単に分かるし話題にもならないでしょう。
むしろ、取らぬ狸の皮算用で投資した挙句、当てが外れた事例は非常に面白い。
スキー場経営の反面教師で、深い背景がある気もして、色々と調べまくるのです。
これが記事作りのベースにもなっているのですが、
おまけ:
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大泉清里リフト一日券(裏) |
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