2015年5月11日月曜日

難読ほどではないが、由来がすごく気になる夜間瀬の地名 - 北志賀よませスキー場 (Mt.KOSHA よませ温泉スキー場 ) (長野県)

平成4年2月15日滑走

このゲレンデは、北志賀高原観光協会に所属しております。
同じ山之内町ですが、志賀高原観光協会もあって、ライバルでしょうか。

それで、両方のホームページを見比べると、標高の違いがハッキリ分かります。
北志賀は、山里に近いせいか、そばが収穫されており名産になっていました。

加えて、夜間瀬のエリアは、りんごなど果樹栽培が盛んなのをテレビで知りました。
実は、NHKの番組”キッチンが走る!”で、志賀高原が紹介されていたのです。

番組では、プロの料理人が食材を訪ね歩き、それを使って料理をもてなします。
高原の上流で天然イワナが紹介されますが、農作物は里に降りて来てからでした。

そこでは、番組のキャンピングカーがリンゴ園をたずね、ブルーベリーが紹介されます。
一帯はなだらかな傾斜の耕作地が広がり、のどかな田園風景がうかがえました。

周辺は、旧石器時代や縄文時代の遺跡も残され、昔から住みやすいのでしょう。
本郷地域には、六世紀後半に造られたと推定される古墳が三基も残ります。

まあ、冬場は確かに寒いとはいえ、周辺は盆地ですから夏場は暑くなりそうです。
こうして、古来から人々が生活を営んできたのを考えると、歴史の重みを感じます。

反対に、ウインタースポーツは、二十世紀に日本人のレジャーにやっと定着しました。
日本へ伝来してから百年になるかならないかで、年月にしてもまだ若造なのですよ。

さて、夜間瀬という地名は読みも面白いですが、漢字の当て方が変わっています。
由来は、温泉、風位、牧場などが三つの説があり、どれなのか決めつけられない。

一つは、上流で温泉が「交ざる」ことを指した「湯交じり川」から転じたとする説。
夜間瀬は以前、「夜交」と表記していたから、湯交、夜交、夜間瀬となった。

次に、高社山から吹き降ろす「ヤマセ」が、なまってよませに転じたとする説です。
三番めは、牧場にあった馬を囲うための柵「馬柵(うませ)」に由来する説でした。

自分は北国の出身ですから、やませに慣れ親しんでいるので選んでみたくなります。
ただ、漢字が山背なので食い違いがあり、当てはめるのがやや苦しい気がしました。

こういった由来を解き明かすのはなぞを呼びそうですが、他方で愛着も湧きます。
一頃、山ノ内町が進めた合併協議に、新市名に夜間瀬市を押した人もいました。

少数意見でしたが、地元住民の土地に対する深い愛情を物語る逸話でしょうか。
というわけで、このゲレンデで、往年の名スキーヤー海和がホテルを開業しています。

その名も、ホテルカイワといい、ホテルからゲレンデまでの移動は0分!のすばらしさ。
生まれ故郷のやまがた赤倉温泉スキー場で彼を紹介しましたが、懐かしいのです。

温泉も掘り当てられ、今は温泉スキー場として運営中ですが、頑張ってもらいたい。
現在、スキーブームは下火どころか消え去り、スキー産業自体が風前の灯です。

そんな中でも、夜間瀬の名に愛着を持つ住民の皆さんがいる限り、スキー場の支援は限りなく続いていくと思いますし、南斜面で雪が融けやすいとか、そんな不利な環境はものともせずに、ぜひ健闘を期待したいところなのでした。


おまけ:
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2003ゲレンデマップ
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1995年立風書房ゲレンデガイドより
四つのスキー場がドッキング
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2015年5月7日木曜日

自動車のキーを落として、JAFにお世話になったスキー場 - ファースト石打スキー場(新潟県)

平成5年2月14日滑走

このスキー場は、所有者がたびたび変わったみたいで、名前も変更されて来ました。
ネットで丹念に調べましたが、その変遷を簡単な表にすると、次のようになります。

昭和41年11月
TBS会館がTBS不動産に商号変更

昭和49年12月
”小田急石打スキー場”が開業(小田急不動産)(会社のあゆみ小田急不動産㈱)

平成3年頃
ファースト石打スキー場がリニューアルオープン(ファースト不動産に経営移譲)

平成17年
このシーズンを最後に休業。

約四十年の営業期間は、ゲレンデの集まる中越地方では短かったのかも知れない。
魚野川を挟んだ向かい側は、石打丸山スキー場で、隣は舞子後楽園スキー場です。

規模の大きなゲレンデにはさまれてしまって、リフト四本では地味な印象も受けます。
クワッドリフトもなく、三人乗りのトリプルがある程度で、実に穴場的なゲレンデでした。

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このため、空いている噂だったのに、スキーブームの頃はそれでも混雑していました。
リフト待ちなんかも、十分ぐらいはあったでしょうか、雪が降り止まない中を並びます。

山麓の駐車場から第一リフトで上がりましたが、降りるとそこはメインのゲレンデでした。
第一リフトのコースは、中級で比較的斜度もあるので、上部の様子がうかがえません。

いったん上がってしまえば、残り三本のリフトが横並びに展開したコースレイアウトです。
それで、このメインゲレンデに民宿やロッジが集まっており、少し不思議な気もしました。

なぜなら、リフトに乗って地形を見渡した限りでは、接続する道路が見つかりません。
おそらく、このリフトを使って、食料品や日用雑貨品を運び上げているのかもしれない。

そんな風に鵜呑みしてしまったのですが、実際には連絡道路が背後に隠れていました。
ゲレンデマップの右側にも、沢を曲がりこんで上ってくる除雪された道路があります。

グーグルマップでも確認したのですが、付近は上ノ平らという地名さえ付いていました。
つまり、スキー場が開かれる以前から、人々はここに暮らしていたということでしょう。

その後、ゲレンデが開発され、住民は民宿やロッジを経営し始めたのかもしれません。
これを思うと、スキー場は上部のゲレンデが、先に開発されたような気がして来ました。

昭和四十年代は、マイカーブームだとはいえ、高速もなく道路事情が良くありません。
国道17号線で三国峠越だし、スタッドレスタイヤもなくチェーン装備が必要でした。

こうなると、鉄道のスキー列車が楽だし、最寄の駅からは車の送迎があったのでしょう。
駐車場も不要だし、実際に上ノ平の集落には、必要な平地も少ない感じです。

ただ、年月を経て関越道が開通して、マイカーで乗り入れるスキーヤーも増えてきます。
当時のスキーブームでは、千台収容のパーキングが宣伝文句になったりしていました。

こうして、ひとつ山を下った魚野川沿いの河岸を、用地に手当てしたのかもしれない。
このため、連絡用がてら第一リフトを掛け、そこに追加にコースを開いたと思いました。

だから、最初に初級コースがなくて、後付けで中級コースになってしまったのでしょう。
ゲレンデマップを見る限り、平均斜度20度、最大斜度35度とあり、初心者にはきつい。

これは、スキー修学旅行やファミリー向けゲレンデとしては、少し不向きな印象です。
仮に平均斜度がきついとしても、最初のスロープが緩ければ、恐怖感も煽らないはず。

というわけで、関越道の塩沢石打ICから車で五分ほどと、アクセスもかなりいいのです。
これを思うと、集客にはいい条件と思いつつ、変則的なレイアウトが今一の印象でした。

一方、対岸はMt.グランビューやシャトー塩沢のような旧式然たるゲレンデが健在です。
生き残りがダメだったのも、運営者が不動産屋と言う厳しい銭勘定のせいでしょうか。

ついに、休止のまま再開されることもなく、今に至っているわけですが、自分史的にはポケットに穴の開いたポンチョを着ていたおかげで、自動車のキーをなくしてしまい、JAFにお世話してもらってドアを開け、スタータースイッチを外して起動させ、エンジンをかけっぱなしにしたまま自宅まで帰ってきたという、逸話めいた記憶だけが先行していたゲレンデなのでした。

おまけ:
クリックで拡大します注:コースマップ出典元→オールスキー場完全ガイド’95(立風書房)
ファースト石打駐車券

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2015年5月4日月曜日

斑尾高原で開催されていたニューポート・ジャズ・フェスティバル - 斑尾高原スキー場 (その二) (長野県)

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スキーリゾート斑尾高原の十周年記念事業として、始められたようです。
地元のペンション経営者らが構想したイベントの核は、ジャズミュージックでした。

このため、本場のニューポート・ジャズ・フェスティバルを誘致することになりました。
夏の高原でゲレンデを観客席に、ビールでも飲んで野外ライブを楽しむ趣向です。

ジャム・セッションも楽しめますが、テニスなど他のレジャーと組み合わせられます。
正直に言いますが、斑尾ってこんなこともしていたのかと、思ってしまいました。

こういう野外のコンサートというのは、開放感があり新鮮な気分に浸れるものです。
うす暗く紫煙が充満するようなライブハウスの印象だけが、ジャズではないはずだ。

もし、このフェスティバルの醍醐味を体験できたなら、その人は最高に幸せでしょう。
ジャズはライブこそ本質だそうでして、その意味では良いイベントだったと思います。

Wayne Shorter - Speak No Evil (1964)
ユーチューブはこちらから
フェスティバルに参加していた

さて、自分もジャズ好きで、音楽データならCDに換算して二百枚はあります。
ただ、改めてこのジャンルの良さを再認識したのは、ユーチューブのおかげでした。

インターネットの通信速度も高速化し、アップロードされる音が良くなったのです。
圧縮した音楽ファイルも、mp3で標準の128kbpsから、今はそれ以上です。

聞いていて分かりますが、平成21年の後半から全般的に音質が変わりました。
それまでは、圧縮率が64kbpsのシャリシャリと耳障りな音に耐えていたのです。

それから、ユーチューブ自体も進歩して、音を鑑賞できる水準へ変貌を遂げます。
後は、好みの音楽ジャンルを検索して、試聴を繰り返すのが楽しみになりました。

The Three Sounds - Moods (1960)
ユーチューブはこちらから
ジャズ喫茶の定番アルバム

よく食わず嫌いといいますが、ジャズって始めに何を聞いてよいのか分かりません。
昔は、リスナー入門書みたいな書籍が色々と出版されていたのを覚えています。

ただ、評論家が書いたのは、変に高尚過ぎて、お高く留まっただけの気もします。
大体、音楽というものは聞いて楽しめればそれでよくて、それ以外は何も無い。

一方、ジャズ好きのファンが数多くブログを開いていて、ネットで散見されるのです。
それを丹念に探し当てるのも楽しいのですが、変な玄人より格段に内容が深い。

もし、あなたが英語が得意なら、ウイキペディア英語版でもぜひ検索してください。
ジャズミュージシャンの紹介記事が実に豊富で、日本語記事は糞レベルでした。

誰が書いたのか拙く訳したのか知りませんが、ネーティブの方が記事はすばらしい。
こうして、グーグルで記事を検索しながら、ユーチューブでもデータを検索しまくる。

現在では、好きになれそうなミュージシャン、アルバムが気軽に見つかる時代です。
繰り返し聞きたければ、i-tunesのような音楽ダウンロードサイトから購入するだけ。

正に、ネットに出現した多数の素人による集合知が専門家を不要としています。
音楽を自由に楽しむのに、これだけ敷居が低くなった時代は、かつてありません。

というわけで、フェスティバルは、平成16年からスポンサーが集まりませんでした。
このため、開催にできずにいましたが、後年、規模を縮小して再開されています。

やっぱり、地道にライブを、毎年毎年、続けていくことこそ大事だと思うのですよ。
他方、ネットの集合知は参考にはなるかもしれませんが、その上を越えてみたい。

今を楽しく生きていく上で、ジャズ音楽ならライブ音楽を聞くという体験こそ、人生にもっと巾や深みを与えてくるような気もしますし、スキーだって滑ってみなけりゃ爽快感は分からないのと同じだと、等しく思うのでした。


おまけ:
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2015年5月1日金曜日

今度は、関興寺の味噌を舐めに行こうか - 石内花岡スキー場(新潟県)

平成15年1月24日滑走

そうえいば、この記事を書く少し前から国道353号線が不通になっていました
十二峠の猿倉トンネル付近で雪崩が発生した後、続けて崖崩れが起きています。

このため全面通行止めだったのが、五月連休にあわせて時間規制で開通しました。
自分にも思い出の国道で、野沢温泉や戸狩温泉に出かけるときにいつも使いました。

標高も五百メーターを超え、豪雪地帯の通年通行できる国道としては難所でしょう。
それでも、カーブをゆるくしたり、トンネルも改良されて運転しやすくなってはいましたが。

それで、国道は石打丸山と石打花岡の両スキー場を分けながら、峠に向かいます。
ゲレンデの規模は月とスッポンですが、実は兄弟ゲレンデだったりするのが面白い。

それはリフトを運営する会社が、どうちらも(株)日本リフトサービスだからです。
当時は、石打丸山の一日リフト券を購入すると、石打花岡でもリフトに乗れました。

現在、この恩典があるのかは分かりませんが、自分は敢えてリフト券を買いました。
スキー場に出かけるのも、リフト券を集めるのが目的だったからに他なりません。

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こうして、リフト一本だけのゲレンデを、半日券でしっかり滑走して楽しみました。
ペアリフトの距離が約六百メーター、斜度的には、20度くらいの一枚バーンです。

ただひたすら反復滑走を堪能するようなゲレンデですが、これがまた面白いのです。
このようなゲレンデは地味ですが、滑ることだけが好きな人には欠かせません。

確か、信州佐久にあった蓼科アソシエーツのゲレンデも、雰囲気が似ていました。
一枚バーンはもちろん、距離も斜度もほぼ等しいスキー場だったと思いますね。

こういうゲレンデで、時には出かけて、滑り込んで練習するのも面白いと思います。
ところで、石打丸山のゲレンデには、複数の索道会社が相乗りで運営していました。

この石打花岡と同様、地元企業の日本リフトサービスは「中央口」のリフトです。
それで、石打花岡に最も近い「観光口」のゲレンデは、大生総業の運営でした。

それ以外の運営会社もありますが、リフト券は共通券で、どこへも自由に乗れました。
おそらく、リフト別の乗客数を、ゲレンデ全体の総乗客数で収入を按分したのでしょう。

というわけで、この花岡には、六百年以上の歴史を持つ古刹「関興寺」もありました。
戦国時代、越後の守護上杉家は、お家騒動で御館の乱(内乱)を引き起こします。

このため、この寺は、戦火から大般若経六百巻を守るため、味噌桶に隠し通しました。
こうした経緯から、「雲洞庵の土踏んだか、関興寺の味噌舐めたか」という文句が生まれたほどでして、それ以降、経文を守った味噌の噂が広まり、その御利益から分けて欲しいと参拝者が引きも切らずだった話が残っていますので、次回は立ち寄っておこうかと今になって思うのでした。


おまけ:
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石打花岡リフト午後券(裏)
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