2018年1月24日水曜日

Siri だって答えたくないから、意味不明に「ゾルタクスゼイアン」とか「ガラファリアン 」と答えて、相手を煙に巻こうとしているのがかわゆいな - Siri (音声認識エ ンジン)

  
持ち主  Hey Siri。雪だるまつくろう?

Siri  残念ながら、クラウドの中には雪が積もらないんですよ。

そっか。Siriは雪を知らないのか。
ワクワクしていた真っ白な世界は、
いつの間にか少し寂しい世界になっていました。
  
人工知能、Siriとのやり取りが、ITmedia NEWSで紹介されていました。
これにはオチもありまして、iPhoneの画面だけですが、紹介もされています。

”氷の結晶と私の電子回路は、あまりが相性がよくないんです。”とのたまう。
このセリフを読んで、なぜだか思いついたのは、スピルバーグの映画”A.I.”。

主人公は、送られた家の若い母親を愛するように、プログラムされたロボット。
一方、本当の子供は、不治の病で人口冬眠しており、その代役なのです。

その少年は、愛されたいと二千年を思い続けて放浪しますが、実に切ない。
そして、すでに亡くなっていた人間の母親に会えますが、彼女は再生クローン。

わずか一日の寿命であっても、少年は再会を望み、その一日を過ごします。
そして、ロボットの少年もその思い出を抱いたまま、永遠の眠りに付くのでした。

映画では、人間の感情があるかのようにみえても、微妙な違和感が漂います。
でも、母親に愛されたいという一途な思いがプログラムだと思うと、悲しくもなる。

一方、Siriのプログラムも器用に答えますが、記者も寂しげに感じたようです。
やっぱり、一緒に雪だるまは作れずに、何かしら不自然な雰囲気が残りました。

それでも、近未来に、人間の仕事がAIに取って代わられるのは、現実的だな。
否が応でも、人間の人格がAIによって能力面で否定される現実は、近い。

このテディも永遠の眠りに
園丁ロボットのやさしさ

それでも、この映画のように、ロボットに一途な使命が与えられていたとします。
”天空の城ラピュタ”の最終場面では、園丁ロボットが、廃墟を守り続けます。

王族の墓を守る園庭の衛兵ゆえ、職場が完全に失われない限り守り続ける。
それも、終りなき永遠の眠りに近いのでしょうが、なぜか寂寥感だけが残ります。

というわけで、マンションの玄関で、子供らがせっせと雪だるまを作っていました。
そんな風景は、今週の爆弾低気圧の通過による雪景色から、生み出されたものですが、ITに関わる人々は、そんな一コマの切り出しを、Siriに悟らせようとしたのかも知れず、その答え方は、便利さはあるが永遠に人間と本当の交流ができない、分かちがたい闇を垣間見せてくれたようにも思えるのでした。


おまけ:
雪だるまについて、こんな記事も書いていました。




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