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横手山リフト写真 リフト乗場に低い・高い位置がある |
このスキー場唯一の思い出は、リフト乗り場が小高く作られていたことでした。
リフトが三本と、北志賀エリアにしては実にこじんまりとしているゲレンデです。
その内、どのリフトかは思い出せないのですが、階段登行を強いられました。
つまり、スキーでは、斜面に対して板を並行にして横歩きで登らねばなりません。
このヨチヨチした蟹歩きは、北国出身者ならスキー授業で、最初に教わります。
靴、板、ストックの装具が必要なスポーツですから、操作の習得は大事です。
ほんの少しの斜度がついた坂で、板の谷側のエッジを利かせて登るわけです。
逆に、これができれば、急斜面を滑られないときでも、階段式に降りられます。
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階段・開脚登行図 |
次に、これができたら、坂を上る方法として、少し高級な開脚登行も習います。
これらは、ストックをついて平地を滑走するのと同じぐらいに、必須の技術でしょう。
もし、これができないと、スキーを楽しむのは無理だといって差し支えありません。
一歩、スノーボードだったら、片足は板をはずして登るから、楽そうな気もします。
こうして、ここでは、毎回、リフト乗り場まで登らねばならず、足腰を使いました。
ただ、階段登行が面倒で、しまいには滑走の勢いをつけて開脚になりました。
こういった乗り場位置が高めなリフトは、旧式のシングル・ダブルに多く見られます。
このゲレンデもそうでしたが、個人的には北大雪スキー場が記憶に残っています。
どうしてかというと、リフト全機が登らざるを得なかったからで、閉口しました。
索道の設計を、スキーヤーが楽なように、どうしてしなかったのかと思うのです。
まあ、積雪が増えて雪面が上昇して、乗り場まで登る苦労も減るからでしょう。
ただ、当時は暖冬の年が多く、乗り場までの通路はマットが敷かれたりしました。
このため、雪不足でゲレンデから乗り場まで、かなり落差が残されたままです。
このゲレンデも、ご他聞にもれず、登りを強いるリフトが動かされていたのでした。
ところで、この登行技術をスキー授業で習うといいましたが、大学も同様でした。
小生の通った小樽の母校は、スキー授業が必須で単位を取らねばなりません。
体育授業の単位取得が厳格で、これが取れなくて留年したやつもいるぐらい。
坂の多い街ですから、学校の裏山は冬が来れば、自然とゲレンデになります。
こうして、スキー授業に参加しますが、内地(本州)の入学組は悲惨でした。
生まれて始めてスキーを履くとかいう同級生もいて、初心者に振り分けられます。
見ていますと、ボーゲンの前に、平地滑走とか階段登行を教わっていました。
結局、単位をもらえさえすれば良いわけで、優良可に関係なく楽しんでました。
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平成4年3月20日滑走 |
というわけで、この原稿の執筆中に、スキーを習った恩師の論文を発見しました。
当然、話してきたような基礎技能が割愛されたのは、当たり前かもしれません。
ですが、他にも見つけ出して来た研究論文の中では、スキーの技術指導が時代の流れでどのように変わろうとも、この階段・開脚登行がきちんと存在し続けるのを発見できたことで、レトロなリフトに乗るにもこの技術は絶対必要なんだと、認識してしまったのでした。
おまけ:
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