2016年1月24日日曜日

ナイターの明かりが見えたから、たどり着けたスキー場 - 古志高原スキー場(新潟県・中越)

平成5年12月25日滑走

ここは、長岡市に併合される以前、元々、山古志村と言う名前の自治体でした。
この村ですが、元来、全国的にも特産物・観光資源で名前が知られております。

一つは、特産物と錦鯉(にしきごい)でして、この村が発祥の地なんだそうです。
そして、もう一つが牛の角突き(うしのつのつき)といわれる、牛同士の闘牛です。

近郷の二十村郷で競い合いが行われ、特に、山古志は千年を誇る伝統の行事です。
どちらも、季節が巡ってくると、全国的にテレビのニュースで放映されてきました。

このため、新潟県の村の一つにしては、村の名は全国的に意外に知られています。
他方、養殖鯉は、闘牛と同じく周辺で盛んに営まれており、小千谷市も含まれます。

全日本錦鯉振興会なる業界団体が、この小千谷にあるくらいですが、山古志は本家。
江戸時代、突然変異により誕生したカラフルな鯉は、この山古志が故郷なんだとか。

事業も手広くなれば、山村に本部を置くよりは、往来のある市中に置くのが当然です。
こうして、本家ではひっそりと養殖業者の方が、美しい鯉作りに励んできたのでしょう。

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そんな事情が、このスキー場パンフには、さりげなく触れられております。
もちろん、PRはスキー場自体ですが、やっぱりマスコットは牛君なのでした。

そういえば、この”うしくん”なら、パペットマペットのぬいぐるみ漫才を思い出します。
最近、テレビであまり見なくなりましたけど、テレビ神奈川では見かけますね。

地元に住んでいるので見られますが、そこそこ、見かけるので楽しいですな。
相方のカエルくんもおりますが、田んぼに付き物ですから、山古志キャラでしょう。

こうして、山古志村は全国区になったのですが、スキー場も存在したとは露知らず。
ネットによって、ゲレンデ情報が広範囲に入手できる現在と、あの頃は違います。

せいぜい、新聞の積雪情報が頼りで、あとはゲレンデガイドの出版物を開くだけ。
リフト一本だけのゲレンデだと、住所の記載で、アクセスも詳しく述べられません。

後は、マップルのロードマップが頼りで出かけますが、冬と言う季節が障害です。
県道だって、山間部では冬季閉鎖の道がざらに存在するのが新潟県なのだ。

全国的なゲレンデガイドでの紹介
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特に、冬季は、この山古志に至る安全なルートは、小千谷からに限られました。
冬季の道路情報も電話案内がありましたが、そんなことは、地元でしか分からない。

結局、近くまでドライブして分かったのは、この小千谷ルートだけということです。
たどり着くのに時間がかかってしまい、日暮れてしまって、スキー場が分からない。

ところが、幸運にもナイター営業してくれたおかげで、この明かりを道しるべにします。
県道から少し外れていただけで到達できましたが、降雪のためか路面が圧雪です。

夜道をスリル満点のドライブでしたが、ナイター営業で滑られだけでもありがたい。
この日は、地元のちびっ子たちが滑りに来ていた程度で、実に静かなスキー場でした。

というわけで、この付近は、平成16年の新潟県中越地震で大きな被害を受けました。
復興までにかなり時間を要したのですが、スキー場が再開できて、うれしい限りです。

あの地震の時、住んでいた横浜でも震度4で長く大きなゆれがあり、びっくりしてテレビ報道を見続けたのを思い出しますが、とにかくにも、次回は、ぜひ日中の営業時間にたどり着いてゲレンデ全体を見渡しながら、滑り込んで見たいとも思うのでした


おまけ:
新潟日報のスキーガイドが役に立ちました
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2016年1月21日木曜日

ユルユル斜面だからトロイカに乗ってソリ遊びだ - 山田温泉スキー場(山田温泉ちびっこスキー場・山田温泉キッズスノーパーク)(長野県)


  
トロイカは、元来、ロシア語で三つ組という意味で、三頭立ての馬ソリのことです。
日本で、この言葉が親しまれるようになったのは、ロシア民謡がきっかけでした。

曲調は、リズミカルでテンポも早く、ソヴィエトの若者の明るい喜びを表現しました。
ただ、オリジナルは、金持ちに恋人を奪われた若い馭者の悲しみを歌っています。

作詞をしたのは森おくじさんですが、カチューシャ楽団で歌唱指導をしていました。
その時、このトロイカの美しいメロディーに気がついて、歌詞を作ったのだそうです。

この方は、ロシア民謡を日本に広めたことで知られ、昨年、本も出版されました。
そんなスキートロイカは、ソリのイメージも手伝って、リフトの名称にもなっています。

  
要するに、大きなソリにスキー客を乗せて、ロープで坂を引っ張りあげる方式です。
このトロイカをネットで探したのですが、他には県内の爺ヶ岳スキー場だけでした。

つまり、索道としても、全国で非常に希少な乗り物になってしまっているようです。
自分が訪ねた時はリフトも稼動していたのですが、既に廃止してしまったのでしょう。

当時は、あまりに緩斜面すぎて、スキーが滑らずにストックで漕いだりしていました。
ここは、子供のスキー学習、ソリ遊び、雪遊びには充分適しているとは思うのです。

お母さんと子供たちは、このゲレンデで楽しむとして、お父さんはヤマボクなのだ。
系列のゲレンデには無料の連絡バスで往復できますので、出向いたほうがいい。

山田温泉の旅館街も近いですから、子供たちも飽きたらさっさと戻れるのですよ。
かく言う自分も、このゲレンデには二時間で十分といった気になってしまいました。

平成4年3月8日滑走
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残るは、名湯の山田温泉ですから、日帰り温泉に立ち寄るのが当然でしょう。
そこで、菅平高原に向かう道すがら見つけたのが、日帰りの子安温泉です。

この温泉は、実にシンプルで、浴槽だけの源泉掛け流しで勝負していました。
シャワーも露天風呂もなく、黄土色の濁った湯がいかにも体に効きそうです。

命名も子安神社のそばで湧出したという、余りにストレートで拍子抜けしました。
まったりとした湯といいますけど、ここはそれがとてしっくりしている気がしたものです。

というわけで、時間に余裕があれば、「一茶ゆかりの里 一茶館」も捨てがたい。
自分の訪ねた頃は、めぼしいのは歴史民族資料館だけだったと思います。

この資料館に収蔵されていた小林一茶の俳句資料も、おそらく一茶館へ移されて拡充したと思いますので、このゲレンデを改めて滑りに出かけたときは、ここもぜひに訪問して見学せねばなるまいと思った次第なのでした


おまけ:

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2016年1月18日月曜日

日本の雪不足は残念だが、インドではアルミ溶接技術の指導で忙しいのだ - 某アルミ溶接業者(インド・ムンバイ)



このおじさん、俺の技術はこんなもんだと、”ドヤ顔”が非常に晴れがましい。
この会社へは、アルミ配管にフランジを溶接してもらう注文を続けてきました。

ところが、今までは溶接が今一なできで、気密試験をすればたまに漏れます。
客を見くびっているのかとも思いまして、インドまで出張して確認いたしました。

つまり、インドまでわざわざ出張してきているのですが、実に雪が恋しいのだ。
毎日気温が三十度まで上がる、ここムンバイでは、これでも過ごしやすい。

乾季なので、雨が全く降りませんので乾燥していて、汗をかくこともありません。
でも、日本にいたらスキーができるのにと、少しは愚痴も言って見たくなります。

ただ、今年は日本も暖冬のようで、オープンできないスキー場もまだあるみたい。
経営者にとっては、大問題の年になりそうですが、それを横目にインドに来ました。

それで、先ず最初の重要な仕事が技術指導だったのですが、首尾よく行きました。
溶接技術が甘いと思っていたのですが、アイデアを出すと進歩がありすぎです。

手動の溶接ですが、ほぼ満足のいく品質が確保できて、呆気に取られました。
最初から、もう少し手取り足取り、指導すればよかったともいますが、後の祭りです。

ようやく、今回の出張では、業者さんの潜在能力を把握できたような感じも致します。
やっぱり、海外での協力会社探しは、実に困難な仕事だと、改めて思いました。

というわけで、参考までに作業の写真を紹介していましたが、クレームがつきました。
どうも、インドでは政府関係筋の取引があると、うるさいようなので差し控えます。

フェースブックでも似たような写真をアップしましたが、そこから発見されたようです。
ですので、現地の従業員から注意されてしまって、自身、お恥ずかしい限りです。

というわけで、悪しからず記事の訂正をさせていただくとともに、作業写真の紹介はわずか一日の命となり、夢幻のごとく消去させていただきますので、宜しく、ご了承いただきたいとも思うのでした。



おまけ:
代りに、先週、工場で行った消防訓練の写真を掲載して、お茶濁しとさせてください。






2016年1月15日金曜日

洒落た仏語のシャトーと名づけたのに、長岡将軍杯争奪の言語ギャップに悶絶 - シャトー塩沢スキー場(新潟県)

長岡外史陸軍中将

明治の軍人、長岡中将は、プロペラ髭と呼ばれる長い髭を蓄えておりました。
周囲の人は不可解に思っても、本人はいたって本気で自慢していたそうです。

髭は最長で七十センチ弱に達したそうですが、生活に困らなかったのでしょうか。
そんな将軍ですが、今日でも日本スキー界の恩人として仰がれております。

オーストリアの軍人レルヒ少佐が伝えたスキーを軍隊にはじめて導入しました。
これが日本スキーの発祥と言われますが、先入観にとらわれなかったのでしょう。

進取の気風にあふれ、新しいものを受け入れる柔軟さ持ち合わせていました。
この長岡将軍ですが、このスキー場と大いに関係があるのが、面白いです。

つまり、名前を冠した草スキーレースが、昭和33年から開催されて来ました。
伝統あるスキー大会ですが、地元では、親子や女性の参加も大歓迎です。

正式には、レルヒカップ・長岡将軍杯争奪大回転競技大会というのですね。
将軍杯争奪となるとものものしい感じですが、レルヒカップならスポーツっぽい。

平成4年12月20日滑走

そんなスキー場ですが、ここはシャトーテル塩沢ホテルの付属ゲレンデなのです。
一本杉と吉里に分かれたゲレンデが山頂でドッキングするレイアウトでした。

コースは、初級40% 中級40% 上級20%の構成で、初中級者向けです。 
緩斜面が多いせいか、ホテルのHPでは、スキー修学旅行をPRしていました。

ホテルも、宿泊客を団体で受け入れると、空室を手軽に埋められる分けです。
経営は安定して大助かりでしょうけど、一般スキーヤーはどう感じるでしょうか。

ゼッケンをつけた初心者がわんさか出てくれば、危ないし滑りにくい気もします。
自分が滑った頃、リフトは7本もあったのでスキー客が分散したかもしれません。

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ところが、現在は四本にまとめられてしまったので、どうなんでしょうかね、
それよりもスキーブームは過去の話で、もう混雑することはないのかも知れない。  

というわけで、このスキー場はどうも思い出せずにいて、書き出しに悩みました。
滑ったゲレンデは、大概、何がしかの思い出があるのですが、ここは違います。

なので、ネットで調べたスキー大会とか、由来の長岡将軍の逸話とか、やや苦し紛れの感もあるのですが、それでも書いてみると何となく記事になった当たり、スキー場には感謝せねばならないと思ったのでした。


おまけ:
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長岡将軍の略歴がおもしろい
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