2015年6月5日金曜日

北極とか冒険の世界では、あの山荘は聖域なわけですよ - 土樽スキー場(新潟 県)

平成4年2月23日滑走

このゲレンデ、川端康成の小説「雪国」をスキー&自動車版にしたようなものです。
正に、国境の長い関越トンネルを越えると、ここが最初のスキー場なのでした。

ただ、インターチェンジは少し先で、周辺のスキー場と同じく、戻る必要もあります。
どん詰まりのゲレンデですが、プリンスホテルグループへ委譲されて経営されました。

近くには同じグループの中里スキー場もありますし、積極的な拡大策にも見えます。
でも、ロケーションがJR土樽駅の裏手で特殊だし、採算に乗ったのかどうか怪しい。

何しろ、道路からアクセスするには、この駅の構内を抜けていく必要がありました。
宿泊&食事施設にしても、土樽山荘が唯一で、ユースホステルだったりしています。

グーグルドライブはこちらから
裏面にシャトルバスの案内あり

まあ、近隣が混雑して、あふれたスキー客をせこくかき入れて、営業しようとしたのか。
スキー場のチラシにも、系列スキー場をハシゴできるシャトルバスの案内もあります。

実際に、スキーブームの頃、リフト待ちのお客さんを見かけたりして賑わっていました。
自分も、関越道の帰り道に運転しながら、実際に目撃していたぐらいなのですよ。

この後、間もなくスキーブームも過ぎ去り、客が寄り付く理由も無くなってしまう。
こうして、平成16年に営業の幕を閉じ、西武グループの再編で廃止となりました。

唯一残された宿泊&食事施設の土樽山荘ですが、もう少し運営されたようです。
自分も、夏場に宿泊したこともありますが、設備的にはかなり上等なユースでした。

土樽山荘のパンフレット
グーグルドライブはこちらから

その時、パンフレットをゲットしておりまして、これが宿泊をしるす記念になりましょう。
さて、滑走した当時に振り返ることにして、リフトはペアリフトがただ1本のみでした。

コースは一枚バーンのゲレンデで、初級と言いながらも、やや斜度もあります。
山荘新館側には、ポニーリフトも設けられてペアリフト乗り場へ戻ることもできました。

斜面は、プリンスの底力で綺麗に圧雪されていたのを覚えており、さすがでしたね。
というわけで、山荘のオヤジさんは伊藤周左エ門さんと言って、冒険家なのでした。

女優の和泉雅子さんが北極点到達に挑戦した際にも、副隊長で参加しています。
そんなアウトドア界の有名人が、この土樽で山荘経営に励んでいたということです。

このため、どちらかといえばプライベートゲレンデみたいな印象がぬぐえなかったのも現実でして、それが限界かも知れず、プリンスの関与が最後の一咲かせだったのかもしれないとも思うのでした。



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2015年6月2日火曜日

五十代後半の誕生日を迎えてしまい、お祝いしてくれる女性に鼻の下も伸びる - ムンバイのホテル(番外編)



タモリみたいに、サングラスを何時もかけているわけではありません。
まあ、プライバシーは守りたいところなので、ペイントで黒く塗りつぶしてみました。

普段は、ごく普通にめがねを掛けているだけでして、単なるハゲ親父だったりして。
老骨に鞭打った海外出張は、三週間の間、定宿のホテルに泊まり続けておりました。

両隣の女性は、ホテルのレセプショニストですが、チェックアウトの日が誕生日でした。
空港へのリムジンが出るま前に、ケーキでお祝いしてくれたのが、思い出になりました。

さて、女性の浅黒い肌の色と濃い顔つきをみていただくと、どこの国かお分かりでしょう。
要するにインドはムンバイだった分けですが、もし肌の色が白かったら欧米人みたいです。

多分、こういう顔つきのインド人は、北西部出身のアーリア人種系だと思いますね。
この人種は、インド・ヨーロッパ語族に属する言語を使う民族全般の祖先といわれます。

元々インドに住んでいましたが、中央アジアやイラン、ロシアや東欧まで拡散したとか。
なので、ヨーロッパ人の祖先だと考えられ、ゲルマン人(ドイツ人)がその中に含まれます。

純粋に血を引いていて、優秀な民族だと自負しましたが、その結果は人種差別です。
ヒットラーが率いるナチスドイツは、第二次世界大戦中にユダヤ人を大量虐殺しました。

根絶すべき「寄生害獣」と見なす偏見に満ちたイデオロギーは、狂気の沙汰でしょうな。
ちょっと話がそれてしまいましたが、とにかくインド人の女性は彫りが深くて、きれいです。

ミスワールドも五人を輩出しており、美人の産地の面目躍如といったところでしょうか。
特に、アイシュワリヤー・ラーイ は、お年を召しても超セレブの貫禄ありあり、なのでした。



ホテルで配達される地元の英字紙では、時折、彼女が登場する広告を見かけました。
ボディの方は、若干太めになっていますが、逆にふくよかさが増して、妖艶さもあります。

ところで、純粋なアーリア人だと主張するドイツ人には、あまりきれいな女性がいません。
アルペンスキー競技の選手だって、あまり見かけませんが、一人だけピカイチがいました。

その名は、スイスのララ・グートさんで、ソチオリンピック滑降競技でメダリストになりました。
スイスは、人口の六割以上を占めているのがドイツ人ですから、てっきりそう思いましたよ。

ところが、ぎっちょっちょん、何とか彼女は、人口が一割にも満たないイタリア系なのです。
出身のティチーノ州ですが、イタリア語のみを公用語とする唯一の州だから、驚きです。



というわけで、優秀さを自慢するゲルマンには不細工が多く、本家インドは美人大国でした。
帰国便の飛行機の中で、「テルマエ・ロマエ」という奇想天外な邦画を見たのですが、タイムマシンに乗ったかのように古代ローマの大浴場建築士、ルシウスが日本の銭湯に出現して、”なんだ、この平たい顔の部族は”と、日本人を見て思わずつぶやいてしまうあたり、彫りの深い顔だらけで食傷気味になったインドから、しょうゆ顔の国に戻れることだけで、ホッとしてしまう自分に思わず笑ってしまったのでした。



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2015年5月30日土曜日

自炊のブログ生活を改善して、博物館の電子書庫をパワーアップ - パンフをイメージ画像だけで紹介したスキー場(全国津々浦々)



この自炊という言葉ですが、賃貸を借りて一人暮らしを始めるのではありません。
要するに、紙媒体の印刷物を、デジタルのデータに変換してしまうことでした。

つまり、自分の持つ書籍や雑誌を、デジタル化してPDFファイルに変換致します。
後は、タブレットに表示して読めるのですが、どこにでも携行するのに便利です。

ところで、こういった作業をなぜ自炊と呼ぶのか、語源について諸説がありました。
もっとも有力なのは、データを自ら吸い出す、つまり「自吸」を最初とする説です。

つまり、字を吸い出すので、自分で吸い出す意味になり、自炊へと転じました。
うまい具合に当て字も見つかって、今では印刷物の自炊は当たり前なのです。

一方、ネットでは、複写を取る意味で、拓本や魚拓の言葉もポピュラーでした。
特に、この魚拓は、ウエッブ上の情報を画像にして公表するのに使われました。

炎上したネタ
小保方さん、『大人AKB48』で歌手デビュー!(うそ)
ウェブ魚拓はこちらから

ウェブ魚拓とも言い、炎上して消されたサイトを暴露するのに活躍して来ました。
この炎上も同じくネット用語で、不祥事から注目を集めてしまう状況を指します。

ネット社会では、日常用語と少し異なるスラングが出現して、奥が深いものです。
一方、最近は、ネット通販で電子書籍を買って読むのが、当り前になりました。

それでも、アマゾンにない書籍は、デジタル化してしまいたい人だって出てきます。
自分にしても、バーチャル博物館の資料公開には、イメージデータが必要でした。

ブログのアップには、JPEG画像が欠かせなくてスキャナーの利用は必至です。
それで、現在使用しているのは、十五年落ちでも未だに現役のキャノスキャンでした。

平成9年頃に買ったロートルマシン

インターフェースもSCSIで、パソコンに接続ボードを挿さない限り使えません。
しかも、自作パソコンなので、この手のカードを認識しなかったりと、大変でした。

こうして、長期間ほったらかしてきたスキャナーを再生させて、自炊しております。
開館したては、イメージ画像をベタベタ貼りまくって資料をブログに載せていました。

パンフレットをページ毎に貼っていましたが、どうもまとまりのつかない感じです。
冊子単位で閲覧した方が見やすそうで、なんとかしてPDF化してみたくなります。

その後、会社の複写機をこっそり使うと、PDFが作成できるのも分かってきました。
そうなら、パンフやチラシの表紙を載せて、PDFにアクセスしてもらうだけなのだ。

しかも、フリーソフトの「pdf_asがイメージ画像をPDFへ一括変換してくれます。
今まで、ブログ掲載に使ってきたデータを役立てるので、うれしいことはありません。

こうして、画像からPDFへ掲載方法を改善するのに、半年以上も時間が経ちました。
現在は、資料の下部に”グーグルドライブはこちらから”とリンクを紹介しています。

これで、収納したネットワークドライブにアクセスして閲覧できるようになりました。
というわけで、初期のパンフレット・チラシを改めてPDF資料で紹介しましょう。

これから、ゲレンデもオフシーズンに入りますし、スキー場ネタも季節柄、あまりそぐわないかもしれないので、投稿記事の温故知新というわけではありませんが、スキー場のパンフレットを再編集しながら再紹介してみようと思った次第なのでした。


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2015年5月27日水曜日

駐在員の家賃は、四十万円だって聞いてぶっ飛んだ - インドムンバイ・ポワイ地区(番外編)

ポワイ地区の高層マンション群

ムンバイでは、会社を転職した以前の後輩に、久しぶりに会えました。
日本で再会したのではなくて外国だったのですが、当然かもしれない。

なぜなら、自分も彼もインド市場の担当だったからでして、成り行きでしょう。
それで、偶然、フェースブックで彼を見つけて、コメントしたのが話の始まりです。

二三日後、自分が使う勤務先のメアドに彼のメールが舞い込んできました。
一人住まいで週末は時間があるらしく、寂しかったのか、会いたいとのことです。

奥さんと子供さんは、アパートを見つけてから移り住むことになっているみたい。
そこで、週末はアパート探しで忙しい中を、わがままながら同行させてもらいました。

訪れたのは、高級住宅街のポワイ地区で、有名なヒラナンダリ病院があります。
以前の出張で、同僚が脱水症状を起こしてしまい、この病院へ担ぎ込みました。

工場からは、一時間半もかかったのですが、日本人会でも太鼓判を押されています。
日本語の通訳はおりませんが、英語のコミュニケーションは大丈夫と聞きました。

もちろん、本人に代わって病状を説明しましたけど、先生の診察はていねいです。
このため、自分には、この辺りは身近だったのですが、この時は夜間訪問です。

なので、住宅街の様子が分からずにいましたが、今回は日中なので把握できました。
一言で言えば、高級住宅街には違いないのですが、インドの所得レベル相応です。

自分だったら好き好んで住みたいとは思いませんが、駐在員なので已むを得ません。
後輩の話によれば、転職先の会社では、家賃相場が四十万円程度なのだそうです。

玄関が荘厳で、逆に威圧感がある

そこで、ポワイ地区でも賃貸できるとのことで、部屋は4LDKで百平米以上でした。
うーん、自分は出張ですが、四星のそれなりなホテル住まいとは、分けが違います。

やはり、転職したのが成功したのかなあと、羨望を覚えつつ、下見がまたおもしろい。
何件も訪れた中で、日本人学校の先生が住んでいた部屋は、そのまま移り住めます。

引越し前に、部屋をきれいにしたらしく、台所の冷蔵庫も棚が拭かれてありました。
電子レンジのトレイもそうで、台所のシンクも水垢がなく、実に日本人の美徳でしょう。

立つ鳥跡を濁さずの例えどおり、自分的には先生の住まいだった場所を選びたい。
家具の靴箱も残してあります、海外のアパートは玄関に上がりがまちがありません。

このため、住人は土足で部屋に入るのが習慣でして、日本人には少し不慣れです。
このため、日本人は玄関に下足を促すマットをしきまして、そばには靴箱を置きます。

この日本人の習慣が見事に、このインドでアパートの部屋に見出すことができました。
自分も、海外で通算五年間を暮らしましたが、同じくアパート探しの経験をしました。

あの時もそうだったと思い出しつつ、後輩には南向きの部屋は勧めないといいました。
熱帯の国ですから、常時、高温になり、加えて日差しの入る部屋は、熱地獄です。

北方向に、ポワイ湖が見える風光明媚さ

体質的にクーラーの向かない人もいるでしょうし、その時は扇風機が役に立ちます。
このため、室温が少しでも低いほうがしのぎやすいので、北向きがベストなのです。

もし、妥協するとしたら東向きでもかまわないのですが、南と西の方角は鬼門でした。
こうして、何軒か見て回ったのですが、本人は、階の低い物権を希望していました。

耳が気圧の変化に弱いらしく、二十階で耳鳴りがして、違和感を感じるようです。
これでは日常生活に支障をきたすでしょうが、下見は全て高層階の物件なのでした。

残り一軒が十階で、そこに満足しなければ、先生が住んでいた物件で落ち着くのか。
まあ、そんな、ご本人のムンバイ賃貸探しの実態だったというところでしょうね。

というわけで、このポワイ地区は国際空港も病院も近いし、スターバックスもあります。
外人向けのスーパーもあるし、住むには十分な環境とはいえ、海外生活をした自分としては、最初の赴任地としては、インドはハードルが高すぎてお勧めできず、できれば二度目の赴任地であれば、覚悟を決めて仕事も生活もどっぷりはまることができるものだと、過去にインド市場担当だった後輩の因果に、がんばれとエールを送りたくもなるのでした。


おまけ:
こんなネジ屋から調達しております
哲学的な瞑想にふける家具屋のオヤジ
フェニックスモールはブランドショップがいっぱい

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