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今はもう、湯沢町にかつて存在したスキー場といわねばならず、寂しい限りです。
パンフレットの表紙も、ご本人が颯爽としたフォームで滑走する姿が載っています。
もっとも慶応の学生時代、神奈川県代表の国体スキー選手として活躍しました。
まあ、加山さんは一般には海の若大将のイメージですが、スキーも特技なのです。
親戚も岩原スキー場を経営していて、足繁くゲレンデへ通うことができました。
他方、銀幕のスターなど芸能人が、このゲレンデへお忍びで訪れていたらしい。
残念ながら、後年、経営が振るわず、このゲレンデは人手に渡ってしまいます。
結果、芸能プロの関連会社に所有権が移ったのも、同業のよしみでしょうか。
そんな華やかな冬の社交場を経験したから、ゲレンデオーナーになりたかったのか。
それでも、海とのつながりは切り離せなくて、キャプテンコーストと名づけられました。
管理センター前の平坦なバーンには、堂々とクルーザーも飾られたほどです。
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平成4年2月23日滑走 |
そんな風にも思えるのですが、このゲレンデも万全とはいえない開業になりました。
パンフレットのコースマップでは、ゲレンデに割り振られた番号に欠番があるのです。
第五~八ゲレンデが見つからないのですが、パンフにその理由が見つかりました。
”※来年度以降、リフト・ゲレンデ増設計画中”とあり、拡張する気だったのです。
ウイキでは、どうも資金難で当初の予定規模のコースがかなわなかったとあります。
付近には、交通の便が良いスキー場も新設・増設されて競争が厳しくなりました。
ブームも去ってスキー人口の減少もあったし、結局、増設のないまま廃止です。
それで、等高線の地図にリフトを引き直して、幻のゲレンデを想像してみました。
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おそらく、赤い丸のエリアにコースを増設する予定だったと、勝手に推測しました。
オープン当初から、初中級コース中心のレイアウトで、中上級が少ないのです。
上級は、すでに第三・九コースが用意されていますが、距離がやや物足りない。
それに斜度が急過ぎで、二十度後半で圧雪車の入るゲレンデがないのです。
これを補うため、右斜め上の赤丸がコースレイアウトの予定地だったと思います。
等高線がやや狭く一定で、長い傾斜が保たれるので、ゲレンデには適当でしょう。
さて、加山さんが来場する際には、公式サイトで事前にアナウンスされたそうです。
ご本人は、特別観光大使を務めており、湯沢町の看板にもなっておりました。
なので、東北大震災の影響もあったのですが、廃業の衝撃は大きかったみたい。
リニューアル話が一転して廃業になってしまい、地元も困惑したんじゃないのか。
それは皆さん心配しますよね。
でもまぁ、僕は20年間、トータルで20億円以上ものお金を補填してやってきたからね。
バカだといわれてもしょうがないと思うけれども、ずっと赤字で、1回も黒字なし。
売却も考えたけど、東日本大震災で買い手が付かなくなって、廃業するしかないなと
NEWSポストセブンの本人のインタビュー記事ですが、仕方なかった感じもします。
というわけで、加山さんはスキーが好きだからこそ、オーナーでいたかったのでした。
開業していた間、赤字続きのゲレンデに資財を注ぎ込んで守ってきたこだわりこそ、スキーが好きなあなたなら理解できるでしょうし、地元の自治体にも大きな貢献になったということですから、ここはひとまずご苦労山でしたと、素直に声を掛けてあげたいと思ってしまったのでした。
おまけ:
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