2025年8月10日日曜日

あれだけストーキングしていたのなら、どこかでバレていたはずだと思うのは俺だけだろうか ー むらさきのスカートの女(今村奈津子・第161回芥川賞)

         
作品は、芥川賞を受賞しているので、”純文学”とする人もいるかもしれません。
ただ、自分がこのジャンルに分類すべきなのか、面白くとも疑問が残りました。

徹底して一人称で語られる語り手は、普通、余計に自分を説明したりしません。
ですが、彼女の暮らし向きや、独身で決して豊かではない生活が垣間見えます。

これは、対象の”むらさきのスカートの女”より少ないのですが、似た者らしい。
むしろ、観察を通して、この女性を浮き彫りだたせるためには、よい伏線かな。

巧手なストーリーテラーだし、アッとどろかせる大団円なんだが、後味が悪い。
結局、むらさきスカートが正真正銘のストーカーだったのですが、無理筋です。

自分の仕事上の役得を有利にしたいのか、上司と恋仲になって弱みに付け込む。
妻子ある上司を強請っていたのも判明するのですが、それが露見する顛末だな。

痴話喧嘩がもとで転落した上司は、ストーキングの”わたし”は一計を案じます。
怪我程度を死傷と偽って、むらさき女を逃亡ほう助させるのですが、急な展開。

ここで、小説の主人公が同じ職場のチーフと判明して、むらさき女は唖然だな。
咄嗟にチーフは逃亡手口まで教唆しますが、そんなに手筈が整うものだろうか。

ストーカーの観察手腕の凄さの割には、話の展開がやや性急にしか見えない。
全体的に筋立ては面白いのですが、これが芸術性に重きを置く文学作品なのか。

                
だから、芥川賞よりも直木賞の方が適当だと思えてきますが、どうなのだろう。
ただ、小説の生まれた背景は、作家の同年代の日本経済が色濃く反映するのだ。

作家は、就職氷河期世代であり、大学卒業後はアルバイト暮らしだったらしい。
その中で、もっとも長く続けた職場が、この小説の主な舞台となったようです。

となると、就職氷河期の女性たちは、社会から見捨てられたような境遇なのか。
結局、同類項の女性たちのうら哀しさでは、余暇はストーカーぐらいが関の山。

他方、話は面白くとも、日本経済を再生できなかった政府の無策に憤るだけだ。
もし、もう少し就職の状況が改善されたら、こんな小説は生まれなかったはず。

というわけで、お隣のコミュニティセンターにある図書室は、実に重宝します。
マンションの大規模修繕工事で、エアコンも満足に運転できない夏ですから、図書室へ出かけて涼みを求めるのですが、そんな時に芥川賞の受賞作家の本棚は、実に重宝な退屈しのぎだと思ったのでした。



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