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平成2年1月14日滑走
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このゲレンデがオープンしてから、すでに半世紀が過ぎました。
東京オリンピック開催の二年前、はるか昔の昭和37年でした。
西暦なら1962年、今時の人に分かるように断っておきましょう。
自分は幼稚園にも通っていない年齢で、まだ記憶すらありません。
後年、この頃、親からお前はこうだったと話を聞かされるぐらいでした。
調べましたら、”いつでも夢を”という歌謡曲が大ヒットしています。
橋幸夫・吉永小百合のデュエットで、聞くと懐かしい感じですね。
そんな時代に、当初からリフトがしっかり掛けられていたのですよ。
スキー場運営会社のHPを見ますと、その証拠写真が載っております。
第三リフト周辺と但し書きがありますが、懐かしきセピア色でした。
ただ、現在の第三リフトは架け替えられて高速ペアになっています。
当時にデタッチャブル型はないでしょうから、別のリフトと思いました。
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それで、平成元年頃のゲレンデマップを使って探し出すことにしました。
よく目を凝らしてみますと、⑫Aコースの左脇に支柱が連なっています。
リフトとしては紹介されていませんので、休止か廃止になったようです。
長さも三百メーターちょっとですので、当時の設備っぽいんじゃないのか。
実は、滑った頃の記憶がまざまざと蘇って、索道の支柱を思い出しました。
骨組みの古くさいデザインで、混雑しているのになぜか営業しておりません。
代わりに、一キロ近いペアがありますけど、頂上まで運んでしまうのです。
混んでいるからお客さんを一気に上げて分散させようという魂胆でしょうか。
そんな風に思いましたけど、実は他に廃止されてしまったリフトもありました。
それは、一番右側にあるこまくさリフト(村営)で、いつかははっきりしません。
それでも、滑った頃から三四年後のゲレンデガイドでは見当たりません。
つまり、平成五年までには、リフトは廃止されてしまったと結論付けました。
実はここだけ空いていまして、そのためにわざわざ滑りに移動したのです。
リフト運営者が違うため、コースのアクセスが悪くて完全に孤立していました。
途中、平地のスケーティングも面倒くさくなり、板を担いだと覚えています。
それでもリフト待ちがありまして数分ぐらいは待ったんじゃないでしょうか。
一方、他のゲレンデはスキーブームの最盛期でごった返しのイモ洗い状態です。
そんな、対照的なゲレンデを滑ったからこそ思い出もありましてなつかしい。
ただ、回数券しか滑られずに不満も残りましたので、後年、改めて滑りました。
というわけで、そのときは用心して四月の最終営業日で思う存分に滑りました。
このスキー場、尾瀬ヶ原観光で有名な片品村では、最も奥まった位置にあります。
ゲレンデとしては、どん詰まりのロケーションでアクセスも不便ですが、ゲレンデコンデションのよさで人気を維持していますので、今後の営業に期待したいと思ったのでした。
おまけ:
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スキー場駐車券 |
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