2019年9月26日木曜日

分けあって入院したので病室から投稿してみる - ある徳州会病院(そのほか)

まあ、九死に一生を得るとはこういうことです。
分け合って詳細は話せませんが、被害者になりました。

まだ診断書を貰って届けていないので、この程度で堪忍下さい。
それより、今日から遅めの夏休みとって旅行になるはずだったんだ。

なのに、上さんとの楽しい休暇が、療養に陥って大転換したという不幸。
ベッドで寝起きするだけで、上さんの持ってきたタブレットが楽しみだな。

以前の投稿で紹介した、ドンキのキーボード付きタブレットが役立ちます。
本当は、休暇の旅行先で投稿するつもりでしたが、目的だけが同じなんだ。

寂しいとは思いますが、こうして記事をタイプしている自分がおります。
旅先の思い出を、蘊蓄を傾けて書くこともできなくなって、何を書こうか。

そういえば、徳洲会の創立者は離島出身の立志伝中の人、徳田虎雄さんだ。
まず、出身はアメリカ占領統治下にあった徳之島で、今は鹿児島県なんだ。

実弟が医療を受けられずに急病死したのをきっかけになり、医師を志します。
医学部受験のため徳之島から大阪に単身移り住み、二浪したりと苦学する。

しかも、実家の家計が苦しいのに、父親が先祖伝来の農地を切売りしたんだ。
それで得た資金を仕送りをして学資を支えてくれたというから、涙ぐましい。

その後、徳洲会病院を立ち上げて成功し、差額ベッドの廃止は話題になった。
24時間救急医療の受付けとか、患者からの贈り物は一切受け取らないなど。

当時、社会的にも話題になった病院経営ですが、やっぱり創立者本人の経歴。
このため、月間プレイボーイが取材してインタビュー記事が掲載されました。

自分も買って読んだけど、すごい人物だなと素直に感銘を受けた記憶がある。
そして、改めてウイキペディアで紹介記事を読んで、本人も仕送りしたんだ。

三人の弟たちも医者になったけど、ご自身で学費を支援したのは間違いない。
子供たちの多くも医者になりましたが、ここまで来ると徳田医療王国の誕生。

後は、国会議員になったりと、徳之島の農家の小せがれが、大望を果たした。
でも、ご本人がまさかの筋萎縮性側索硬化症(ALS)を発病をするなんて。

自分的には、ブログ友達にALS患者さんがいたので、病状が理解できました。
からだが全く動かなくなり、呼吸すら止まってしまう、とても凄惨な病です。

著名な物理学者のホーキング博士も同じ病気を抱えていたので、分かるかな。
まあ、神様がいたら、ご本人の栄華と健康を引き換えにしたのかもしれない。

というわけで、もしALSの特効薬が開発されたら、それはもうノーベル賞もの。
そんなことを改めて思い出しながら、この病院の設備の立派さに驚いてしまったほどですが、一方で、救急医療の受付では徳洲会創立当初のころからの理念がいまだに息づいており、自分もそれでお世話になったことを思うと、当時のインタビュー記事を改めて読み直してみたいと思う自分がいるのでした



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2 件のコメント:

  1. おそくなりましたが、お見舞い申し上げます。
    ゆっくり お体を直して元気になってください。

    元気があれば、なんでもできると思います。
    というか元気が一番です。

    返信削除
  2. お見舞いのお言葉をいただき、ありがとうございます。
    かなり骨折はしていますが、部位が自宅静養だけとのことで、身動きがとりずらい。
    本当は、遅めの彼岸で墓参りに帰省するはずだったんですけどね。

    返信削除