2025年10月7日火曜日

途中二度ほど、黒い男の幻視が現れたり、時の流れを逆転させた位相が展開するなど、全体が幻想のように描写されてゆく ー ”しんせかい”(第156回芥川賞受賞)

作者、山下澄人
             
この作品は、実際に存在した”富良野塾”で暮らす塾生の主人公を描いています。
作者自身も塾生だった分けですから、生き様を投影したのは間違いないようだ。

ただ、舞台の【谷】が曖昧にされても、日々の織り成す自然や風土は北海道ね。
その描写は、住んだ人でなければ分からない細かい描写で土地を表現している。

そして、私塾は脚本家の倉本聰が私財を投じて運営し、北海道に縁があるのだ。
脚本を書いたドラマシリーズ、”北の国から”は、その舞台も私塾も同じ富良野。

このドラマが好きで欠かさず見ていた人なら、この作品を読みたくなるはずだ。
だって、場所を明かさなくとも、ドラマも小説も風景が接近しあっているのだ。

実際、具体的な土地を詳らかにせず、心象風景のように話が展開していきます。
塾は既に閉鎖されてしまい、その後で作品が発表されたのだから、追憶だろう。

そして、この塾への追想だと自分は思ったのですが、皆さんはどうでしょうか。
しかし、主人公が栄養失調で作業中に倒れてしまうなど、塾の生活は苛酷です。

作者は、塾の二期生として入りましたが、施設を塾生だけで建設する重労働だ。
学費も入寮費も不要で、代わりに食費は日々の農作業で稼ぎ出す肉体労働です。

逆に、一年先輩はそういった負担が軽減されているので、不平等かもしれない。
こうして、生活実態が描写されるのですが、これも過去に存在した塾への追慕。

一方、実験的な手法の小説が知られている作者は、北海道で執筆するのだとか。
それに読点で文節を切って理解を深めさせるよりも、読点の少ない文章が多い。

目から流れるように読み進めていく文体の上に、短文を重ねて意味を補強する。
ひょっとしたら、この作品でも文体に実験的手法の片鱗が現れているのかなあ。

それで、同時に収録された短編は、入塾の試験を受けに上京した際の回想です。
タイトルが風変わりで、これが受験間際の体験とは思えないほど異質な風景だ。

”率直に言って覚えていないのだ、あの晩、実際に自殺をしたのかどうか”だと。
合格の前に、見知らぬ土地への旅立ちと想像のつかない授業へ不安が募るのか。

というわけで、塾での貴重な体験が、作者自身のその後の人生を形作るのです。
作者は、現在、俳優かつ劇団を主宰するマルチな小説家なのですが、そこに至るには、この塾や北海道の風土が一種の触媒となって才能の開花を後押ししたのではないかと思わずにはいられないのでした。



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