2015年4月11日土曜日

ウエストバレーが廃止されても、イーストがサバイバルしてうれしい - 岩手高原スキー場(岩手高原スノーパーク)(岩手県)

平成4年1月2日滑走

ここは、岩手山の火山活動が災いして、六年間の休止を余儀なくされました。
二十世紀の初めに小規模な噴火をしてはいましたが、それ以降は平穏です。

ただ、平成10年に、活動が活発化して気象庁が臨時火山情報を出しました。
この影響も大きくて、噴火の危険性が重視され、スキー場が休止されたのです。

その後、火山性地震と地殻変動が衰えずに、平成15年まで長期化しました。
噴火も起きず、大したことが無かったのは幸いでしたが、運営者には打撃でしょう。

似たような兆候から噴火し、犠牲者の出た御嶽山と比較して実に対照的です。
そう思いますと、火山に対しては用心に越したことは無いということなのでしょうか

もともと、運営者の地産グループは、その前に会社更生法を適用していました。
事実上の倒産ですから、再開の目処が立たない施設は、風前の灯火です。

それでも、運営を引き継ぐ会社が現れた幸運さは、ここが観光地だからです。
雫石スキー場に加え、もちろん小岩井牧場、網張・鶯宿温泉が有名ですね。

これだけ一つの町に観光地が目白押しだと、宿泊施設も当然充実しています。
首都圏から離れていますので、宿泊客をターゲットにするのは当たり前でしょう。

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昔は、イーストバレーとウエストバレーの独立したゲレンデで構成されていました。
谷間がゲレンデを隔てていて、移動するには連絡バスに乗らねばなりません。

確か、センター前に停留場があり、一時間に一本の運行間隔だったと思います。
ウエストは、ゲレンデがリフト二本と小規模のせいか、出向く人もおりませんでした。

もっとも、ウエストの方が最初に開かれていて、昭和46年とかなり古いのです。
当時、岩手トーカンスキー場と呼ばれましたが、イーストのオープンは未だ先の話。

ようやく、平成二年になってからイーストが開発されて、ゴンドラも掛けられました。
スキーブームの頃、隣接する大型スキー場との競争がシビアになったのでしょう。

実際、すぐ隣は網張温泉スキー場、斜め向かいの山は雫石スキー場なのです。
こうして、ゴンドラで長い滑走距離を確保したくて、引っ越したのだと思いました。

というわけで、ウエストバレーは見向きもされず、イーストだけがサバイバルしました。
これも、規模の大きさから見て、ゴンドラがあれば先ず集客には事欠かないでしょうし、連絡バスで移動するなど時代遅れですから、已む無しといった感じもしますが、イーストだけは地域の観光振興で、是非がんばってもらいたいと思うのでした。


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岩手高原スキー場一日券(裏)


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2015年4月8日水曜日

スタンプ集めて、ギフト券をもらって、販売促進のさきがけがオーナー - 飯山国際スキー場(長野県)

平成3年12月22日滑走

このスキー場の運営者は、リフト券を見ると、グリーンスタンプ㈱になっています。
何年かぶりで、この会社の名称を目にした気がして、懐かしく感じてしまいました。

昔は、加盟しているお店で買い物をすると、ポイント制のシールがもらえたのです。
最初に貼付ける台紙ももらえて、確かシールは全体に緑色をしていたと思います。

葉っぱのマークが中央にデザインされ、だからこそグリーンスタンプだったのでしょう。
子供の頃、母親と一緒に買い物に行くと、お勘定でつり銭と一緒に渡されました。

家に帰ってから、台紙にていねいに貼り付けるのですが、これが一つの楽しみです。
やがて、ある程度ポイントがたまったら、商品券と交換できるようになっていました。

グリーンスタンプ

確か、郵送で申し込みをしたか、お店へ直接持参して交換を頼んだと思います。
後は、この商品券が送られてくるのを、楽しみにしていたんじゃないでしょうか。

でも、ポイントをかなり貯めなければならず、いつも中途半端であきらめていました。
そんな懐かしい記憶が脳裏に浮かんで来たのですが、四十年以上も前のことです。

他にも、リスくんのマスコットが可愛いブルーチップのセービングクーポンがありました。
こちらはアメリカ生まれで五十周年を迎えましたが、創業が若干早いようです。

このようなスタンプビジネスは、高度経済成長の消費社会を反映したものでしょう。
消費者が王様になり、カラーテレビ・クーラー・自動車を持つのも理想になりました。

一方、お店もどうやって売り上げを伸ばすか、集客を真剣に考えたのだと思います。
もし、多くの店が共通にポイントできる制度に加盟すれば、拡販も期待できます。

そんな企画から始まったと思いますが、現在はそのシステム自体が進化しました。
今なら、ポイントも磁気やICのカードに登録するシステムが当たり前になっています。

それに、このようなプレミアムをサービスとして扱う会社も、数多く登場して来ました。
要するに、グリーンスタンプ社は、販売促進が支援の先駆け的な企業になりました。

しかも、貯めたポイントでカタログ商品を交換する発想自体、今もって普遍です。
でも、どうしてサービス支援の会社がスキー場までオープンさせちゃったんでしょうか。

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時は昭和43年、加山雄三主演の「アルプスの若大将の公開から二年後です。
当時、レクリエーションなどで会社単位のスポーツ大会やクラブ活動が盛んでした。

労組の催しなど、バスを借り切って大所帯で行くスキーツアーが人気だったのです。
一方で、この会社は、旧三和銀行系列の企業グループにも所属しています。

みどり会といいますが、メンバー会社の社員、家族向けに斡旋を狙ったのでしょうか。
実際、現在も関連会社に旅行代理店があるほどで、当たらずとも遠からじでしょう。

まあ、スタンプビジネスに関連付けて、開業させたのは間違いない気もして来ました。
ところで、このスキー場は残念ながら、平成14年に廃止されてしまいました。

市内からタクシーで五分の便利さですが、里に近いせいか雪不足だったみたいです。
近くには、大規模で雪に恵まれた斑尾高原スキー場もあり、どうも見劣りしてしまう。

リフト四本程度で比べれば、首都圏からあえてすべりに来るほどのこともないのか。
滑った時もスキー客はまばらで、本当に運営が大丈夫かと、本気で思いました。

さて、このゲレンデで特に思い出せるのは、たった220メーターの第四リフトでした。
瞬間的には、38度の急級斜面になるのですが、すぐに降り切ってしまう短さです。

今になって改めて思うのですが、本邦最短の上級コースだったに違いありません。
と言うわけで、斑尾高原の帰りに寄ったゲレンデは、静かでひっそりとしていました。

ゲレンデにはBGMすれ流れておらず、古びたリフトの金属製滑車がカランカランと響き渡っているのが妙に印象的でして、そんなスキー場の光景を思い出してしまうゲレンデなのでした。


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2015年4月5日日曜日

威容を誇るジャンプ台に田山温泉のお風呂で満喫 - 町営田山スキー場(岩手県)

平成4年1月2日滑走

つい、雪道が怖くなりまして、碇ヶ関のインターから東北自動車道に入りました。
午前中、滑っていた大鰐温泉スキー場を離れて、岩手へ向かうことにしたのです。

ただ、下道の国道282二号線坂梨峠が難所で、急勾配に嫌気がさします。
このため、鹿角八幡平インターまで短い距離でしたが、高速道路を使いました。

と言うのも、夏の時期に、一度、この酷道を走ったので難所まがいを知りました。
どうも、準幹線国道とは思えない掟破りの曲率カーブがふんだんに出現します。

その際、時々、大型車が車線を大きくはみ出してやってくるので注意しました。
カーブミラーのチェックが当然で、トラックが来たら路肩ギリギリを徐行するのです。

もし、これが雪道だったらどうなるのかと思うと、やっパリ怖さが先に立ちます。
なので、梨坂峠超えはあきらめ、東北道で南下してみようと決断したのでした。

この後、鹿角から下道も楽な運転になり、JR花輪線と米代川も併走します。
次の田山ゲレンデまでは、なかなか快適なドライブを楽しむことができました。

このゲレンデは、リフト二本に、七十メーター級ジャンプ台が併設されております。
なかなかの威容で、平成17年の冬季国体で使われたと、帰宅後に知りました。

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当時は、まだ安代町でして、キャッチフレーズが”花とスキーと温泉の町”でした。
安比高原スキー場もあって、比べればこの田山はちょっと地味かもしれません。

ゲレンデ自体は、地元のちびっ子が滑りを楽しむような、雪国のスキー場です。
首都圏からスキーヤーが大挙して出かけてくる雰囲気も無く、ひなびておりました。

もっとも、安比高原が混んでいたら、それを回避して訪れていたのかもしれません。
そんなスキー場でしたが、もう一つの楽しみは、ゲレンデ前の田山温泉でした。

旅館なのですが、日帰りの入湯も可能で、ゆっくり湯船に浸かることができました。
というわけで、この旅館は既に廃業しており、もう二度と風呂には入れないのです。

結局、失われた二十年の時代にしぼんでしまったデフレ経済の影響で、地場の観光産業が大きく打撃を受けて家業をたたまざるを得なかったのかどうかは、定かでありませんが、スキーで体を酷使した後に入った温泉は格別だったと思い出しつつ、このゲレンデを回想するのでした。


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2015年4月3日金曜日

春スキーシーズンにもう一度、まとめて滑ってみた - ジャイアント・蓮池・丸池・西館山スキー場(志賀高原)(長野県)

平成4年4月3日滑走

シーズン中に、名古屋支店のスキー同好会の合宿に参加することができました。
当時の勤務先で、席の近い次長さんが、一時、この支店に勤務していました。
 
それで、この次長さんが昔のよしみで参加するので、誘っていただいたのです。
まあ、合宿ですから体育会系のノリで、五六人が一部屋に泊まりこみます。
 
確か、ジャイアントスキー場の真ん前にある二階建ての小さな旅館でした
この辺りは、志賀高原のゲレンデでは、標高が千三百三十メーターと一番低い。
 
ゲレンデを滑った後は、風呂や夕食は当たり前ですが、続けて部屋で宴会です。
一部屋に十人以上が集まって、買ってきた酒肴でドンちゃん騒ぎになりました。
 
翌日は、二日酔いで頭痛がしますが、窓から見える谷間の雪景色が美しい。
こうしてみると、このゲレンデは、高原地帯へ駆け上がる斜面を利用しています。
 
一方、湯田中から国道を走れば、法坂・サンバレーのゲレンデが先に遭遇します。
ただ、こちらのほうがちょっと標高が高くて、ジャイアントがボトムになるのでした。
 
これは、谷間の沢筋に位置しているからですが、面白いのはこの先の下流です。
サルがお湯に漬かる地獄谷温泉は、テレビでもお馴染みなのでご存知でしょう。

サルの写真

さて、こんな思い出に味を占めて、ぜひもう一度滑りに行きたくなりました。
なかなか時間が取れなかったのですが、ようやく四月初旬に休みを取りました。
 
この頃、志賀では春スキーの来場者に対して、感謝デーが設けられております
リフト券も少し割引されるし、しかも訪れるスキーヤーがぐっと減ってしまうのです。
 
寂しさを感じてしまうほどですが、それだけガンガン滑り込めましたね。
でも、前半の週末に営業したゲレンデが、翌週には閉じてしまったりしました。
 
最初の週末は、まだスキーヤーが多いからと、そろばん勘定を弾いた感じです。
特に、西館山のクワッドリフトが一本、運転されていなくて少し残念に思いました。
 
もちろん、法坂・サンバレーは三月末で営業終了ですが、この印象が良くない。
四月になれば、すでに志賀はスキーを終えてしまった印象を受けてしまうのです。
 
そうではなくて、当時はまだまだ四月上旬なら営業続行のゲレンデがありました。
というわけで、この時は、ジャイアントを中心にしてゲレンデを渡り滑っていました。
 
現在では、四月に入るといったん営業を中断して、月末から五月連休までを春スキーとして営業するパターンなのですが、志賀高原ほどの標高がありますと、四月は充分に滑走できる環境ですので、スキーブームよ、もう一度再来してほしいと思ってしまうぐらいなのでした。


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