2017年1月10日火曜日

今思うに、階段登行が必要なリフト乗り場は実にレトロだったかも - 北志賀ハイツス キー場(スノーボードワールドハイツ)(長野県)

横手山リフト写真
リフト乗場に低い・高い位置がある

このスキー場唯一の思い出は、リフト乗り場が小高く作られていたことでした。
リフトが三本と、北志賀エリアにしては実にこじんまりとしているゲレンデです。

その内、どのリフトかは思い出せないのですが、階段登行を強いられました。
つまり、スキーでは、斜面に対して板を並行にして横歩きで登らねばなりません。

このヨチヨチした蟹歩きは、北国出身者ならスキー授業で、最初に教わります。
靴、板、ストックの装具が必要なスポーツですから、操作の習得は大事です。

ほんの少しの斜度がついた坂で、板の谷側のエッジを利かせて登るわけです。
逆に、これができれば、急斜面を滑られないときでも、階段式に降りられます。

階段・開脚登行図

次に、これができたら、坂を上る方法として、少し高級な開脚登行も習います。
これらは、ストックをついて平地を滑走するのと同じぐらいに、必須の技術でしょう。

もし、これができないと、スキーを楽しむのは無理だといって差し支えありません。
一歩、スノーボードだったら、片足は板をはずして登るから、楽そうな気もします。

こうして、ここでは、毎回、リフト乗り場まで登らねばならず、足腰を使いました。
ただ、階段登行が面倒で、しまいには滑走の勢いをつけて開脚になりました。

こういった乗り場位置が高めなリフトは、旧式のシングル・ダブルに多く見られます。
このゲレンデもそうでしたが、個人的には北大雪スキー場が記憶に残っています。

どうしてかというと、リフト全機が登らざるを得なかったからで、閉口しました。
索道の設計を、スキーヤーが楽なように、どうしてしなかったのかと思うのです。

まあ、積雪が増えて雪面が上昇して、乗り場まで登る苦労も減るからでしょう。
ただ、当時は暖冬の年が多く、乗り場までの通路はマットが敷かれたりしました。

このため、雪不足でゲレンデから乗り場まで、かなり落差が残されたままです。
このゲレンデも、ご他聞にもれず、登りを強いるリフトが動かされていたのでした。

ところで、この登行技術をスキー授業で習うといいましたが、大学も同様でした。
小生の通った小樽の母校は、スキー授業が必須で単位を取らねばなりません。

体育授業の単位取得が厳格で、これが取れなくて留年したやつもいるぐらい。
坂の多い街ですから、学校の裏山は冬が来れば、自然とゲレンデになります。

こうして、スキー授業に参加しますが、内地(本州)の入学組は悲惨でした。
生まれて始めてスキーを履くとかいう同級生もいて、初心者に振り分けられます。

見ていますと、ボーゲンの前に、平地滑走とか階段登行を教わっていました。
結局、単位をもらえさえすれば良いわけで、優良可に関係なく楽しんでました。

平成4年3月20日滑走

というわけで、この原稿の執筆中に、スキーを習った恩師の論文を発見しました。
タイトルは、”スキー技術の推移 - Barrel”というのですが、やはり高尚です。

当然、話してきたような基礎技能が割愛されたのは、当たり前かもしれません。
ですが、他にも見つけ出して来た研究論文の中では、スキーの技術指導が時代の流れでどのように変わろうとも、この階段・開脚登行がきちんと存在し続けるのを発見できたことで、レトロなリフトに乗るにもこの技術は絶対必要なんだと、認識してしまったのでした。


おまけ:
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<関連研究論文>

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