八月に、北海道の道東へ旅をするのですが、再訪したい場所が一つありました。
ただ、たどり着くまでに、どこをどうやって走ったのか、覚えていないのです。
まあ、それはそれは人里離れた原野の中にぽつんと殉職の碑が立っていました。
道路も道路で、殆ど未舗装の砂利道で、一車線より多少は幅の広い道路なんだ。
しかも、この碑銘をはっきり覚えていなくて、自分自身の謎になっていたんだ。
それで、グーグルでやたらめったらに検索しまくったら、一つ見つかりました。
それは、故吉良逓送人殉職記念碑で、真冬の勤務中に命を落とした事故でした。
ただ、郵便配達夫が落命したので、自分の記憶では殉職者は税務員のはずです。
だから、この人物は該当しないのではと考えて、探し続ける羽目に陥りました。
一方、車を運転していた道路の記憶から言えば、釧路湿原を抜けたと思います。
それからは、緩やかな丘陵の原野を延々と切り開いて、嘘のような開拓の原野。
しかも、開墾は始まったばかりで、荒涼として茫々たる荒地が続いていました。
そんな風景ですが、三十年以上を経た今でも、未だに記憶に焼き付いています。
それを考えると、殉職碑は内陸にあるはずで、この郵便夫の碑は海岸近くです。
なので、この碑は該当しないので、違う場所と考えてグーグルマップで再建策。
このマップで縮尺を挙げていくと、点三つの印のあるポイントが列挙されます。
これは、”史跡・名勝・天然記念物”の地点ですが、見慣れないものもあります。
例えば、”浜中町営軌道秩父内乗降場”は、地元の人が知っているだけでしょう。
それも、道すがら訪ねてもいいのかもしれないと、探しまくることにしました。
すると、厚岸町酪農地帯の奥部に、”井上耕助殉職の碑”が表示されて来ました。
いやはや、これかもしれないと思って探したら、税務員だったとありピッタリ。
偶然に自分が見つけた碑がこれだったと思うと、今回の旅でも再訪できるんだ。
それで、三十年を過ぎて、開拓されたばかりの原野だったのが、今は牧草地だ。
年月を経ると、こんなにも発展してしまうかと思うと、今浦島の気分になった。
というわけで、周辺道路は二車線の舗装路が続き、道道に指定されていました。
14号のような昔からの基幹道路もありますが、道道に格上げされて、1028号、813号のようなかなり番号の下がった道路が貫いておりますので、こういったルートを走り回ってたどり着いたのだろうなと、思い返す自分がいるのでした。

0 件のコメント:
コメントを投稿