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平成4年2月14日滑走 |
JR妙高高原駅から五分と非常に近い便利なロケーションがウリなのでした。
こんなところにゲレンデがあるのかと思うほど、里山に開かれたコースです。
設備全体が年月を経ているらしく、リフトもシングルで構成されております。
滑車も金属製で、搬器が通るたびにカランカランとゆれながら、音を立てます。
シングルリフトの搬器も、椅子が分厚くペンキ塗りされて、実に古めかしい。
ただ、索道を中継する支柱は円筒型で、古い時代の骨組トラスとは違いました。
まだ近代的な索道だと思いつつも、距離が五百メーターに達しておりません。
コースレイアウトも、それなりのバリエーションですが、滑走距離が短いのが残念。
スキー場併設のホテルもありましたが、その施設に老朽感はぬぐえません。
カップルで訪れるには、華やいだ感じも無くて、何だか裏寂れているのです。
この日は、小学生の団体がゲレンデを占領していて、雪遊びで混乱しています。
スキーを履いて滑っている人も殆どいないし、ゲレンデは圧雪車も入っていない。
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学校のスキー学習、部活の合宿、研修など、団体さんを受けて入れていたのか。
それで、糊口をしのいでいた感じが十分して、場末の泡沫感もただよいました。
しかも、ボタン雪になりかかった湿雪が降りそそぐせいか、さみしさも募ります。
ゲレンデのBGMも無く、リフトの稼動音が、静寂の中で鳴り響いていました。
あの頃、人々の出かけ方も、列車でなくてマイカーで行動する時代になりました。
まして、ゲレンデが面白いのなら、少しぐらい不便でも、車で目指す分けです。
そして、この方面の道すがら、奥にはタングラムリゾートもできてしまいました。
こうなると施設の規模や機動力では、かなわずに、結局、閉鎖されたようです。
時期があまりはっきりしないのですが、ネットでは平成15年頃とありました。
マッカーサー将軍の名言”老兵は死なず、ただ消え去るのみ”がまことふさわしい。
というわけで、スキーヤーの懐かしい思い出の玉手箱にゲレンデは還るのでした。
ここを滑った後、妙高温泉関川共同浴場(大湯)に立ち寄ったのですが、ここはしっかり現在も営業中で、たった二百円で温泉が楽しめますので、観光行楽で出かけた際には、是非立ち寄ってはどうかとお勧めする次第なのでした。
おまけ:
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妙高温泉関川共同浴場 |
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