2017年1月13日金曜日

毛唐の勘違いな漢字を彫った刺青とか、プリントしたTシャツを、なぜか思い出してしまった - ”良寛と巻菱湖”展(新潟県立近美術館・長岡市)

近所の三嶋神社で初詣

新年、明けしまっておめでとうございさまでした、と遅ればせながらのご挨拶です。
だって、年を食って来ると、一年々々、冥土へ赴く旅路になっていく分けなんだな。

あの、室町時代を生きた風狂の破戒僧、一休宗純もざれ歌を読んでいるぐらい。
「正月や冥途の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし」って、かなりの皮肉でしょ。

しかも、正月にドクロをしつらえた頭の杖を突いて、ご用心、ご用心と練り歩きます。
奇抜すぎる行動ですが、当時は飢饉、伝染病が横行して、民衆は死と隣り合わせ。

加茂川の河原には骸が転がっているほどで、平均寿命も四十歳がいいところです。
だから、日常に死が擦り寄っていたの時代と反対に、現代を生きる人々はご長命。

寿命だって八十歳は当り前になって、自分も未だ四半世紀近くが残っております。
リタイアしたら、ガンガン、ゲレンデに飛び出すぞと思いつつも、年末はひどかった。

だって、雪が降ってないんだ、降雪量に期待して関温泉スキー場へ行くと雨です。
雨の中を滑走する気も起きないし、二十五年ぶりなのに行っただけになりました。

ところで、新潟県は、良寛和尚の故郷でもあり、折に触れて訪ね歩いてきました。
今回はスキー旅行でも、雪不足で滑られない時のオプションまで選んでおります。

グーグルドライブはこちらから
展示作品の解説もあるよ

それは、良寛和尚の書を鑑賞する趣向で、新潟県立近代美術館の特別展です。
所在は長岡で、レンタカーを借りたらすぐに直行できる便利さで、年末の休館前。

その日も雨模様で、スキーは無理だと観念しつつ、美術館に先ず向かいました。
何でも、幕末に越後の生んだ二大書家、良寛と巻菱湖の作品を展示中だとか。

早速入館したものの、巻菱湖なる書家が分からないままにも、楷書が素晴らしい。
帰って調べたら、ウイキにも載っておりまして、幕末の三筆と謳われた御仁です。

しかも、明治政府や宮内庁の官用文字・欽定文字が、菱湖流に改められました。
将棋の駒字も菱湖流体が一般的だし、近現代の書道は、この人が嚆矢らしい。

見ていて、楷書は堂々と立派で、外国人が漢字に惹かれるのも分かる気がする。
だけど、意味も分からずにデザインだけが専攻して、こんな勘違いもありますわ。

  
それで、幕末は、越後の国から傑出した文化人芸術家が現れた気もいたします。
良寛和尚も、宗教家というより、己が人生を仏の教えに従って生きた自由人です。

だから、子供の純真な心こそが誠の仏の心と悟り、子供達と遊ぶのを好んだのか。
かくれんぼや手毬をついて遊んだという心持が書にも現れるのか、実に自由闊達。

悟りを開いた人のみにしか書けない、変幻自在な趣もあり、菱湖と対比が面白い。
こうして、一時を書の鑑賞に費やして、これはこれで旅行の思い出になりました。

というわけで、ゲレンデ詣でばかりのブロガーは、教養も絶無と思う今日この頃。
滑り方がどうとか、コブ滑りの奥義やら、検定・免許皆伝と、話題の狭量なこと。

これに加えてあるとしたら、酒の話とか、板やビンディングのような装具の話、後はオフシーズンの体力づくりとか、個人的には、実にネタ的には限定的で、これもありなんでしょうが、マイナーな季節スポーツに成り下がった単なるオタクじゃんかよと思いつつ、脳筋ブログなんかには絶対陥らないぞと、思う拙ブロガーがおるのでした。


おまけ:脳筋は、”脳みそまで筋肉”の略語


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2017年1月10日火曜日

今思うに、階段登行が必要なリフト乗り場は実にレトロだったかも - 北志賀ハイツス キー場(スノーボードワールドハイツ)(長野県)

横手山リフト写真
リフト乗場に低い・高い位置がある

このスキー場唯一の思い出は、リフト乗り場が小高く作られていたことでした。
リフトが三本と、北志賀エリアにしては実にこじんまりとしているゲレンデです。

その内、どのリフトかは思い出せないのですが、階段登行を強いられました。
つまり、スキーでは、斜面に対して板を並行にして横歩きで登らねばなりません。

このヨチヨチした蟹歩きは、北国出身者ならスキー授業で、最初に教わります。
靴、板、ストックの装具が必要なスポーツですから、操作の習得は大事です。

ほんの少しの斜度がついた坂で、板の谷側のエッジを利かせて登るわけです。
逆に、これができれば、急斜面を滑られないときでも、階段式に降りられます。

階段・開脚登行図

次に、これができたら、坂を上る方法として、少し高級な開脚登行も習います。
これらは、ストックをついて平地を滑走するのと同じぐらいに、必須の技術でしょう。

もし、これができないと、スキーを楽しむのは無理だといって差し支えありません。
一歩、スノーボードだったら、片足は板をはずして登るから、楽そうな気もします。

こうして、ここでは、毎回、リフト乗り場まで登らねばならず、足腰を使いました。
ただ、階段登行が面倒で、しまいには滑走の勢いをつけて開脚になりました。

こういった乗り場位置が高めなリフトは、旧式のシングル・ダブルに多く見られます。
このゲレンデもそうでしたが、個人的には北大雪スキー場が記憶に残っています。

どうしてかというと、リフト全機が登らざるを得なかったからで、閉口しました。
索道の設計を、スキーヤーが楽なように、どうしてしなかったのかと思うのです。

まあ、積雪が増えて雪面が上昇して、乗り場まで登る苦労も減るからでしょう。
ただ、当時は暖冬の年が多く、乗り場までの通路はマットが敷かれたりしました。

このため、雪不足でゲレンデから乗り場まで、かなり落差が残されたままです。
このゲレンデも、ご他聞にもれず、登りを強いるリフトが動かされていたのでした。

ところで、この登行技術をスキー授業で習うといいましたが、大学も同様でした。
小生の通った小樽の母校は、スキー授業が必須で単位を取らねばなりません。

体育授業の単位取得が厳格で、これが取れなくて留年したやつもいるぐらい。
坂の多い街ですから、学校の裏山は冬が来れば、自然とゲレンデになります。

こうして、スキー授業に参加しますが、内地(本州)の入学組は悲惨でした。
生まれて始めてスキーを履くとかいう同級生もいて、初心者に振り分けられます。

見ていますと、ボーゲンの前に、平地滑走とか階段登行を教わっていました。
結局、単位をもらえさえすれば良いわけで、優良可に関係なく楽しんでました。

平成4年3月20日滑走

というわけで、この原稿の執筆中に、スキーを習った恩師の論文を発見しました。
タイトルは、”スキー技術の推移 - Barrel”というのですが、やはり高尚です。

当然、話してきたような基礎技能が割愛されたのは、当たり前かもしれません。
ですが、他にも見つけ出して来た研究論文の中では、スキーの技術指導が時代の流れでどのように変わろうとも、この階段・開脚登行がきちんと存在し続けるのを発見できたことで、レトロなリフトに乗るにもこの技術は絶対必要なんだと、認識してしまったのでした。


おまけ:
クリックで拡大してご覧ください

<関連研究論文>

クリックしてお読みください。


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2017年1月7日土曜日

夭折した人々の中には、現在の医療水準で救い出したかったと夢想するほど、俊英がいたのであろうな - 神田日勝記念美術館(北海道・鹿追町)

グーグルドライブはこちらから
主要作品が紹介されています

農民画家、神田日勝は、帯広の鹿追町で暮らしながら農業を営んでいました。
将来を嘱望されていましたが、急逝したのは、これからという年齢の三十二歳です。

死因は、腎盂炎から来る敗血症だったそうですが、無理を重ねたのかもしれない。
日中は農作業に明け暮れて、帰宅してから夜遅くまで描き続ける毎日だったとか。

体をこじらせ、はっきりとした病名が分からないまま、入院した矢先に旅立ちました。
もし、長生きできたならば、どんな作品を残していたのだろうと、つい夢想してみます。

それで、自分が彼の存在を知ったのは、北海道新聞が作品を紹介したからです。
昭和45年のことで、オフセットカラー印刷が導入されて間もない頃だと思います。

日曜付録版から全面ぶち抜きで、「室内風景」と言う作品が印刷されていました。
当時、カラー版は特別なページでしか目にすることが無かったので実に新鮮でした。

画題自体も、新聞が壁と床一面に張られた部屋で、男が一人うずくまっています。
印象的な絵で、子供心にしては上手いのか、下手なのか、よく分かりませんでした。

それと、うずくまる男の顔が日に焼けているのか、浅黒く類人猿風に見えてしまう。
まるで、学校の教科書に登場するネアンデルタール人なので、記憶に残りました。

室内風景(北海道立美術館収蔵作品)

まあ、小学校高学年の子供が抱いた感想だとしても、致し方ありませんでしょう。
後年、大人になって、それ以外の作品も併せて鑑賞して、初めて理解できました。

ところで、この頃、自分の叔父も肝臓を患っていて、病名が分からないでいました。
母親も兄を案じたのでしょう、自分を連れて病院まで見舞ったのを覚えています。

札幌からは気動車の急行で、病院は芽室町にありますが、鹿追町は目と鼻の先。
やけに肌も目も黄色くて黄疸の症状がでたのだと思いますが、回復しませんでした。

葬儀にも出かけましたが、この神田日勝も、当初、死因ははっきりしませんのです。
まあ、当時、北海道の田舎の医療水準では、病状を探りかねたのかもしれません。

病名がはっきりせずに容態が悪くなってしまい、この世を去ると言うのははかない。
現在では医学も格段に進歩しましたが、それでも誤診があれば手遅れになります。

なぜ、そんなことを思い出しのか、それはタイの駐在生活の経験からなのでした。
ある時、知り合いでラオスに駐在していた張本さんに、偶然、病院で出会いました。

バンコク病院
日本人専用受付もあります

それも日本人の通院するバンコク病院で、ひょっとして病が重いのかと勘ぐりもします。
こちらから話を聞くのは敢えて避けましたが、本人は、快方に向かっているとのこと。

ラオスの一番大きな病院でも、一週間、続いた微熱の症状を診断できないでいた。
これは、一大事になれば適わないと決断して、バンコクへ飛んだと話してくれました。

その結果、分かったのは風邪でもなくて、肝膿瘍(かんのうよう)という肝臓の病気。
病原は赤痢アメーバという細菌で、不衛生な屋台で飲食したことから起きるらしい。

発病の前、屋台で火が通った焼鳥を確かめてから食べたといいますが、それなのか。
東南アジアの旅行者にも多いそうで、発熱、倦怠感の程度では、疲れに見えます。

だから、手遅れになると死に至る場合もあるとかで、判断は正しかったと思いました。
そして、肝臓が化膿してうみが溜まるため、肝臓に針を刺して取り除く治療もします。

実際に、寝巻き姿の張本さんは、腹部からチューブを出していたので驚きました。
そのうみを吸い出す治療が痛いらしく、我慢がつらいのだと嘆くのがおいたわしい。

なので、長話では疲れも溜まりましょうから、そこそこに切上げて病院を後にしました。
というわけで、病名も分からずに治療も出来ないでいるのは、実に悔しいものです。

もう十年も前になりますが、自分もC型肝炎に罹っているのが分かって、副作用の強かった当時の薬の投与で、回復率五十パーセントから、無事に治療を終えて生還できた者としては、病名がはっきりしなかったら、自分が納得の行くまで、病院を変えて診察を受けるのもありなのかなと、思ったりもしてみたのでした。



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2017年1月4日水曜日

スキー索道の絶滅危惧種をたずねるにはここしかない - 爺ヶ岳スキー場(長野県)

トロイカ・グーグル画像検索結果

索道(さくどう)は、スキー場で見かけるリフト、ゴンドラ、ロープウェーの総称です。
空中を渡したロープに吊り下げた輸送機器を使って、乗客を運ぶ施設を意味します。

皆さん見慣れているのでお分かりでしょうが、言葉で説明すると、そうなります。
管轄の法律が鉄道事業法なのも、交通機関としてみなされているためでしょう。

もちろん、レールの代わりにロープを使うので、「索道事業」で区分されています。
引っ張りあげるロープですが、爺が岳のトロイカは、空中より地面を這っております。

つまり、空中を渡してあるという定義を満たさなくなり、索道から外れてしまいました。
じゃ、代わりに何なのといえば、これがビルの窓拭き用ゴンドラの仲間なんだとか。

ゴンドラ・グーグル画像検索結果

ブログの記事を読んで、ネットで調べたのですが、本当なのか分かりませんでした。
まあ、窓拭きゴンドラのワイヤーも壁面を這っていますので、同じ類には見えます。

一方、この運用は、労働安全衛生法の下にある安全規則を遵守せねばなりません。
索道は、運賃収入の性格を重視して、鉄道事業法に組み入れたようにも思えます。

他方、このトロイカは、そういった目的の運搬に該当しないのか、法律も違うみたい。
とにかく、スキー場の輸送施設としては、性格が極めて異なっている気がしました。

それで、このトロイカを見たのは、山田温泉とこの爺ヶ岳の二箇所に過ぎません。
速度もノンビリで、客が降りたら、毎回、乗車口までソリを戻さねばならないのです。

運転間隔も空いてしまうし、乗車人数だってせいぜい二三十人で限られてきます。
距離もせいぜい二三百メーターで、傾斜の緩い斜面でしか設置できないでしょう。

爺が岳ゲレンデマップ
クリックで拡大してご覧ください

こうなると、親子で楽しく乗り込み、プラスチックソリで降りる趣向には向いています。
要するに、完全なファミリー向けでして、スキー客は対象外なんだと思いました。

ところで、現在、スキー場はリフトも四本あるんですが、上級者コースがありません。
ほとんど初心者・初級者専用みたいで、これに既に説明したトロイカが加わります。

宿泊も、車で十分程度の大町温泉郷が控えていますから、まさにファミリー向け。
だから、ちびっ子はパパママと一緒に、雪に親しみ遊び回ってもらうことにしましょう。

さて、このスキー場は、標高2,670メーターの爺ヶ岳山麓にあるゲレンデです。
天気が良ければ、鹿島槍ヶ岳から五竜岳へ続いていく北アルプスの稜線が美しい。

ピラミダルな山容がすばらしいのですが、遭難しやすい高山には違いありません。
特に五月連休は遭難が発生して、最近も女性登山者の死亡事故が起きています。

それに冬季は厳しいので、山スキーは、雪崩れなど遭難に注意して出かけて下さい。
まあ、トロイカに乗って子供たちとゲレンデで遊んでいる限りは、大丈夫ですけど。

というわけで、この爺が岳スキー場は、思いっきりビギナー向けゲレンデなのです。
スキーで遊び疲れたら、温泉宿に泊まってゆっくり湯船に漬かるというパターンは、冬の観光レジャーとしては定番ですが、ここ爺ヶ岳もしっかりハマっているということなのでした。


おまけ:
リフト券(表・裏)
平成4年3月20日滑走


スキートロイカは一分過ぎから

大町市民浴場・入湯券

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